第17話 正義の味方委員長軍団参上
やっと、買い物を終えた。
満月は下着を選んだ。紫色の上下、百合の花がちらしてある柄。どちらかと言うと、エレガントな部類だ。
網でも、紐でも、透けてもない。
高校生の分は守っている。とりあえず、よしとしよう。
満月は試着したところを見せようとしたが、オレは断固として拒否した。同じ手は、そうそう食うものではない。
満月がこれにしようかな、これでいいかな、どう思う? と聞くので、オレは、見もしないで、ああ、それでいいよ、それが似合ってるよ、ぜひ、それにすべき、といった。
とにかく、早く買い物を済ませれば、それでいいんだ。
満月は、最初から自分で選ぶつもりだった。オレに選んでもらおうなんて考えてなかったわけだ。そういう子だ。
満月が選んだ下着、オレが金を払ったのだが、少し値が張った。
「これちょっと高いね。勇希、悪いから、今日は自分で買うよ。また一緒に買い物いこうね。その時、買ってもらうから」
満月は言った。
オレはもちろん、断固として、金はオレが出すから、といって払った。
これ以上、一緒の買い物なんて絶対無理。
結構高かったな。オレが学校の帰り道で買う、パンや、コロッケや、肉まんのカネ……2週間分ほど、消し飛んだ。
まぁいいさ。家に帰っていっぱい飯を食えば、それでいいんだ。
買い物袋を抱えた満月と一緒に歩きながら、オレは、やっと安心した。
今日の戦い。
まずまずだったんじゃないかな。
満月の誘いや仕掛け。全部、オレは、はねのけた。当たり前だけど、貞操も守った……男もみせた……と思う。
うん、そうだ。
満月が、結局、ややおとなしめな下着を選んだのも、オレの硬派に、感じいるところがあったからではないか。
女子どもめ。
満月にしても、蘭鳳院も、委員長剣華も、オレのクラスの女子たちは、なにかおかしい。
あいつらは、男子を完全にナメきっている。
これは、結局のところ、あいつらが、真の男、硬派な男、男の坂道を上る男、それを見たことがないからだ。
だからオレが、みせてやる。
男子ってのは、女子の子犬や、オモチャになるだけじゃない。オレが教えてやろうじゃないか。
オレが男としてヒーローとして成長すれば、あいつらだって、変わっていくはずだ。男子をナメた態度を取らなくなるだろう。
真の男のヒーローの貫禄……その器量でもって……
女子どもを“わからせ”てやる。それがオレの宿命。
「ねぇ、勇希、お茶してかない? ちょっと高い買い物させちゃったから、今度、私がおごるよ」
満月が言う。
ショッピングモールの中、広場にきたところだ。フードコートもある。
お茶?
とんでもない。ありえねーよ。
「あの、もうオレ帰るから。だいぶ遅くなっちゃったし」
「つまんなーい、ちょっとだけ! だからいいでしょ?」
満月は、またまたオレの左腕に自分の腕を絡ませてくる。
マムシ攻めだ。またきた。
ああ、もう!!
最後の気力を振り絞って、オレは、必死に満月を振り払おうとする、
その時、
ドン!
