第161話 仮想《ヴァーチャル》ではない別の世界に
またまた、いつもの。
異世界時空転移。
白い光が、やがてぼんやりとしてきて、急に周りがはっきりとする。
オレは、草地に立っている。キョロキョロあたりを見回す。
ようこそ幽世へ。もちろん、そんな看板は出ていない。誰も言ってくれない。でも、幽世。異世界。無愛想で、殺風景な、お出迎え。
広いな。
草地が続いている。紫の草地。
空は、ずっと、どこまでも、どす黒い色に染まっている。雲があるのかないのかさえわからない。
ちょっと暗いけど、周りは、見える。一応昼間らしい。それにしても、真っ暗闇の夜に放りこまれたら、どうなるんだろうな。懐中電灯もないのに。
前回は、秋の黄金色の野原だった。今は、紫の草地。季節が違うのか?異世界幽世への時空転移。世界と世界が重なって、穴ができるとかいう話だから、その時々で、違う時空に行くのかな。向こうとこっちじゃ、時間の流れも違うんだろう。
さあてと。
さっさと出てこい魔物。ちゃっちゃと始末したら、元の世界現世に戻るぞ。今日はせっかくの気持ちの良い休日で、女子モード全開してオープンしたてのレジャー施設で、最新型VRゲームを楽しむところだったんだ。魔物倒せば、さっきの時間に戻れるんだろう。
オレの連休を邪魔しやがって。オレは腹を立てていた。天使と一緒の休日。魔物には、連休とか関係ないんだろうけど、オレの楽しみを邪魔した罪は重いぞ。きっちり償わせてやる。せっかく行列順番待ちして、やっと人気のゲームできるとこだったのに。
どこだ。空気読めない魔物め。やっつけてやるぞ。オレはカッカしながら、辺りをーー
「うぎゃっ!」
オレは凍りついた。目を疑う。
すぐ、近く、5メートルくらいのところにいたのは、
麗紗!!
うわああっ!
まずい。麗紗も巻き込んじゃった。オレに巻き込まれて、一緒に異世界転移したんだ。
なんてこった。鎌倉じゃ、姉の麗奈を巻き込んじゃって、今度は妹の麗紗。どうしよう。
麗紗。紫の草地の上に立って、キョロキョロしている。セーラー服のまま。おや?
前回、麗奈は、幽世で意識を失っていた。完全に意識がなかったわけではなく、いろいろ見たり聞いたり話したりできたみたいだけど。
今度、麗紗は、普通に立っている。あちこち見ている。意識は飛んでいないんだ。
ともかくもーー
「麗紗!」
オレは、麗紗に駆け寄り、ぎゅっと抱きしめる。温かい。天使の熱。やっぱり本物だ。幻影とかじゃない。本当に生身の麗紗が、オレと一緒に幽世に時空転移して来ちゃったんだ。
麗紗、オレを見つめてキョトンとしている。
「すごいね、勇華」
「……うん」
「やっぱり私の思った通り、すごい! ほんとにすごいVRゲームだよ! こんなの、初めて!」
麗紗、はしゃいでいる。
ブホ、
オレはのけぞる。あ、そうか。VRゲームのヘルメット型端子を被った途端、ここにきたんだ。ここがゲームの中の世界だと思ってるんだ。いや、これ、現実なんだけどな。現実というか、少なくとも、仮想ではない。
えーと、どうしよう。
ちゃんと説明する? ここは、幽世でって……
いや、いきなり、そんなこと言ってもでも、信じられないだろう。うまく説明できる自信がない。麗紗が、パニックになったら大変だ。
そうだ。
オレは、ぶるっと震えた。
麗紗を、どこか安全な場所に避難させなきゃ。これから魔物戦闘が始まるんだ。ここはゲームじゃない。
ーー 怪我したり死んだりしたら、それでおしまい ーー
大変だ! オレたちを喰い殺そうとする魔物が来る。麗奈の時みたいに、誰か、守って助けてくれる人が来るといいんだけど。来ないの?
麗紗を抱きしめながら、必死に周囲に視線を走らせるオレ。でも。隠れられそうな場所も、助けてくれそうな人も、見当たらない。どす黒い空の下、広がる紫の草地。不気味なうなりを立てて、風が吹く。草が揺れる。
全てがどんより。一面に同じ景色。
どうしよう。でも、とにかく、麗紗を守らなきゃ。小さな天使。理由はよくわからないけど、この子はとにかくオレに散々よくしてくれて、ナンパ師からも守ろうとしてくれた。だからオレは何が何でもこの子を守る。それがヒーローだ。
「勇華、どうしたの?怖いの?」
麗紗が言う。
「え?」
オレの体、震えている? いや、そいつは武者震いってやつだぜ。オレは、ビシッと背を伸ばし、強く言った。
「麗紗、オレから離れないで」
「う、うん」
麗紗、キョトンとしている。
その時ーー
オレの胸に、
ピカッ
虹色の光。なんだ? あ、
“世告げの鏡”! 校長からもらった鏡だ。
おかしいな。確か今日は持ってきていない。自宅の机の引き出しに入れておいたはずだ。
それが、今。
オレの首に懸っている。突然出現したんだ。
小さな鏡。虹色に輝いている。
これはつまり……
徴だ。て、いうことは、
来る。
いよいよ来る。
魔物だ。
避けられない。戦って倒す。そして麗紗を守る。無事に現世に戻る。それしかない。
オレは覚悟を決めた。
不気味な風が、ビュウビュウとうなる。
ざわざわと、紫の草地。




