第159話 天使の戦い
「あー、楽しかったー。やっぱりエタエモ最高!」
麗紗、天使の笑顔。
音ゲー。オレは負けた。この子のリズム感に。でも、なんだか、オレの体、本当にスッキリしてる。体だけじゃなくて心も。目の前で、天使がぴょんぴょん飛び跳ねて踊ってるのを見ながら、こっちも思いっきりハッスルしちゃったからな。悔いる事は何もない。
オレたちは、音ゲー箱を出る。濃い空間だったな。密すぎたぜ。天使の蜜。
オレは、フー、と息を。
麗紗も、汗ばんでいる。ほっぺがピンク色に染まって。まぁ、あんなに跳ね飛んだんだからな。小さい体で、すごい動きだった。
「ちょっと疲れたねー」
全然疲れている様子に見えない麗紗がいう。
オレたちは、アトラクションの間のベンチに、並んで座る。
「喉乾いたねー。麗紗、飲み物買ってくる。あ、もちろん勇華の分も買ってくるからね? 何がいい?」
「あ……アイスコーヒーで」
オレはただただ、天使に押されまくる。
「アイスコーヒーだね。わかった。待ってて」
“小さな蘭鳳院”、ちょこんと会釈すると、ちょこまかと走り去る。
うーむ。今日1日。この調子で麗紗に……おもてなしモードされちゃうのかな。一体何でここまでしてくれるんだろう。
よくわからない。でも、
これって、結構いいかも!
エタエモ……新規オープンの最新型レジャーランド。いやー、さすが。思いっきり弾けて、スカッとできて、いいじゃないか。宿命の道だからっていって、ひたすら自己鍛錬トレーニングと、勉強ばっかじゃ腐っちゃうぜ。ヒーローってのは、ときには豪快に遊んでやるのも使命なんじゃないかな。
それに……大体において、ヒーローの行く道には、必ず、ヒーローが求めずして、出会った村人とか村娘とかが、しっかりヒーローをおもてなししてくれたりするものなんだ。そうだよな。何しろみんなのために戦ってるんだから。誰かに思いっきりおもてなしされたって……いつもいつも、上から目線で見られたり、殴られたりしてるのはやっぱりおかしいんだ。
うむ。これが……案外、普通の宿命の展開なんじゃないか。
“ 小さな蘭鳳院 ”は、ヒーロー宿命の道に登場する“旅の途中のヒーローを癒す村娘” の役回りとして、降臨したんじゃないのか。きっとそうだ。姉のほうの態度はひどいからな。妹がこれだけやってくれて、バランス取れてるのかも。
ツンとして手の届かない麗奈と、愛くるしく迫ってくる麗紗。
両極端の蘭鳳院。
◇
「よう、彼女」
声をかけられた。男子2人組。みたところ、高校生くらいか。髪も服も、かなり頑張ってキメている。
「今、1人?」
テンプレすぎる展開。こういうテンプレって、どこの誰が発明してどうやってみんなに配っているんだろうか。
こういうのって、久しぶりーー
そうか。女子全力全開モードっての。そもそもずっとやってなかったんだ。
オレは男子2人組を、見定める。ワルとかじゃなさそうだ。普通の子。連休のレジャー施設。男子高校生がイキがって、ハッスルして、何とか女の子をものにしようと。ありふれた光景だ。
「2人で来てるの」
オレは応えた。
やれやれ。中学の時だったら、こういう時、デコピンの1つでもかましてやったものだが。今、ことを荒立て出てるのはまずい。普通に対応してやろう。
男子高校生2人組、顔を見合わせてニヤっとする。うーむ。どこまでもテンプレ。
「2人? 彼氏と来てるの?」
「友達とだよ」
「へー、それはちょうどいい。女の子2人組なんだ。じゃぁ、オレたちと一緒に遊ぼうよ」
「うーん、今日は2人で遊ぶって決めてたの。だからごめんなさいね」
「ええ、つれないなぁ」
「ねぇねぇ、いいじゃない。オレたちとちょっと付き合わない?」
男子2人組、オレににじり寄ってくる。
めんどくせーな。付き合わねえって言ってんだから、とっとと失せろよ。まぁいいや。騒ぐ必要は無い。麗紗が戻ってきたら、さっさと立ち去る。相手にしないのが1番だ。
オレは、口を聞くのも嫌なので、ちょっとうつむく。さらに、ニヤニヤしながらにじり寄ってくる2人組。
あー、もう。
その時。
「こらーっ!!」
大きな声。
みんな振り向く。
麗紗だ。両手に、ドリンクの紙コップを持って。
「その子から離れて!その子に近寄っちゃダメ!」
オレににじり寄る男子高校生2人組に。相手をきっと見据えている。今は笑顔じゃない。口を結んだ天使。戦う天使。凛々しく見える。
男子2人組、顔を見合わせる。考える事はもちろんーー
「この子が、彼女の連れなんだ」
「うわー、超可愛い!」
おい、もっとすごい美少女が来たぞ。ラッキー。そういうのが伝わってくる。モロわかり。クソッ。急にオレへの興味なくしていやがる。別にいいんだけど。
しかし。
やれやれだな。そろそろオレが立ち上がるとするか。ヒーローだし。麗紗を、危ない目に合わせちゃいけない。ま、大した事じゃないんだけど。
が、麗紗。
自分より背丈のある男子2人組に向かって、
「とっとと失せろ! コーヒーぶっかけるぞ!」
うおっ。
スゲー剣幕。今は顔を真っ赤にして。天使の怒り。
おいおい。ちょっと落ち着こうよ。刺激しすぎてない? 単なるナンパだから。そんなに危険な場面じゃないんだよ。オレは慌てて立ち上がった。こうなったら。何があっても、オレが小さな蘭鳳院を守るぞ。
ちょっと焦ったオレ。でも、心配の必要はなかった。麗紗の気迫に押された男子2人組は、
「お、おい、行こうぜ」
「あ、ああ」
と、バツが悪そうに、足早に立ち去っていった。
オレは、ほっとする。やっぱりあいつら別にワルじゃなくて、ただイキがってた高校生だ。そんなにリキむことなかったな。ひょっとして、麗紗は姉と同じ超美人だから、近寄ってくる男を、片っ端から邪険に追い払う癖がついてるのかも。
麗紗、オレに駆け寄り、
「ごめんね。遅くなって」
オレにアイスコーヒーを渡す。オレは受け取る。麗紗、開いた手で、オレの手を握る。ぎゅっと。
「怖かった? もう離れないからね?」
ん? 麗紗は、オレが……そうか。ついつい忘れそうになるけど、オレ、人が苦手っていう設定だったんだ。だから、絡まれてとても対応できなくて、ビクついてた、怖がってたと、麗紗はそう思ったんだ。思うよね。
「ありがとう」
オレはにっこりする。ともかくも、オレを守ろうとしてくれたんだ。この子、妙に、行動力過剰で、かなりな暴走モードになるけど、ほんとに、すっごく天使なんだなぁ。
麗紗に、愛くるしい笑顔が戻る。
勝利した天使。
キラキラと。




