第146話 姉妹との秘密の約束
「はあ?」
オレの頭、ブッ壊れそう。ていうか、とっくにブッ壊れてる。いや、ブッ壊されたんだ!
目の前の、麗紗。隣の蘭鳳院、麗奈の妹。愛くるしい天使。オレの手を握っている。すべすべして、温かい手。オレに向ける笑顔。
でもーー
この子、今、なんて言った?
友達になって?
お姉さんになって?
なに? いったい何なの?
なんでそうなるの?
オレを見つめる麗紗の瞳。本当に麗奈と同じだ。とにかく綺麗で。思わず吸い込まれそう。
いや、今は。なんだか追い込まれている。蘭鳳院姉妹、揃ってオレを追い込むのが好きみたいだ。
友達?お姉さん?
これは、つまりーー
やっぱり、ちゃんと話してみよう。落ち着け。落ち着くんだ。きっと突破口はあるはずだ。
「あの、どうことなのかな」
オレの声、上ずっている。ダメだ。とても冷静にはなれない。
「ええと。君は……兄の高校の隣の席の子の、妹さんなんだよね? その……急に、私にお姉さんになってて、どういうことなのかな? びっくりしちゃったよ」
冷や汗もの。なんでこんな小さい子に振り回されなきゃいけないんだ? オレはヒーローなんだよね。これも試練なのか?
麗紗は可愛く会釈して、
「びっくりした? うふふ。勇華、人が苦手なんだよね?でも、麗紗とは普通に話せるし、手も握れる。麗紗は勇華の特別。これってひょっとして、麗紗が、勇華を一人ぼっちから救い出す運命なんじゃないか、そう思っちゃったの」
はあ? オレはもう頭がクラクラ。やっぱり、とっさに変な嘘ついちゃったのが、非常にまずかったようだ。今から、あれは嘘だったと言ってみる?いや、だめだ、なんというか、いろいろ切り抜けるために、どんどんおかしな方向に行っちゃっている。
「迷惑ですか?」
麗紗、オレを見上げ、ちょっと心配そう。
迷惑だよ!決まってるだろ! そもそもこんなふうにオレの前に現れるな! いったい何がしたいんだ? だいたい偶然オレの家を見つけたとか、ありえないだろ。これはやばい。絶対やばい。何かある。どうすりゃいいんだ?
働かない頭で必死に考える。ここでこの子を、きっぱりと拒絶して、サヨナラしたら。どうなるか?
そういえば、この子さっき言ってたな。オレのことを、姉にも学園にも話さない。だから、代わりにお願いを聞いて。友達になって。お姉さんになって。
これって、ひょっとして脅迫か?オレのことを黙ってる代わりに、友達になれ?そういうのって、友達といわないんじゃないか?
この子。とにかくやばい。何を仕出かすかわからない。相手の正体がわからない以上、ここは、様子を見よう。ひとまず言うことは聞いておこう。
先手を取られまくっている。体制を整えるんだ。きっと巻き返しはできるはずだ。
「あ、あの」
オレ、やや震えた声で、
「いいよ。わかった。麗紗ちゃんの、友達になる。お姉さんになる。その……麗紗ちゃんが、そうして欲しいんだよね?」
「ホント! 嬉しい!」
麗紗、パッと顔を輝かせる。見た目は本当に無邪気な天使。そして、気品がある。姉と同様に。育ちの良さが感じられる。行動はやばいけど。
「あ、でも」
オレは念を押す。
「あの、私、麗紗ちゃんは大丈夫だけど、他の人は……やっぱり無理だと思うから、絶対に私のことを、他の誰にも話さないでね?」
「うん。わかった! 麗紗と勇華の2人だけの約束。2人だけの秘密だよ!」
麗紗、握っていた手を離し、今度は両手を広げる。蘭鳳院姉妹とそれぞれ、2人だけの約束。2人だけの秘密。
「私たち、友達になった、姉妹になった、約束のハグをしよ!」
ハグ!?
オレはたじろいだ。それはやっぱりちょっと……
「ごめんなさい!あの、ここ路上だし、近所の人が見てるし、私、そういうの恥ずかしくて、ちょっとまだ、無理なの。……そのうちね」
「うん、わかった」
麗紗は素直に両手を下ろす。
「じゃあ、メアド交換しよ」
うぐぐ、
やっぱりそうなるよな。しかし、これはまずい。オレの頭に警報が鳴る。完全にグダっていたオレの頭だけど、それなりには働くんだ。オレの今持ってるスマホのメアド。もちろん勇希のだ。勇希と勇華のメアドが、同じ。それが何かの拍子にバレたら、まずい。
「あの、ごめんなさい。実は今、スマホ持ってなくて。スマホなしの外出、たまにするの好きなの」
オレは必死の笑顔。
麗紗、いぶかしげに見上げる。
もう限界だ。頭が破裂しそうだ。これ以上は無理。
オレは、
「麗紗ちゃん、今日はありがとう。友達になってくれてほんとに嬉しい。ちゃんとしたお姉さんになれるかどうか、わからないけど。頑張るから、これからもよろしくね。それじゃあ、ちょっと今日用事で急いでるから! またね!」
「うん、またね」
またまた、麗紗の可愛い会釈。
よし、何とか切り抜けたぞ。
もうすることはただ1つ!
オレは身を翻して、逃げ出した。
あとのことなんて、知るもんか!




