第144話 小さな天使の降臨
「なに、これ!」
一文字勇希は、心の中で叫んだ。
「なんでこうなるの!?」
目の前にいるのは、間違いなく蘭鳳院麗紗。小さな蘭鳳院。
オレは自宅から出たところ。女子全開の格好で。まるごと女子。今日1日、女子で行くと決めていたから。
蘭鳳院麗紗。隣の蘭鳳院の妹。一昨日会った子。ショッピングモールでいきなりぶつかってきて。そしてお茶して、別れた。それだけ。それだけのはず。
昨日、麗奈には、麗紗と会ったことを、話した。麗奈は、うん。それ、妹から聞いている。偶然てあるもんだね、と例によってそっけない対応だった。それで全て終わったはずだった。
でも、今、目の前に。
可愛い小さな蘭鳳院。
暫しの間、2人は見つめ合っていた。
衝撃、驚き、その他言葉には出せない感情が色々と絡み合う。
勇希の全身の血が、上がったり下がったりを繰り返す。
やがてーー
麗紗が、可愛い手を伸ばし、勇希の手を握る。
ムギュッ、
うわ、勇希は思った。
掴まれた。柔らかい。温かい。なんなんだ。この子は一体。なんでいきなり手を握るんだ? オレはつくづく女子に捕まる運命なのか?
「あなたは、誰?」
麗紗が言った。
え? 勇希は混乱する。あなたは誰? 麗紗はオレを知らない? て、事は。オレを一文字勇希だとは、思っていないんだ。一昨日、会ったばかりなのに。
どういうことだろう?
勇希は必死に考える。そして、答えらしきものが。
そうか。オレ、今日はバッチリ女子モードでいる。麗紗は、一文字勇希を男子だと考えている。当然だ。目の前の女子を、一文字勇希だと、わからないんだ。
つまり、
女子バレしてない!? そこが1番重要。
「あの」
麗紗が言う。まじまじと勇希を見つめて。
「一文字勇希先輩の、家族の方ですか?」
うむ。決まりだ。よかった。オレが一文字勇希だとは思っていない。今日、オレは女子モードだ。それで別人だと思ってるんだ。オレが防がなきゃいけないこと、それは天輦学園の男子生徒一文字勇希が実は女子であるのがバレることだ。
呪いだ、なんだ、まだ、あの話は生きてるんだよね。女子だとバレたら、呪われて破滅するとかいう……
女子メイク、バッチリ決めててよかったぜ。メイクのおかげで、女子バレを防げたとは。世の中、何が起こるかわからないものだ。
とりあえずほっとした。助かった。でも、これから。さて、どうしたらいいかな。
目の前の小さな蘭鳳院、オレが誰なのかと訊いている。
オレこそ、この子に聞きたいこと、聞かなければならないこと、いっぱいあった。けど、ここはひとまず、女子バレを防ぐことが優先だ。どうしたら良いだろう。必死に考える。そして、
「私、一文字勇希の双子の妹の、勇華です」
やっと言った。苦し紛れの嘘。でも、一文字勇希の家から出てきた、一文字勇希と顔がそっくりの女子。なら、こう言うしかないよね。
麗紗は、じっとオレを見つめる。つぶらな瞳。可愛い。いや、今は可愛いとか、それどころじゃなくて。まだ、オレの手を離さない。
「一文字勇希先輩の、双子の妹?」
「うん。そう」
麗紗のいぶかしげな目線に、オレはきっぱりと答える。とにかく、一文字勇希が、女子だとか、女装趣味の男子だとか、そう思われてはならない。
ややあって、麗紗はオレの手を離す。
「失礼しました」
麗紗はペコリと頭を下げる。オレは、ほうっ、となる。全く心臓に悪いぜ。でも、なんとか切り抜けたぞ。いや、本当に切り抜けたのかな。
麗紗がいう。
「勇希先輩の、双子の妹さんでしたか。本当にそっくりですね。びっくりしました」
びっくりしたのはこっちだぞ。だいたい、どうやってここに来たんだ。
オレはいう。
「あの、君は」
「蘭鳳院麗紗です」
小さな蘭鳳院、オレに笑顔を。
うん。もちろん、名前は知っている。一昨日、自己紹介してもらったから。麗奈の妹なんだよね。
オレは冷や汗。
「蘭鳳院麗奈の妹です。天輦学園中等部三年生です。お兄さんの勇希先輩とは、もう面識があります。私の姉の麗奈は、高校で、勇希先輩の隣の席なんです。姉から、勇希先輩の話は、よく伺っています」
麗紗はつづける。オレは、なるべく初めて知ったと言う顔をする。とにかく、勇希と別人の勇華で通すんだ。
この子、いったい何なんだろう。無邪気な顔して。
本当に、見た目は天使みたいな姉妹なんだけど。
麗紗の、愛くるしい小さな天使の顔に隠された激しい想い、それを、勇希は、知る由もなかった。




