第145話 高貴な姫を守る小さな騎士
「あの、実は、昨日この辺を歩いていたら、たまたま、一文字勇希先輩が、この家に入るのを、見かけたんです」
“ 小さな蘭鳳院 ”は言う。
「たまたま?」
勇希はオウム返し。そんなことあるのか?
もちろん、これはたまたまなどではなかった。麗紗は嘘をついていたのである。
一昨日の夜。
最愛の姉、麗奈と一文字勇希なる謎の転校生の関係が、2人で秘密の温泉などというレベルまで進んでいたと知って、衝撃を受けた。
麗紗は固く決意をした。
「姉を“ 間違い ”から救う。何が何でも!この私が!」
憧れの姉、自慢の姉、これまでずっと麗紗を大事にしてくれた麗奈を、今度は自分が救う。もはや、麗紗の妄想は、自分が高貴な姫を救う騎士というところまで、エスカレートしていたのである。姉の危機に立ち上がらねばならない。麗奈を救えるのは、この私だけだ!
麗紗は異様に興奮し、昂揚していた。何でもできる優秀な麗奈は、これまで弱みを見せることなんて、1度もなかったのである。
「今こそ、私の出番だ!」
あの夜、麗紗は、月に向かって吠えたのである。
そうと決めると行動は早かった。運命の夜の翌日、早速、またまた校門のところに待ち伏せして、勇希の後を尾けたのである。今度は勇希の自宅まで尾けた。執念の追跡である。
「超一流名門の家には見えないな」
勇希の家を確認した、麗紗は思った。一文字家は、普通の中産階級の一戸建てである。
「やっぱりどう考えても、麗奈には不釣り合い。それなのにいきなり親密になるなんて。きっと何かある。ますます怪しい」
その日は、勇希の家を確認するだけにして、帰った。
そして今日。休日の朝から、勇希の家を張り込んでいたのである。何か少しでも、勇希の謎を解く手がかりが欲しかった。
尋常でない行動力であるが、麗奈を守る騎士として、麗紗は完全に燃えあがっていた。
麗紗の頑張りが報われたというか。一文字家から、女の子が出てくるのを見つけた。とにかく少しでも手がかりをと思って、思わず手を握ってしまった。ちょっとやりすぎたかもしれない。
そう思った麗紗だったが、問題なく相手の素性が知れた。
「この子は、勇希の双子の妹か」
麗紗は考える。ほんとに勇希とそっくり。もともと、勇希は女の子っぽい顔立ちだけど。
◇
自宅の前の路上で。
女子モード全開のオレは“ 小さな蘭鳳院 ”と向き合っていて。
まだなんだか頭が混乱している。混乱しないわけにはいかない……
けど、考えるんだ!
とりあえず危機は切り抜けた。でも、双子の妹なんて嘘ついてよかったのかな。ここは切り抜けても後々なんだか面倒なことになりそう。そもそもこの子、たまたまオレの家を見つけたとか言ってたけど。絶対、あり得そうにない話だ。何か隠してるな。なんだろう。不気味だ。オレの家を特定して、何がしたいんだ?
とりあえずちょっと訊いてみよう。
「あの、今日は私の家に用事があったの?」
そうだ。この子はなんでここにいるんだろう。まずそこだ。
「あ」
麗紗は少し口ごもった。まさか、一文字勇希の秘密を探るべく、張り込みをしていたとは言えない。
「勇希先輩に、お話があって」
やはり、オレ目当てなんだ。どんな話だろう? でも、今のオレは勇希の妹の勇華。
「勇希は、今、いません。いつ帰ってくるかも分かりません。今日は帰ってこないんじゃないかな。友達の家に行くとか言ってたし。せっかく来てもらったところ、申し訳ないけど」
「そうですか」
麗紗はいう。
うむ。オレは必死に考える。勇希に話をしに来た? おかしい。わざわざここまで来なくても、学園で話しかければそれでいいと思うんだけど。
学園?
急に気になった。勇希に、瓜二つの双子の妹がいた。それをこの子は、姉の麗奈に話すだろう。学園でも話すかも。この話が高等部に広まってーー
クラスの女子どもに知られたら。
厄介だな。好奇心旺盛で、行動力抜群の満月なんぞに知られたら。ここぞと喰ついてくるんじゃないか? 会いたい会いたい会わせろ会わせろと言うだろう。自宅の住所までバレてるんだ。ひょっとして、押しかけて来ちゃったりして。
うぐぐ……
まずい。この上なくまずい。これ以上この話が広まるのは、絶対阻止しなくちゃ。
よし、ここは勝負だ。
「あの、麗紗さん、お願いです!」
オレは必死に“ 小さな蘭鳳院 ”に訴える。
「私のこと、学園では絶対にしゃべらないで。お姉さんにも」
「え?」
麗紗、キョトンとなる。
オレはもうやぶれかぶれだ。
「私、実は、すごく人が苦手で。だから、兄の友達やクラスメイトが、家に押しかけてきたりしたら、と思うと、怖くて。慄えちゃうの。だから、私のことを誰にも言わないで。この家のことも、みんなにも話さないでね。私、ひっそりと暮らしてたいの」
うわー。我ながら、無茶苦茶な言い訳だ。こんなんで通用するのか? 頼むから、通用してくれ。
麗紗は、オレをじーっと見る。さすがに理解しかねている様子だった。が、
「わかった。誰にも言わないよ。ここで出会ったこと、勇華と麗紗、2人だけの秘密。そういうことでいいのね?」
おお、何という聞き分けの良い子だ。姉と違って、ちゃんとした教育を受けてるのかな。オレは、ほっとする。
それにしても、蘭鳳院姉妹と、2人だけの秘密が多くなるな。
麗紗、オレをまじまじと見つめる。
「勇華、人が苦手なんだ」
「うん……そう」
「じゃぁ、友達とかもいないの?」
「……うん」
「そうなんだ」
麗紗、何かを考えている。まずいな。姉と同様、頭が働くのかな。
ややあって、麗紗は、
「勇華、麗紗とは普通に話せてるよね」
「うん……」
人が苦手とかの設定、いきなり後付けで考えたから、そりゃそうなるな。
麗紗の顔が、パッと明るくなる。
「じゃあ、麗紗は、勇華の特別だね」
うん? なんだか飛躍してない?
「手、握っても大丈夫だったしね」
そう言って、麗紗、オレの手を握る。かわいい手で。なんだ? 不吉な流れだ。
「麗紗、勇華のお願い、ちゃんと聞くよ。勇華の事は誰にも言わない。だから、麗紗のお願いも聞いて?」
お願い? なんだ? 妙な方向にーー
「勇華、友達になろう。麗紗のお姉さんになって」
はあ。
オレは呆然となる。なんだ?どういう状況なんだ? この子、いったい何考えてるんだ? 何がしたいの?
オレの手を握りながら、にっこりと微笑む麗紗。“ 小さな蘭鳳院 ” の愛くるしい笑顔。もう、天使そのものなんだけど。
やばい。
これは絶対にやばい。




