第143話 硬派ヒーローの女子全開モード
5月の連休になった。
しかしヒマだな。一文字勇希は欠伸をする。
爽やかな5月の朝の青空を、自宅の窓から見上げる。
男装男子高校生となっての転校。そして、宿命のヒーローの道の戦い。真の男を目指して。男の坂道。いろいろ順調に思える。それで最近は、緊張感も、やや薄まってきた。
「これまでは連休って言ったら、必ず部活で、みんなで楽しくやってたのにな」
あ〜あ、と、また欠伸。勇希はずっと部活、野球をやっていた。だから休みは練習して、その後みんなで遊んで、それがずっと続いていた。当たり前だった。
それが、休みは今、一人ぼっち。外で走り込みして、公園で筋トレして、家で勉強もそれなりにがんばって。そういうぼっち休日。
この連休は、両親も、珍しく仕事の出張で、家にはいない。リモートワークのパパも、たまには家を空けるのだ。
「ヒーローの道って、孤独孤高っていうけど。やっぱり辛いなぁ」
勇希は、机の引き出しから、鏡を取り出す。“ 世告げの鏡 ”。校長から渡されたアイテム。
「全然反応しないな。魔物も連休なのか」
反応したって、何かできるわけではない。いきなり異世界空間に引っ張り込まれて、魔物と戦闘。そうなるだけだ。
「いっそ連休中は、ガンガン魔物退治して、レベルアップしたいもんだな」
レベルアップしたらどうなるのか?そして、真の宿命のヒーローと認められたらどうなるのか? もっと強い魔物と、戦い続けるのか?
わからない。でも、悠人に会う。そういう目標がある。ひたすら鍛錬だ。絶対に男のヒーローの坂道を上りきってやる。
「えーい!」
勇希は、今は魔剣天破活剣は持ってないが、イメージで、刀を振る。エア剣道をする。そうだ。竹刀を買ってきて、ちゃんと剣を振る練習をしようかな。剣道部の矢駆に教えてもらおうかな。
ひとしきり部屋で体を動かす。どうしよう。やっぱり外で、走り込みと筋トレするか。今日も一人だ。いつも一人。一緒にお出かけする相手。最近は、クラスの女子しかいないな。
女子。蘭鳳院に満月に剣華。あのお嬢様たちは、そういえば、今、沖縄旅行に行ってるんだ。この前買った水着を今頃、海で思いっきり披露していることだろう。注目浴びてるだろうな。華やかな女子たち。
そうだ。ふと思う。
オレだって。
たまには女子モードになるのもいいかな。
思いつくと、ゾクゾクしてきた。確か、オレの宿命。一文字勇希は誰もが認める男のヒーローにならなければならない。うむ。それはよい。やってやるぜ。ドンとこい。でも、みんなの見てないとこで、こっそり女子モードになってても、問題ないよね。
オレはだいぶ成長し、強くなってきた。何もビクビクしないぞ。やりたいようにやってやる。
「今日は1日女子になる。それって面白いんじゃね」
思いついたら。いてもたってもいられなくなって、すぐにお出かけ用の女子服選びに取り掛かる。ヒーロー候補になってから、ずっと男子の格好で外出していた。誰かに女子の姿を見られたらまずいからだ。家の周辺なら大丈夫だ。この辺で、学園の者を見かけた事は一度もない。
女子としてお出かけしてやろう。孤高のヒーローが、女子として街歩き。それも面白いじゃないか。
久々の女子!心がウキウキする。女子の格好。思いっきり可愛いのを選んだ。スポーツブラじゃなくて、胸を締め付けない、可愛いブラジャー。花柄の白いブラウス。そして、ピンクの、フリルの膝下スカート。
中学の時でも、可愛すぎてお前には似合わないと言われた格好だ。オレは、昔からボーイッシュだとか言われてたからな。でも、良いのだ。服なんて自分が着たいものを着るものだ。
そして、鏡の前で、思いっきり女子のメイクをする。高校生だからな。頑張って、なるべく大人っぽく。鏡を見ながらニヤニヤする。しばらく男子をやってたけど、やっぱりオレは女子だな。当然だけど。
髪にはピンクのリボンをして、仕上げ。うむ、完璧だ。
お出かけだ。女子としてのお出かけ。ミュールを履いて。
◇
「うーむ。気持ちいい」
家の玄関を出たら、オレ。思いっきり背伸びをした。爽やかな空気をいっぱい吸い込む。
ふふ。久々に女子モード。街も、なんだかいつもと違って見えるな。新鮮だ。女子高生の街歩き。かわいいバッグを肩にぶら下げて。おしゃれ女子モード全開。オレだって、おしゃれ女子できるんだぞ。
どこに行こうかな。好きなだけ、ブラブラしよう。今日は1日女子だ。
さてと。まずはお買い物かな。オレは、歩き出した。
その時ーー
おや、誰かが近づいてくる。小さな足音。オレは振り返る。
「ええええええっ!!」
目を疑った。
振り向いたオレの前にいたのは。
小さな蘭鳳院。
蘭鳳院麗紗。天輦学園のセーラー服姿。
なんだ?いったい何が起きてるんだ?
オレは固まった。呆気にとられて。息が止まる。
麗紗、にこりとする。
でも。
瞳は笑っていない。
爛々と、燃えている。




