第168話 馴染みの奴が、ゾロゾロと
荒涼たる幽世。
どす黒い空の下、ただただ、ビュウビュウと吹く風。そよぐ紫の草。冷たい大地。
麗紗は、キョロキョロ。
「次のイベント、どんなのだろうね」
オレは何も言えなくて。あれこれ、頭の整理も心の整理もできてない。麗紗のおかげで勝てた。それは間違いない。でも、これ、どういう状況?こんなの聞いてないよ。おい、世告げの鏡、なんとか言え。
オレは胸の鏡を見る。でも、世告げの鏡は知らんぷり。何の反応もない。ちぇっ。意外とこいつはポンコツなのか?
何はともあれ、小さな天使を連れて、元の世界に戻らなければならない。だけど、毎回どうやって戻ればいいのか、それがオレにはわからない。自動帰還システムがあるはずなんだけど。やれやれ。もう何が起きても、オレのせいじゃないぞ。
「向こうに行ってみようよ」
小さな蘭鳳院が言う。麗紗、まだ銃士制服姿。真紅の地に金糸の刺繍、色とりどりの宝石を篏め込んだ、豪勢な衣装。荒涼たる幽世の中でそこだけ燦然と輝いている。
オレの長ラン、銃士制服に比べ、だいぶ地味に見えるな。だが、
フッ、
真の男は、見映えにこだわらない。映えなど、女子に譲っておけば良いのだ。
オレと麗紗。並んで歩き出す。
「向こう、崖になっているね」
と、小さな蘭鳳院。
うむ。オレもわかっていた。崖。紫の草地が、空に切れている。双頭大蛇が出現した方向。あっちは崖に見えたので、そこに逃げることはできなかったんだ。
オレたち、単調な風景が変わるかもと思って崖のほうに行く。
「うわっ、すごい景色」
麗紗、額に手をかざす。
オレたちは、崖の上に立っていた。
崖は、なだらかな傾斜になって、20メートルほど下に続く。
オレたちの眼下に、ずっと広い、紫の草で覆われた大地が続いている。地平線まで見える。
殺風景だけど、雄大と言えば雄大。この世界、どこまで広がっているんだろう。遠くの地平線。紫の大地。建物らしきものは全く見えない。
「あれ、なんだろう」
麗紗が好奇心いっぱいに。
崖の下の大地。動いているものがいる。群れだ。金色の群れ。殺風景な大地、そこだけ輝いている。
オレもよく見る。おや? 見覚えがある。
「金色三頭獣だ!」
オレは思わず叫ぶ。頭が3つのライオンぽい金色に輝く魔物。だいぶ離れている。崖の下の大地。数百メートル先にいるのは、まさしく、金色三頭獣の群れ。しかし、数が多い。
何頭いるんだ?100?200? あるいはもっと?
すごい数だな。魔物がこんなに大量に現れたのを見るのは初めてだ。オレは、ゾクッとなった。
「あれ、頭が3つあるね」
と、麗紗。
うん。だから金色三頭獣っていうんだ。
「あれが次のステージってことね」
麗紗、ウキウキとした口調。逸っている。双頭大蛇を退治して、気分が上がりに上がってるんだ。そりゃそうだろうけど。
「今度は、あの群れに2人で飛び込んで、斬って斬って斬りまくるんだね。勇華、いくよ!」
麗紗、崖から飛び降りようと。
「うわあああっ!」
オレ、必死に、麗紗を抱える、これはやばい。オレの本能が告げていた。金色三頭獣。単体ならたいしたことない。オレもヒーローデビュー戦で、わけなく倒した。しかし、眼下の金色三頭獣。数が多すぎる。あんな大群に突っ込むのは、さすがに危険すぎる。向こうはこっちに気づいてない。だからやりすごせばいいんだ。こっちに危害を加えない魔物なら、無理に討伐する必要は無い。
て、事情が麗紗にわかるわけはなくーー
「行っくよーっ!」
抱えるオレの手を振り解いて崖に向かって走り出した。絢爛たる銃士制服を翻しながら。
「危ないよ!」
オレは必死に走る。焦りまくり。やっとのことで、崖から飛び降りようとした麗紗を後から捕まえる。
「ダメーーっ! ここはおとなしくしてて!魔物に見つかったら、やばい!さっきの戦いで、結構消耗してるんだから」
「もう、勇華、どうしたの?離してーーっ!」
麗紗、小さい体をバタバタとさせる。
「ねぇ、勇華、ほんとにゲームとかやったことないの?これ、ゲームなんだよ。だから、思いっきり弾けて戦って、ポイント稼ぎまくって楽しまなくっちゃ。どんどんいろんなステージに飛び込んでかないと楽しめないよ」
うぐぐ……
これはゲームじゃない……だからやばいんだ。ちゃんと説明したほうがいい?だけど、ここで死ぬかもしれないとか言ったらパニックになっちゃう? そもそも信じてくれないかも。オレの頭がどうかしたと思われちゃったりしたら……
オレが思案する隙に、
「えいっ!」
麗紗、オレを振り解いて、崖の下に飛び降りる。
「勇華、ついてきて!」
「うわあああっ!」
オレは夢中で麗紗を追って、崖を飛び降りた。
小さな蘭鳳院を。
何が何でも守らなくちゃいけない。