第162話 双頭大蛇 《ツインヒュドラ》
ズォォォォーン……
地鳴り。地響き。地震か?
オレと麗紗。ガクガクと揺れる。揺さぶられる。
「すごいね!本物の地震みたい。こんなことができるんだ!」
無邪気な麗紗。オレは麗紗をしっかり抱えている。あれこれ説明してる暇はないので。
ズォン、ズォン、
不気味に揺れる大地。
オレは周囲に目を走らせる。
おや。
紫の草地。50メートル?いや、もっと近い。30メートルくらい先に。
土煙。むくむくと。不気味な形の黄土色の噴煙が上り、オドロオドロしい塊となる。たちまち、オレの背丈の何倍の高さにも。
特撮とかで見る爆発と煙。それをもっと大迫力にしたやつ。
黄土色の煙の塊の中に。見える。影。巨きな影だ。蠢いている。
大地が裂け、何かが噴き上がってきたようだ。
「やっと登場か。さっさとこいよ」
オレは口を結び、巨大な影を見つめる。
噴煙の中の影、オレたちをあざ笑うかのように、ゆらゆらと。やがて急に、ふっと、土煙が消えた。
はっきりと姿を現す。
「うわっ!」
「キャッ!」
麗紗、オレにしがみつく。
影の正体。黒い塊。
「でかいな」
オレは思わず。
これまでも、でかい魔物を倒してきたけど、サイズがさらに一回り二回り大きい。
目の前にいるのは。
巨大な。
蛇。黒い蛇。
それも、頭が二つ。
ーー 双頭大蛇だ ーー
声がした。
◇
「兄さん!?」
オレは、思わず辺りをキョロキョロ。
声がしたんだけど。いや。今の声、悠人の声じゃない。誰だろう。
あ。
胸の世告げの鏡。虹色に輝いている。この鏡だ。世告げの鏡が、オレに教えてくれてるんだ。鏡の声。頭の中に直接響く。
なるほど。これは必要な時に、自動で装備されて、案内支援してくれるんだ。たいした便利アイテムだぜ。
双頭大蛇。
それが、やつの名か。今日の相手。敵。
でかいな。
双頭大蛇。2つの頭。右の頭の眼は赤。左の頭の眼は青。オレたちを睨んでいる。生気の無い、死んだような眼だ。頭だけで2メートルくらいある。オレを一呑みできそう。太い胴体。長さはそれほどでもない。ずんぐりした、不格好な蛇。全身、黒い鱗に覆われている。ゆっくり、ずるずる尾を振り、蛇特有の動きをしている。二つの口から、チロチロと二本の赤い舌が見える。
頭の中に声が響く。世告げの鏡の案内。
ーー 赤い眼の口からは炎を、青い眼の口からは冷気を吹く。気をつけろ ーー
おお。
案内バッチリ。オレの便利アイテム。魔物図鑑欲しいと思ってたけど、ちゃんとやってくれるんだな。レベルとか倒し方とかもわかるといいんだけど。
敵の正体が分かり、オレは、落ち着きを取り戻していた。
いつもと同じだ。戦って倒す。それでいい。オレはヒーローなのだ。
やるべきことをやるまでだ。
そしてーー
オレの腕の中の麗紗。
目を見開いて、双頭大蛇を見つめている。びっくりしてるだろうな。
ーー ここで怪我をしたり、死んだりしたら、それでおしまい ーー
そういうルールだったよな。これは現実。そしてあの魔物も、巻き込まれた非戦闘員だからって、容赦しないだろう。
でも。
今、逃げ隠れする場所も、この子を任せられる人もいない。
オレが1人でこの子を守り、あの魔物を倒さねばならない。
フッ、
そういうことか。宿命のヒーローの道。だんだんレベルアップしてくるぜ。オレがレベルアップしてるんだ。試練の方だって、どんどんレベルが上がっていって、当然だ。
やったろうじゃないか。
「麗紗!」
オレは、ぎゅうっと小さな蘭鳳院を抱きしめて。
「怖いか? 大丈夫だよ。あいつはオレが今すぐ倒すから。いいか。ここでじっとしててくれ。絶対動いちゃだめ。オレを信じてここで待っていてくれ」
オレは1つ微笑むと、麗紗から腕を離し、双頭大蛇に向き直り、右手を天に掲げる。
「天破活剣!」
たちまち、オレの右手に木刀が現れ、青白い光が吹き上げる。魔剣降臨。そして女子モード全開だったオレは、いつもの長ランを翻している。オレの戦闘服。なんでも自動で装備できるって嬉しいね。フリルスカートじゃ戦えないからな。あれ?今、オレは麗紗の前で女子の勇華だったっけ。ここで男子の格好するってのはーー
ええい! そんなこと考えてる場合じゃない。
ーー 怪我したり死んだりしたらそれでおしまい ーー
そういう世界なんだ。幽世。とにかく命を守って、魔物を倒す。そして、元の世界に戻って、楽しくゲームをする。それだけだ!
魔剣を手にしたオレは、1歩踏み込む。
双頭大蛇。青と赤の4つの眼で、オレをにらみながら、シュシュウと、息を吐いている。
今日のお客さん。すぐにオレの魔剣の錆びにしてやるぜ。あ、オレの魔剣は木刀だっけ。錆びにはならないのかな。まぁ、いい。踏み込んで一息でぶった切ってやる。そうすれば麗紗も守れる。
「行くぜ!」
オレは、巨大な双頭大蛇に全力ダッシュしようとーー
「ダメーーっ!」
後ろから声が。麗紗。オレを心配してくれてるのかな。可愛いお嬢さん。あなたは完璧にヒロインの役をこなしてますね。でも、止めてくれるな。ヒーローってのは行かなきゃいけない時がーー
「私もやるーーっ!」
え? は?
思わずオレは振り返る。
麗紗。ニコニコしながら、両手を握り締めている。
愛くるしい天使の笑顔。
すごく無邪気で。




