第169話 金色三頭獣《トリトラ》の大群
オレは無我夢中で、崖から飛び降りた。崖といっても、なだらかな斜面だ。でも、結構急な勾配。
目の前の麗紗、小さな天使の背中。オレは両腕を伸ばし、やっとの思いで、抱きしめる。
「キャッ!」
小さな蘭鳳院のかわいい悲鳴。なんだかとても楽しそうだ。
オレは、麗紗を抱きしめると、斜面を転がって落ちる。やっぱり斜面が急すぎて、走ったり立ち止まったりできないんだ。
ゴツン、ゴツン、
あっちこっちに、頭も、肩も、背中も、尻もぶつける。
痛え。
ぶつかるたびに天地がひっくり返って。
これ、ヒーローパワー全開モードじゃなかったら、結構やばいよな。
「すごーい!」
オレの腕の中で、麗紗は、歓喜。
「もう、大迫力だね。麗紗、いろいろ情報を調べてきたんだけど、こんなに凄いと思わなかった」
ゴツン、ゴツン、
痛え。オレは転がり落ちながら。
それはまぁジェットコースターとかよりよっぽど迫力あるだろ。何しろ怪我したり死んだりしたら、それでおしまいのゲームなんだし。
「それに」
麗紗、うっとりした口調で。
「勇華、ほんとに麗紗のこと、心配してくれるんだね。こんなにしっかり抱きしめてくれて。もう、大感激! 勇華、大好き!」
かわいいほっぺがピンク色に染まる。
ゴツン、ゴツン、
痛え。
うむ。ヒーローの何たるかをわかってもらえたようだ。どんなことがあろうと女子を守るのがヒーローの務めなんだ。坂道を上っている時でも、坂道を転がり落ちる時だって……
ゴツン、痛え、ゴツン、痛え……
ドサッ!
ついに、オレの苦行試練も終わった。
崖の下まで斜面を転げ落ちて、やっと紫の草の大地に放り出された。
オレは最後まで麗紗を抱きしめていたぞ。ヒーローだからな。
うむ。オレは草地に大の字に伸びる。
傍に立つ麗紗。絢爛たる銃士制服をひらめかして。うーむ。まさに地上に舞い降りた天使。燦然たる輝き。
でも、目立ちすぎるなーー
「あ、来たよ!」
麗紗が叫ぶ。
「うん?」
オレもやっと起き上がる。
うわ。
金色三頭獣の大群。
こっちに気づいたようだ。
一頭につき3つの頭。合計何百あるかよくわからん頭が、一斉にこっちを見ている。派手に砂埃を巻き上げながら、崖から転がり落ちたからな。気づかれて、当然。鬼さんこちらと言っているようなものだ。
金色の大群。まだだいぶ距離はあるけど。
次のステージ。次の試練。
どうやら、まだ帰れそうにない。戦わにゃ、いかんようだ。
◇
じりじりと、金色三頭獣の大群が近づいてくる。近づくに連れ、グオ、グオ、という不気味なうなり声、それが何百と重なり合って、響いてくる。
不気味だ。
単体なら、大した事は無い。弱いはずだ。
「斬って斬って斬りまくるか」
オレは迫りくる魔物の大群を前に、覚悟を決める。
「もちろん!」
麗紗、ほっぺをピンク色にさせて。
「今度は、数を倒すステージね? きっと一頭一頭は弱いんだよ」
よくわかってるな。お嬢ちゃん。
金色三頭獣の大行進。もう、100メートル先。
「天破活剣!」
「赤光聖剣!」
オレの手には、青白い光の刃を纏う木刀。
麗紗の手には、赤く煌めく光を放つ細身の聖剣。
オレたちは、剣を構える。
金色三頭獣、オレたちの戦う姿勢を見ても、まるで怯まない。さらに、グオ、グオと不気味なうなり声を、何百と轟かせ、紫の大地を進んでくる。
ザ、ザ、と、無数の足音も、連なり重なり響く。
くるか。
戦闘開始目前。オレは息を整える。
こっちから、大群に突っ込むのは、さすがにちょっと。崖を背に、引き寄せて戦うか。それにしても。麗紗、やる気満々みたいだけど。まぁ、ゲームの中だと思ってるから当然だよね。とりあえずここでは戦力と考えていいようだ。さっきの戦いぶりからして。なぜ麗紗がここで戦力になっているのか、それはわからないけど。そもそも、あの赤光聖剣と銃士制服は……でも、そんなこと気にしている場合じゃない。とにかく戦力は多いほうがいいんだ。
もちろん。麗紗のこと気にしないで戦うわけにもいかない。ヒロインを護って戦う。ヒーローの道はなかなか厳しい。
金色三頭獣の大群、もう50メートル先。そこで、金色の行軍がピタリと止まった。グウウ、と一斉にうなり声。さっきより強い。そして、何百と言う、金色の首を、一斉に窄める。
「あ、」
今、思い出した。こいつも、金色の息を吐いて攻撃してくるんだった。前回は一頭だけだったから、装備で受け切ったけど、この数での攻撃を食らったら正面から受けるのはまずいんじゃないかな。
「麗紗! こいつら、一斉に金色の息を吐いて攻撃してくるんだ。正面から受けるのはまずい。こっちから走って、ジャンプするんだ。そして、躱そう!」
「うん。わかった」
麗紗がいう。聞き分けの良い子でよかった。
「行くぞ!」
「負けないから!」
オレと麗紗、金色三頭獣の群めがけて猛然とダッシュ。そして、何百と言う魔物の口が、大きく目一杯開いたところで、
「跳ぶぞ!」
オレと麗紗、思いっきりジャンプ。オレは現世の平常モードと違って、幽世のヒーロー全開モード。身体能力も大幅にアップしている。だから何メートルも高く跳べたんだけど、麗紗も……
しっかり跳べてる!
なんだかオレより高く跳んでいる? 麗紗もここで身体能力大幅アップして、オレを超えちゃってるの?それとも、天使だから飛べるのか? 考える間もなく。
グオオオオッ!!
オレたちが跳ぶと同時に金色三頭獣の咆哮。全頭一斉に大合唱。そして、金色の息を一斉に吐く。すげえ! 金色の嵐だ。黄金の竜巻だ。ものすごい金色の渦。オレたちのいた場所に、襲いかかる。やっぱりあれを正面から喰らったらやばかったな。オレ、ナイス判断。
そしてーー
宙高く跳んだオレと麗紗の足下には、
金色三頭獣の大群。
みんなこっちを見上げている。
不気味な金色の瞳。もう数え切れない。




