第140話 女の子みたいに可愛い男の子
蘭鳳院姉妹二人だけの夕食。
「いつもながら、逢留十の料理、美味しいね」
麗奈がいう。麗奈の料理には、カロリーにも気を配っている。それでいながら美味だ。
「う、うん」
麗紗は気もそぞろ。心ここにあらずで、ナイフとフォークもどこかぎこちない。いつもなら、ダイエットカロリー制限中の姉の前で、パンにバターをたっぷりつけてパクパク食べるのだが、今日はパンに手が出ない。
「学校で何かあったの?」
姉がじっと見つめてくる。
麗紗はドキッとなった。姉に見つめられると……何でも話してしまいそう。秘密なんて持てない。前までは。でも、もう、今は違う。麗紗は思う。
ーー 麗奈の秘密を探ってるんだ。なんで急に麗奈が変わったのか。変わったといっても、本当に、麗紗しか気がつかない微かな変化だけど。麗奈が変わった。麗紗も変わらざるを得なかった。姉に秘密を持った。姉を探るという秘密。
今日。麗奈の隣の席の子、一文字勇希に会いに行ったんだ。結果はハズレだったけど。どうしよう。この話、したほうがいいのかな。私が言わなくても、勇希が話すだろう。偶然隣の席の子の妹に会ったなんて。いずれ麗奈が知ることになる。私から話そう。
「今日ね、麗奈の隣の席の男の子と会ったの」
「え?」
麗奈は目を丸くする。
「一文字勇希君だよ。麗紗、ごっつんこしちゃったの」
「ごっつんこ?」
麗紗はなるべくさりげなく話した。ショッピングモールで、ぶつかったこと。それがたまたま一文字勇希だったこと。ぶつかったお詫びに、カフェでドリンク一杯ご馳走したこと。
「ショッピングモールで、たまたま勇希と? そんな偶然あるんだ」
麗奈は驚いていた。
「そうだよね。びっくりしたよ」
麗紗は冷や汗。なるべく自然な笑顔を浮かべる。
「でも、ちゃんと勇希に挨拶できたんだね。さすが麗紗」
「えへへ。私だって蘭鳳院家の子だよ」
「そうね」
ふふ、と麗奈が笑う。
大好きな姉の笑顔。ずっと自分のものにしていたい。
麗紗は思い切って訊いてみた。
「麗奈は、一文字君のこと、どう思ってるの?」
「どう?……どうって?」
「あ、麗紗、高等部の話もいろいろ聞いちゃった。ほら、麗紗の友達、高等部のお姉さんお兄さんがいる子も多いし、部活繋がりもあるし。最近、隣の席の一文字君と、仲良くしてるんでしょ?」
「仲良くしてる? 私と勇希が?」
麗奈、ちょっと言い淀む。首をかしげて、
「そうね。隣の席だし。何かと話すようになった。他の女子たちと一緒に勉強会もしてるし。うーん、面白い子かな。あと、なんだかんだ純粋ね。純粋だから、ちょっととんちんかんなことしちゃう子かな」
麗紗の事前調査通りの回答。やはり何もないな。なお、勇希に、姉から勇希の話を聞いてると言ったのは、もちろん嘘だった。姉はこれまで、隣の転校生男子について一言も麗紗に喋ってはくれなかった。
麗紗は考えた。やっぱり何もなしか。一応、もう一つ、訊いてみよう。
「可愛いよね、一文字君て」
「可愛い……そうね」
麗奈は白い頬に指を当てる。
「今日、麗紗、一文字君を見て、女の子みたいに、可愛いと思った」
麗奈がピクっとなった。
「女の子みたいに可愛い? …… うん。みんなそう言ってるよね」
麗奈は、悪戯っぽく麗紗を見る。
「どうしたの、麗紗、ああいう子がタイプなの?」
「えへへ。ちょっと違うな。麗紗のタイプは、やっぱり王子様! もうほんとに背が高くて、何でもできて、気品に溢れた人がいい!」
「うふふ。子供ね」
姉妹は昔の調子に戻った。
でも。
麗紗は気づいた。
一文字勇希のこと、女の子みたいに可愛い。そう言った時、麗奈の声のトーンが変わった。麗紗にしか気づかない、僅かな動揺が見えた。
え、なに? なんだろう?
やっぱり何かあるの? あの小柄でかわいい男の子と。
なんだろう。
麗紗に疑惑の雲がむくむくと湧き出る。
姉妹の間の秘密。秘密の上に秘密が重なって。
昔の世界には、戻れなくなる。




