第148話 ファンタジーの迷路
オレは、家に帰った。
まだ、昼の12時だ。今日は、女子全開モードで1日中外で弾けようとか考えてたけど、さすがにそこまではできなかった。あの天使、“ 小さな蘭鳳院 ”の襲撃は、なんだかんだずっと引っかかっていた。当然だけど。ま、それでも、半日は久々の女子の街歩きをしたな。
街歩きしている最中も、また誰かに出会うかな? と、ちょっとおっかなびっくりだった。でも、だんだん慣れた。顔見知りにいきなり街で出会うなんて、そんなのある方がおかしい。絶対おかしい! オレはぶらぶら街歩きしてショップを覗いたりして、楽しむことができた。
うむ。久々の女子全開モード。女の子気分。なかなかいいものだ。5月の風が、翻るスカートに気持ちいいぜ。女子のオレに帰る。そういう時間があってもいい。
男子として、クラスの女子どもにいつも圧されてると……なんだか頭がおかしくなりそうだからな。これでスッキリ。充電だ。またまた、男の坂道を上っていける。
フッ、
女子どもよ、お前らの道とオレの道は交わらない。そういうことだ。
今日の午後はのんびりしよう。オレは、自宅のドアに手をかけ。
ん?
異変を感じた。鍵が開いている。おかしいな。家を出る時、ちゃんと鍵をかけたつもりだったけど。かけてなかったんだ。玄関の横の植木鉢の中を覗き込む。いつもそこに置き鍵をしてるんだ。小学生からの習慣。でも、
ない。
置き鍵してたはずが、無い。
ええと。しっかりドアに鍵をかけて、植木鉢の中に置き鍵して、そのはずだったけどーー
なんだろう。とりあえず家の中に入って考えよう。オレは、ドアを開け、玄関の中に入る。
◇
カレーの匂いがした。急に腹が鳴る。今日は、外でランチをと思ってたけど、どうもそうする気になれなくて、カフェでドリンク一杯だけ。家に帰って、何か作って食べようと思ってたところだ。
ん? なんだ。このカレーの匂いは。またまた異変。今日は、ママも、パパも、家に帰ってこないはず。おかしいな。ひょっとして、予定が変わって、急に出張から帰ってきて、今、飯の支度をしてるってことなのかな?
とりあえず。ダイニングキッチンへ。匂いの正体を確かめないと。
ダイニングキッチン。匂いが強く。グツグツという音も聞こえる。やっぱりカレーを作ってるんだ。中に入る。うん? キッチンに人影。ママかな? でも、背が低い。ママじゃないの?
誰?
オレはゾワッとなった。異変に次ぐ異変。ひょっとして、異世界幽世に、もうとっくに引っ張りこまれちゃってるの?
人影が、振り向く。
オレの目は、釘付けにーー
「うぎゃあああっ!!」
オレは絶叫した。全身の血が引く。体が凍りつく。
なんで! なんで! なんで!
君がここに!?
キッチンで、鍋の前で、カレーをかき混ぜていたのは、
蘭鳳院麗紗。
“ 小さな蘭鳳院 ”
あどけない、愛くるしい天使。
やっぱり!この子は、ただの女の子じゃない!何者かわからないけれど。 もう完全にファンタジーだ!ファンタジーの迷路! それとも夢なのか? 夢とファンタジーってどう違うの? もう何にもわかんない!
これってひょっとして。現実世界現世と、異世界幽世の境界がどんどん溶けて、壊れてなくなって、ついには一緒になっちゃうってやつ?
そういう世界なのか? オレの戦場は。オレはヒーローだから、とにかく戦い続ければいいのか? いったい何とどう戦えばいいのか? 次から次へとわけのわからないまま、あっちこっち引っ張り回されて。
頭がぐるぐるぐるぐる。
もう、なんだか。
わかっていることは、ただ1つ。
オレはーー
目の前にいる子。
愛くるしい“ 小さな蘭鳳院 ”
どうやら。
この子とは、戦えそうにありません。
なぜって? それはオレにもよくわからないけど。とにかく、全然勝てる気がしないんで。ヒーローだって、圧倒的に無力感を知る場面、あっていいよね。
振り向いた麗紗。朝と同じセーラー服に、子猫のプリントのかわいいエプロンをしている。
“ 小さな蘭鳳院 ”、オレに、ニコッと微笑む。可愛く小首を傾けて。
「お帰り、勇華。待っていたよ」