オレの肩が、誰かとぶつかった。
「やい、てめえ、どこみて歩いてんだ」
すごい大声だ。
声の主を見る。若い男。金髪でツンツン逆立てた頭、グラサン、アロハシャツ、だぶだぶの、ワイドパンツ。首からはジャラジャラと、金色の鎖が何本も。
なんというか、画に描いたようなチンピラ?……それとも、ただイキリたい人? オレたちを、にらんでいる。こいつの肩と、オレの肩がぶつかったらしい。
「あ、すみませんでした」
とりあえず、謝っておく。オレが満月を振り払おうとして、こいつの肩にぶつかったのは、確かなようだ。
ツンツン頭は、さらに、目ん玉を剥いて怒鳴り声を上げた。
「なんだ、その態度は。てめえら高校生か? 俺様にぶつかってきて、それで済むと思うのか?」
うーむ、因縁つけるのか。面倒だな。オレはどうしようかと、考えた。
オレは喧嘩をしたことないが、スポーツ部活で鍛えてるし、度胸もある。それに今、大変な修羅場をくぐり抜けたところだ。
こんなの、なんでもないぞ。
オレはヒーローだからな。
ツンツン頭、大声出してにらんで来てるけど、両手は、だぶだぶパンツのポケットに突っ込んだまま、こっちと距離をとって、動こうともしない。
口だけの虚勢タイプ、だな。 大声を出して、こっちの出方を見てるんだろう。
よし、ちゃっちゃと、片付けるか。
とりあえず、びしっと、いってやろう。それで、悠々と出口に行く。なに、追いかけてくる根性はない。
こっちが、怖がってないところをみせれば、なにもしてこない。後ろから、悪態ついてくるのが、関の山だ。
よし。それでいくぞ……
「勇希、コワーイ」
いきなり、満月が、オレの首っ玉に抱きついてきた。
おい何するんだ。
ちょうど今、ツンツン頭を、追っ払おうとしているのに。邪魔するなよ。
だが、満月は離れない。ここぞとばかり、オレにひっついてくる。身体ごと、オレに絡み付いてくる。
何度も言ってるけど満月は、長身だ。力も強い。からみつかれると厄介だ。面倒……
やめろ。
いい加減にしろ。
今、どういう状況かわかってるのか? 女子を守って戦うのが、男子の本分。ヒーローの道。だけど、こんなにぎゅうぎゅう絡みつかれたら、戦えねーじゃないか。
背の高い女子に四苦八苦してる男子……じゃ、相手にも、ナメられちゃうし。
「ちょっと満月さん。止めてよ。ほら、みんな見てるじゃない」
みんな、見ている。
ツンツン頭が大声出した時から、みんな振り向いて、人だかりができている。
何しろ、ショッピングモールの1番目立つ。人通りの多い場所なんだから。なんだなんだ、と、みんな出てきている。
まずいな。
これがいかんのだ。
ギャラリー観衆が、満月に火をつけたんだ。とにかく、みせたがり、みせつけたがり。絶好の場面だ。
どういう状況か、全く考えてないらしい。
人だかりができたから、ここぞとばかり、満月は燃え上がっている。
見られている自分に、うっとりしている……この女は!
注目されると、ますます燃える。なんてこった。
満月だけじゃないんだ。SNSには、インフルエンサーってのが溢れている。
見て見て見て、私を見て。もっと見て、どんどん見て、もっともっと……
それが、お仕事になるんだ。
いや、どうなるんだろうね。もう満月を止めるなんて、オレには無理だ。誰にも無理だ。どんどんどんどん、エスカレートして……行き着くところまで行って……
だけど、オレには、なんとなくわかる……
満月は、きっと勝ち続けるに違いない。終いには、なにがどうなっちゃうのか、いったい……自分の王国を作るのか?
臣下、いや、ファンだフォロワーだを、いっぱい集めて、担がれて、崇拝されて、ますます自分に磨きをかけて、飾って、盛って……
結構……どんどんやってください。もう別に……やりたいように……
ただ、オレには、関わらないでくださいね……
ツンツン頭が、こっちを見ている。ぎょっとして、固まっちゃっている。
取り巻く観衆が多すぎて、しかもその主役は、どうみても満月なんだし。ツンツン頭は、自分が作った舞台を取り上げられて、つまみ出されちゃったんだ。満月のせいで。
おい、ツンツン頭、見てないでオレを助けろよ。オレが困ってるのわかるだろ。
でも、あいつも、オレ以上に、満月になにかできるわけじゃない。
あー、もう、どうしよう…
その時だ、
「ちょっと何やってるの!」
凛とした声が響く。
あれ、この声は?
