第167話 交叉《クロス》する剣
ズルズル、ニュルニュル、
紫の草で蔽われた大地を這って。
蛇のしつこさ、執念深さで、双頭大蛇は迫ってくる。
オレと麗紗。
剣を構え、立つ。
オレは右に。
麗紗は左に。
これは、小さな蘭鳳院の指示だ。
「勇華の剣は青白い光の刃だから、炎を吹く赤い眼の首を切り落としたほうがいいと思うの。麗紗は赤光聖剣で、冷気を吹く青い眼の首を狙うから」
うむ。
的確な指示だ。言うことは無い。作戦って大事だよね。
もう、余計な事は考えない。世告げの鏡も何も言ってこない。これでいいんだろう。まずかったとして、世告げの鏡が何か言ってくれるのか、その辺まだよくわからないけど。
シュウ、シュウ、
チロチロと赤い舌を出しながら、双頭大蛇。もうすぐ目の前。
「今度は、炎と冷気、同時に吹くつもりね」
麗紗がいう。
「吹く前に、ちょっと首を窄めて溜める時間があるから、その時に、行くよ」
おお。何と言う観察眼。さすが天使。オレは全く気づいてなかった。
ズルズル、ニュルニュル、
双頭大蛇。オレたちの、10メートルくらい前まで来て、ピタリと止まった。
オレはーー
すぐに飛び出したかった。10メートル先にバカでかい魔物。
凄い迫力。圧倒される。睨み合い。我慢できるわけがない。でもーー
「まだまだ」
可愛い天使は余裕。いや、余裕というか、キッと口を結んで。
「勇華、動かないで。あの蛇は、こっちの様子を見ている。こっちが攻撃を仕掛けないと思ったら、安心して全力攻撃の準備をしてくる。そこを狙うからね」
またまた、的確な指示。
オレは魔剣を手に、唇を舐める。
双頭大蛇。オレが睨み合っているのは、赤い眼のほうの頭。一体、こいつは何を考えてるんだろう。正直、何もわからない。あらかじめ決められたプログラムに従って動いているだけなのだろうか?
ズォ、ズォ、
お。
双頭大蛇が首を窄める。麗紗が見抜いていた準備行動。
「今よ! 行くんだからね!」
麗紗が飛び出す。えいっ、と剣を振るう。いい動きだ。絢爛たる銃士制服が翻り、赤光聖剣が流れるような赤い線を描く。赤光聖剣の刀身は50センチくらい。だが、オレの天破活剣と同じく、赤い光の刃が、どこまでも伸びる。赤光に輝く聖剣の刃の軌跡が空を、双頭大蛇を、切り裂いていく。
オレも。
「うりゃああああっ!」
負けてられるか。もうオレの敵は、双頭大蛇なのか、隣の天使なのか、わからねぇ。
オレの魔剣天破活剣の青白い光の刃が伸びる。
麗紗の赤光聖剣の真紅に輝く太陽の刃もーー
ズサァーーーーーッ!!
2本の剣。光の刃。
双頭大蛇の、両の頭を刎ね飛ばす。黒い鱗が散る。嘘みたいに、何の抵抗もなく、斬れた。
ドサッ、 ドサッ、
ゴロンッ、 ゴロンッ、
でかい頭が2つ、紫の草の大地に、転がる。本当に、ドラム缶みたいに大きな。
青い眼と赤い目が2つずつ。恨めしそうに、虚空を睨む。だが、もうオレたちを、美味しい獲物を、睨むことはできない。
ぐしゅ、ぐしゅしゅ、
真っ黒な煙を噴き上げ、二つの頭は崩れ落ちる。
そして、胴体も。もう、頭は再生しない。ぐしゅしゅと、黒煙とともに崩れ落ちる。黒い煙幕に包まれ、そしてーー消える。
双頭大蛇。あれだけの巨体が、あっけなく、崩れ落ち、黒い煙と化して、消え去った。蛇の執念も消えたか。永久に。
◇
どす黒い空の下。紫の草の大地。ビュウビュウと吹く風。
オレと麗紗。
しばし立ち竦む。
ややあって。
麗紗が言う。
「やったね。楽しかったね」
こちらを見る小さな蘭鳳院。愛くるしい天使の笑顔全開。
オレも笑顔でうなずく。
「麗紗ちゃん、ありがとう」
そうするしかなくて。
で。
オレたち。
どうすればいいんだ?
こんなところにずっといるのは嫌だ。とにかく、早く元の世界に戻って楽しくゲームをしたい。休日の最後、有終の美で飾りたい。当たり前だ。当然だろう。
おかしいな。
オレはキョロキョロとする。何度見ても、不気味な異世界幽世の光景。
どうなっているの?
麗奈の時も、魔物を倒しても、すぐには戻れなかった。今回も、まだ何か、イベントがあるのか?
そういうのやらなくても、こっちは全然平気なんですけど。
VRゲームの世界に早く戻りたい。オレの願い……届かなくて。




