第171話 銀の雨《シルバーレイン》
目の前には100頭の金色三頭獣。
後ろは崖。さすがにここをがんばって攀じ登るってのは無理。退路は無い。
オレの魔剣と麗紗の聖剣。光の刃は、微かで、もう消えそうで。
「回復ポーションとか、そういうアイテム、ないのかな」
小さな蘭鳳院、空中に、えいやっ、と指で何か描いている。
どう頑張っても、メニュー表示とか出てこないぞ。オレのお助け便利アイテム世告げの鏡も全然反応しない。何も言ってこない。やっぱりこいつはポンコツなのか?
「作戦、間違えちゃったかなぁ」
麗紗、ちょっと弱気。息が上がっている。ピンクのほっぺ。上気している。
「今回はゲームオーバー?負けたら即ゲームオーバーかな。そしたらどうなるんだろう。またスタート地点からやり直しなの?」
ゲームオーバー。
やり直しは効かない。
ーー 怪我したり死んだりしたら、それでおしまい ーー
そういうルール、だよね。
オレはゾワッと。
だめだ。こんなところで。下級魔物にあっさり狩られるなんて。オレの宿命の道、ヒーローロード。まだまだ始まったばっかりなんだぜ。それに小さな蘭鳳院、この愛くるしい天使を、巻き込んだ挙げ句、道連れにしちゃうなんてーー
できない。
そんなこと絶対できないっ!
やるぞ。オレは男だ。男の坂道を上るヒーロー。こんな試練、何でもない。
「麗紗ちゃん」
オレは、麗紗の手を握る。天使の手、ちょっと汗ばんでいる。
「突破する。全力で走る。そして奴らを振り切る」
「えっ!」
麗紗、目を見開いて。
「正面から?」
「ああ。大丈夫。絶対いけるさ。オレたちに、ゲームオーバーは無い」
オレは、麗紗に向かって一つ微笑む。
じっとオレを見つめていた麗紗、コクリと頷く。
「わかった。勇華を信じるよ。そうだよね。ゲームオーバーなんて、まだ早いよね」
あぁ、そうだ。ゲームオーバー。絶対にないぜ。
よし。
オレは金色三頭獣の大群を見据える。
ヒロインを護ってこの魔物の群れを突破してやろうじゃないか。
フッ、
これぞヒーローロード。
オレの全力ヒーローパワー。
なめるなよ。
左手で、しっかり麗紗の手を握りながら、右手で、ほとんど光を発していない木刀天破活剣を握り締める。
ふむ。下級魔物どもめ。お前らにはこれで充分だ。いつも楽勝してたら、それはそれでつまらんよな。お嬢ちゃん、このヒーローに、しっかりついてきてくれよ。あなたは、ヒロインの役を、しっかりこなしてくれていればそれでいいんだ。
突破だ。
オレは一歩足を踏み出す。
その時ーー
◇
「銀の雨!」
声が。
響き渡る。なんだ? この声はどこから? 空いっぱいから響き渡るような声。麗紗も、キョロキョロしている。
そして。
声と同時にーー
銀の雨が降ってきた。
空中に、無数に銀の雨が。空中に、無数の銀の条が走る。銀の条。強い力を秘めている。それはわかった。間違いなく。
「麗紗ちゃん、伏せて」
オレは、麗紗の頭を抱え、しっかりと抱きしめる。
銀の雨。
だが、それは、オレたちには降ってこない。
金色三頭獣の群れに、銀の条の束が、降り注ぐ。
グオオオオッ!!
金色三頭獣の咆哮。百頭の咆哮。
銀の雨、無数の銀の矢、銀の槍、銀の刃となって魔物に襲いかかる。
金色三頭獣、唸り、悶え、逃げ場を探して隣の獣とぶつかり、のたうち、断末魔の咆哮を虚しく響かせながら、銀の雨に突き刺され、斬り裂かれ、金色の煙を噴き上げ、次々と、ぐしょぐしょ崩れ落ちていく。
辺り一面、金色の煙、そして断末魔の咆哮の渦。渦はぐるぐると回りながら、オレを取り囲む。
オレは茫然となって、目の前の光景を見つめていた。
でも、それはそんなに長い時間じゃなかった。
やがてーー
嘘のように。
全てが消えた。金色三頭獣の姿も。咆哮も。あれだけ噴き上がった金色の煙も、すっかりと消え去った。
どす黒い空。紫の草の大地。ビュウビュウと吹く風。
それ以外何もなく。
ピンチは切り抜けた?
ゲームオーバー回避。
よかった。
オレは、ガックリと。力が抜けそうで。
◇
「あ、誰かいる?」
麗紗が見上げる。
「え?」
オレも。
崖の上だ。本当だ。人がいる。ちょうど、オレたちを見下ろす位置。
誰だ? いや、なんだ?
確かに、人の姿。男だ。
黒い、ゆったりとした、マントのようなものを羽織っている。
こっちを見ている?
そして。
黒マントの男は。
崖から、
飛んだ。