人だかりの中を、かきわけて、現れたのは、我らがクラス委員長、剣華優希
子犬を4匹、いや4人引き連れている。後で聞いたところでは、委員長軍団がショッピングモールにいたところ、天輦学園の生徒が絡まれているという話を聞いて、助けるために、すっ飛んできたんだそうだ。
委員長と子犬の総勢五人、ツンツン頭の前に立ちふさがり、両手を腰に当て、きっと睨み付ける。
子犬4人。
まず、もじゃもじゃ頭の坂井。ラグビー部。でかくて、ごつい。逆三角形の巨漢。
次に坊主頭の、柘植。背丈は坂井と同じ巨漢だが、こっちは、ずんぐり型の柔道部。
そして、長髪をきれいに分けた矢駆。剣道部。うちのクラスでは、イケメンの部類。こちらも長身だが、引き締まった体をしている。
最後に、奥菜結理。ボクシング部。コロコロコロコロよく笑う、えくぼの可愛い子。今日、オレを助けてくれた子だ。いつも水色のバレッタリボン。今は、きっ、と口を結んでいる。
委員長剣華は特定の生徒とグループを作ったりせず、クラスのみんなと接しているが、委員長を好きでじゃれついている女子や男子は多い。その中でも、この4人が、特に熱心にじゃれついている委員長の親衛隊、子犬四天王だ。
委員長軍団の圧倒感。
猛者感。
すげえな。
こいつらと戦うのは、いかにもやばい。おれもつくづく思う。
「大人が何やってるの? みっともないんだから、やめなさい」
剣華が一喝する。
頼もしいねぇ。
取り巻く観衆からも、そうだ。そうだ、みっともねーぞ、と言う声が上がる。
我らが委員長の支配力は、クラスの外まで及んでいるようだ。
すごいね、委員長。でも、そのツンツン頭はとっくに腰砕け、逃げ腰になってたんだぜ。委員長、あんまりやり過ぎちゃ、ダメですよ。
ツンツン頭は、当然ながら、委員長軍団の圧に怖じ気づいた。チッ、と言って逃げ出した。
めでたし、めでたし。これで1件落着……
オレも委員長軍団も、取り巻く観衆も、ほっとした。
剣華と子犬四天王が、オレのほうに来る。みんな、ニコニコしている。奥菜結理のえくぼもみえる。
「大丈夫だった?」
委員長が言った。
「ええ、大丈夫です。あの、助けてくれて、ありがとうございました」
オレも、礼儀正しく、お礼を言う。
まあ、別に委員長軍団が、来なくても、大丈夫だったけど。一応、助けてもらったからな。
「あの、委員長、今日はどうしたんですか? クラスだけでなく、街の平和を守るためのパトロールもやってるんですか」
「今日はみんな、部活の後でクラスのことで話をして、せっかくだから、ちょっとお茶しに行こうと。それでここにきたの」
「あぁ、そういうことですか」
「ところで」
委員長がやや微妙な表情でいう。
「妃奈子、何してるの」
あ……
満月は、まだオレに抱きついてるんだ。
まだ観衆が少し残っている。最後の1人まで、サービスしようっ、ていうのか。おい、いい加減にするんだ。離れろ。
「あの、もしかして」
奥菜結理が、顔を真っ赤にして言う。
「一文字君、不純異性交際を、もう、解禁したんですか?」
してねーよ!
「今日は、一文字君と買い物にきたの」
満月がいう。うっとりした口調。
オレのことを、自分のものだと、みんなにアピールしてるみたいな。
「交際とか、まだなんだけど、危ないところ、助けてもらったの、勇希のこと、好きになっちゃいそう」
なんだ。
今まで、好きではないのに、さんざんオレを引っ張りまわして、下着まで見せて、抱きついたりしてきたのか。どういう了見なんだ
「それにね」
満月がうっとりした口調でつづける。
もう、目一杯顔を輝かせながら。勝利の女神みたい。自分の勝利に酔ってる女神。
「勇希、今日、私のために下着を選んで買ってくれたの」
買い物袋を掲げる。勝利のトロフィー。
うぐぐ……
やめろ。
やめろ。やめてくれ。
これ以上、オレの人生を、かみ乱さないでくれ。
委員長軍団、ぎょっとしている。奥菜結理の顔が、限界まで赤くなる。いや、もう限界突破してそう。
オレは、断じて、おまえの下着なんて選んでないぞ。
だいたい……満月は、こいつは、自分の下着を他人に選ばせるようなことは、しない。ただ、見せつけたがっているだけだ。みせつけてる自分に、うっとりと酔いしれているだけだ。
委員長軍団が不審な目をオレに向けてくる
ねえ、なんでそうなるの?
ほんとにほんとに、不純異性交際なんて、願い下げ、大反対なんだから。
でもでも……この状況……
あー、もう、あれこれいってもだめだ。
「あのオレ、今日は遅いし、勉強とかもあるから……じゃあ、さよなら!」
オレは、全力で満月を振り払うと、逃げ出した。
もう知るもんか。
長い長い満月妃奈子とのお買い物デートが終わった。
オレは男を守った……たぶん。
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