第149話 天使のカレーライス
「ただいま」
オレはやっと言った。
目の前の、“ 小さな蘭鳳院 ”に。愛くるしい笑顔の天使。
何だかマヌケだ。間抜けすぎる。でもこの状況、もう何が何だかわからねえ。ヒーローになってから何度目かわからないけど、脳みそはとっくに蒸発しちゃってる。
麗紗が、ちょこちょこと近寄ってきて、オレの手を握る。可愛い仕草。手を握るのが好きだな、この子。何なんだろう、オレがのことを自分のものだとアピールしたいのか?
麗紗が胸をそらす。
「カレーライス作ったの! ご飯も炊けてるよ!」
自信満々だ。うん。匂いでわかってた。君はここで、カレーを作っていた。で、なんで?
「勇華のためだよ!」
麗紗はキラキラした瞳で、
「麗紗、カレーライスが得意なの。だから、勇華のために、頑張っちゃった。勇華、お昼はもう食べたの?」
「食べてない」
オレは正直に答えた。外では、ドリンク1杯だけ。確かに……腹が減っている。カレーライスか。ありがたい……な。
「ホント! じゃぁ、お腹空いてるでしょ?今、できたとこだから。うわー、ほんとタイミングぴったりだったね。なんだか、今にも勇華が、帰ってくるんじゃないかと思ってたとこなの。私たち、やっぱり繋がってるね!」
お前がありえない形で繋げててきたんだろ。何をどうするとここまで繋げられるんだ?
「じゃ、食べよっか」
もうしっかり麗紗のペース。麗紗はオレの手を離し、キッチンへ。そして、くるっと振り向く。
「あ、そうだ。勇華は、カレーライス、好き?」
「うん。大好きだよ」
オレは、また、正直に答える。
「よかった。今、準備するから。テーブルに座ってて」
オレはおとなしく、ダイニングのテーブルに座る。オレの家のオレの椅子に。その時気づいた。テーブルの上に鍵が置いてある。オレの鍵だ。オレが今日、家を出る時、玄関脇の植木鉢の中に置き鍵したやつだ。
“ 小さな蘭鳳院 ”は、ルンルン気分といった様子で、テキパキと動く。かわいい仔猫のエプロンを、ヒラヒラさせながら。セーラー服のスカート、この子は、ちょっと膝上にしている。校則ギリギリのラインか。
ほどなく。
2つのお皿に、それぞれご飯を持って、カレーをかけて。要するに、カレーライス。みんな知ってるカレーライス、オレの大好きなカレーライス。麗紗特製のカレーライス。
テーブルの上に置かれる。
麗紗は、オレの正面に座る。自分の席はここ!と勝手に決めたらしい。
「さあ、どうぞ!食べて!」
満面の笑み。なんだ。今日はオレがお客さんか? 自分の家で。朝、出会ったばかりの子に。いや、それ以前にーー
「あの」
オレは言った。テーブルの上の、鍵を手に取る。
「君、どうやって家に入ったの?」
やっと言えた。当然の質問。ずっとオレは固まってて。さすがにここはちゃんとしとかなきゃ。
麗紗は、ふふ、と笑う。
「その鍵で、入ったんだよ」
うん。それはわかってる。だからそのーー
「今朝、たまたま、この家の前を通った時、勇華が、玄関脇の植木鉢の中に、置き鍵しているのを見ちゃったの。びっくりした?」
は? もう、びっくりするとか、そういう次元の問題じゃないんだけど。ええと、この子とは、今朝、オレが家を出てくる時、家の前で出会った。でもその前に、この子は、オレが家から出るとこから見張ってた。そういうこと? なんで?
オレがますますポカーンとなるのをよそに、麗紗は続ける。
「今日、勇希は帰ってこないって言ってたじゃない?それに、あの後ピンポン押しても誰も出ないから。今日、勇華は一人ぼっちで、寂しいんだろうなって。だから、せっかく友達になったことだし、勇華を元気づけてあげようと思って頑張っちゃった。あ、カレーの食材は、麗紗が買ってきたんだよ。鍋とか調理道具は、貸してもらったけど。勇華、元気になってくれるといいな」
ん? 一人ぼっちで寂しい?そうか。オレは、人が苦手で、一人ぼっちという設定だったんだっけ。それで麗紗がオレと友達になってくれたんだっけ。いや、オレは麗紗のお姉さんなんだっけ。あれこれの設定、すっかり頭から飛んでた。うーむ。やはり口から出まかせ言うもんじゃないな。どんどんおかしな方向になってくる。
それにしても。オレは思った。カレーの材料は自分で買ってきたんだ。友達ができたから、早速カレーを作ってあげよう? すごい行動力だな。きちんとしてるとこはきちんとしてるし。いや、だめだ。友達でも何でも、勝手に人の家に上がり込んで、カレー作るとか、ありえない。今朝、会ったばかりなのに。やっぱり蘭鳳院家の教育はおかしい。絶対におかしい。姉も妹も、ぶっとびすぎている。とにかく、お願いだから、オレに関わらないでほしい。住む世界が違いすぎるんだし。
オレの頭、例によってぐるぐるぐるぐる。
しかし、今は。
「食べて、勇華。喜んでくれるといいな」
期待でいっぱいの麗紗。オレを見つめている。
「いただきます」
オレは言った。
その、せっかく1人ぼっちのオレを元気付けようとカレーライス作ってくれたことだし……オレは腹も減っているし、それにカレーライスは大好きだし……あれこれ考えると、余計におかしくなりそうだし……とにかく、ここは、食べよう!




