第141話 姉妹でロミジュリ
夜。
麗紗はベッドの中。眠れない。
今日も。おやすみを言う時、麗奈に言われた。
「勉強しなくちゃいけないから。1人にさせてね」
行っちゃいけないんだ。麗奈のところに。抱きしめてもらいに行くことができない。これからずっとそうなの?
麗紗は寝返りを打つ。
ずっとこうなのかな。いつまでも子供のままでいることはできない。それはわかってるけど。でも、こんなに露骨に、急に、突き放すなんて。
電気を消した部屋。窓のカーテンは開けてある。
麗紗は外を見る。夜空。今日は月夜だ。明るい月。窓を開ける。ひんやりとした春の夜風が心地よい。
サラサラした髪を揺らして、春の夜空を見つめる麗紗。やがて、決意した。
行ってみよう。姉にのところに。拒絶されるかもしれない。でも、いい。ぐずぐずとしているよりいい。
バルコニーに面した扉をそっと開ける。そして、外へ出た。バルコニー用のサンダルを履く。
蘭鳳院家の豪邸。中世欧州の城館を模している。バルコニーといっても、3メートルの幅はある。石造り。花壇もあり、ちょっとした空中庭園だ。
麗奈の部屋。麗紗と同じ2階。バルコニー伝いに行ける。今、なぜバルコニーから行こうとしたのか、麗紗もわからない。気持ちの良い夜は、昔から、バルコニーから姉のところに行っていた。外から窓をトントン叩くと、姉はいつも笑顔で、中に入れてくれた。
バルコニーの下は、中庭。その先は、鬱蒼とした木立ちがみえる。月明かりの中、麗奈の部屋へ向かう麗紗。胸の動悸が高まる。
ーー なんでこんなにドキドキするんだろう。姉のところに行くだけなのに。
バルコニーから行くのも、正面から行くのがどうも気後れしたからだ。もし、受け入れてくれなくても、ちょっとでも姉の姿が見たい。
◇
麗奈の部屋の窓のすぐ脇。麗紗は立ち止まる。
「あ、今晩は。夜、電話してごめんね」
麗奈の声が、窓から聞こえる。スマホで、誰かと話をしているんだ。声が近い。窓は開いている。麗奈も夜風を入れ、窓のすぐそばで、電話してるんだ。
誰と話してるんだろう?
麗紗は、声のする窓の側、ぴったりと壁に体を寄せ、息をひそめ、ぴんと耳を立てる。
いったい自分は何をしてるんだろうか。ただ、少しでも姉のことが知りたかった。窓の中と外。なんだかロミジュリみたい。
窓側の椅子でスマホ片手の麗奈。窓の外、ぴったり壁に体を寄せ隠れる麗紗。姉妹はすぐ近くにいた。
「勇希、この前の事だけど」
姉の声。
勇希? 麗紗はさらに聞き耳を立てる。姉の友人や知り合いでユウキというのは、あの隣の席の男の子だけのはずだ。
「2人でしたことって、他の人にしゃべってないよね? 別に知られちゃいけないことでもないと思うけど、やっぱりなんだか……黙ってたほうがいいよね」
麗奈の無邪気な声が続く。
2人でしたこと? 黙っている? 麗紗は、はっとなった。
「……うん、温泉だしね。私、浮き浮きしちゃって。だって初めての体験だったんだもん。いろいろあったけど、いい思い出だよ」
温泉!!
衝撃のワードが! 麗紗の頭上に雷が落ちる。初めての体験?
それって、それって、それってーー
麗紗は、壁を背に、ずるずると、崩れ落ちる。ペタンと座り込んだ。
「……そっか。勇希も、私との事は、誰にも言ってないんだ。ありがとう。そうだね。え? 勇希、もしかして恥ずかしがってる?うふふ。気にしないで。ほんとに私、何とも思ってないから。2人だけの秘密だよ。なんだか、2人の秘密いっぱいできちゃったね。それじゃあ……」
姉の声が聞こえなくなっても、しばらく、麗紗は立つことができなかった。5月の心地よい夜風。でも、気づくとびっしょり汗をかいている。なんだろう。これは。
麗奈と勇希が。
まさか!
温泉。2人でしたこと。初めての体験。2人だけの秘密。もう秘密がいっぱい。
ぐるぐるぐるぐると、危険なワードが、頭の中を。
ひんやりとする壁に背をもたれ、バルコニーに座り込み、麗紗は茫然となって、ゆっくりと傾いていく月を、いつまでも見上げていた。




