第138話 美人姉妹とヒーロー少女
カフェで、蘭鳳院麗紗と向き合う一文字勇希。
「可愛いな」
オレは思った。
素直にそう思った。
目の前の、蘭鳳院麗紗。
カフェの、テーブルを挟んで。
顔も、声も麗奈そっくり。
でも、小柄。オレより背が低いみたい。(麗紗は身長155)
小さな蘭鳳院。
うーむ。姉の麗奈のような、冴え冴えしい別世界感のある美しさとは違う。
この子は、
愛くるしい。
本当に。可愛い。姉の麗奈と違って、全然上から目線じゃない。愛らしさ全開。こうでなくっちゃ。
麗紗、満開の笑顔、ニコニコしながらオレを見つめている。
いいな。愛くるしい蘭鳳院。姉と違ってすっごくフレンドリー。
小さな蘭鳳院、苺ミルクと言う選択も、かわいい。
姉の方にはいつも、なんだか振り回されているけど。この子は、男を振り回したりしないんだ。そうだ。それが女子のあるべき姿だ。
オレにぶつかって、大した事じゃないのに、きっちりお詫びしなきゃいけないと。
なかなかできることではない。教育が行き届いているな。姉のほうも、少しは見習って欲しい。
でも、見れば見るほど。
麗奈そっくり。
顔、声。全く同じ。小柄で、髪型が違うことを除けば、本当に、
蘭鳳院麗奈。そのもの。
そうだ。
でも、麗奈。あいつはいったいオレの何なんだろう。
悩ましい。魔物との関係ははっきりしてる。オレは魔物を倒す。けど、クラスの女子、中でも、蘭鳳院麗奈、いったいオレの何なんだろう。いったいオレはなにと戦ってるんだろう。
可愛い妹を前に、オレは考える。
目の前の少女。14歳中学3年生。見れば見るほど、圧倒的な、蘭鳳院感。
◇
一文字勇希と蘭鳳院麗紗。
初対面の2人はややぎこちなく、おしゃべりを始める。
学校の話。2人の共通の話題である蘭鳳院麗奈のこと。
カフェで向かい合う2人、結局のところ、見ていたのは蘭鳳院麗奈の姿だったのである。
「姉の事は本当に尊敬しているんです。背が高くて、何でもできて、綺麗で、いつも颯爽としていて。私の目標なんです。あんな風になれたらいい、ずっと小さい時から思っていました」
麗紗、うっとりとした口調で言う。頬もやや染まる。
ふうん、と勇希は思う。まぁ、あんなすごい姉がいたら、妹もいろいろ大変だろうな。何かと比較されちゃうだろうし。別世界感よりも、愛くるしさが勝る妹は、勇希の心を和ませた。
「麗奈のやつも、上から目線やお澄まし顔じゃなくて、いつも、この子みたいに、愛嬌たっぷりだったらいいのに」
そんなことを考える。
一方、麗紗の方は。
「やっぱり、違うなぁ」
苺ミルクを飲みながら考える。
直接会ってみたけど、麗紗の想い描く王子様感、ゼロ。
「麗奈より背が低すぎる」
それがまず不満。それに、話にも、知性や教養、気品がまるで感じられない。
一文字勇希の情報は、事前にいろいろ調べていた。だから、それほど驚きでもなかった。
麗紗のあれこれと聞いた話ではーー
一文字勇希。転校生。勉強はまるっきりできない。スポーツは得意でみんなを驚かせているが、なぜか部活はやっていない。時々、クラスでトンチンカンなことをして、みんなを笑わせている。色々問題行動もして、クラス委員長剣華にこっぴどく叱られたり、殴られたりしている。
剣華は天輦学園中等部3年生の時、生徒会長をやっていた。何より姉の親友なので、麗紗もよく知っていた。
「あの剣華さんを怒らせるなんて、たいしたものね」
その点も、気になっていた。とにかくちゃんと会って話して、しっかり正体を見極めてやろう。そう思っていたけどーー
「姉と勉強会してるって言うけど、本当なんですか?」
「うん。オレ、勉強が苦手で。それでクラスの女子にいろいろ教えてもらってるんだ。麗奈さんにも、隣の席のよしみで、なんだかんだ教えてもらってて。すごく助かってるよ。あはは。よろしく言っといてね」
勇希の無邪気な笑顔を麗紗は見つめる。
「これは、違うな」
麗紗は結論づけた。
カフェで15分ぐらい他愛ないおしゃべりした。それで充分だった。特に中身のない会話。でも、相手がどんな子かだいたいわかった。
「とても、姉の相手ではない」
麗奈とは住む世界が違うタイプだ。これはちょっと可愛い小柄なフツーの男の子。4月に起きた姉の異変。それとこの一文字勇希は何も関係ないんだ。そうに違いない。
麗紗は、ほっとした。姉に男が? 美少年転校生? 本当に動揺しちゃったんだけど。よかった。彼氏とかじゃなかった。他に理由があるんだろう。また、じっくり考えてみよう。
麗紗は、ぐっと苺ミルクを飲み干す。
「今日は本当に失礼しました。これから気をつけます」
「あ、こちらこそ。お姉さんによろしく」
勇希も慌ててカフェラテを飲み干す。
2人は別れた。
別れ際、麗紗は可愛く会釈する。勇希は妙にドギマギした。
勇希は小さな蘭鳳院の背を見送りながら、考えた。
美人姉妹か。でも、全然違うタイプだな。
それにしても、オレは。
蘭鳳院の世界に、また1歩踏み込んでしまっているーー
今度は妹。オレの知らない世界が。
これでいいのかな。いったい、どこへ行くんだろう。




