第129話 髑髏の秘密
暗い洞窟の中、秘湯から立ち上るゆらゆらした湯気の中で。
オレと、蘭鳳院。
「ねえ、勇希、結局、なんだったの?」
何だったって? 異空間異世界、黄泉の国、幽世のことか?
やっぱり覚えているのか? 説明しなきゃいけないの?
「ほら、大声で叫びながら、私のところにすっ飛んできたじゃない。私の意識が飛ぶ前に」
「あ」
思い出した。そうだった。向こうに、髑髏が2つ並んでたんだ。
「あの、蘭鳳院、怖がらないでね」
「怖いことがあったの?」
「うん。髑髏が2つあったんだ。並べてあった」
「髑髏?」
蘭鳳院は、見に行くと言った。つくづく好奇心旺盛だな。仕方なく、オレも。2人で懐中電灯を持って、少し戻る。
「ほんとだ。来た時は気づかなかったね。壁に凹みがある。壁龕て言うのかな」
蘭鳳院、壁龕を覗き込む。しばし沈黙。怖くないのか。
「きちんと安置してあるみたいだね。両側に燭台がある。火を点けてみるね」
チャッカマンで、蝋燭に火を。オレたち二人、顔を寄せあって、一緒に壁龕の髑髏を覗き込む。
蝋燭の炎に、ぼんやり浮かび上がる2つの髑髏。
やっぱり不気味だ。
蘭鳳院は落ち着いている。
「だいぶ古いものなのかな。ひょっとして、この洞窟、この髑髏を祀ってるのかも」
そうか? これ、ひょっとしてありがたい仏なのか?
「見て」
蘭鳳院、壁龕の中へ顔を。髑髏が怖くないのかな。
「髑髏に、金箔が張ってあるのが少し残っている。やっぱりこれ、高僧の髑髏なんだ。仏教だと、えらいお坊さんの髑髏に金箔を張って宝物にするっていうよね。きっと昔はしっかり金箔が貼ってあったけど、今は剝げ落ちて少ししか残ってないのね」
えらいお坊さんの髑髏か。オレにはいまいち、ありがたみがわからない。
洞窟の壁に穴を掘って、燭台と蝋燭を置いてるだけだから、粗末と言えば、粗末な扱いだけど。
「ねえ、なんだかこの髑髏、笑ってるように見えない?」
蘭鳳院が言う。
よくわからないな。髑髏なんて見たの初めてだし。髑髏が笑ってたら、それはそれで怖い。
「そろそろ行こうよ」
洞窟の髑髏。不気味なことには違いない。それに、ここで異世界に呑まれたんだ。早く明るい場所に戻りたい。
「勇希はお湯に浸からなくていいの?」
「え? もう、とてもそんな気分じゃないよ。早く出よう」
オレたちは、帰り道、洞窟の蝋燭の火を消しながら戻る。
ありがたい隠し寺の、ありがたい隠し観光名所。
◇
「どうやった。いい湯だったじゃろ」
洞窟から出た。やっと明るい日差しの下。5月の空だ。やっと生きた心地がする。
仁覧和尚、寺の裏庭の日陰で寝転んでオレたちを待っていた。
オレたちが出てくると、起き上がって、ニヤリとする。うーむ。怪しい坊主だ。本当に。
「とてもいいお湯でした。ありがとうございました」
蘭鳳院が一礼する。オレはいい湯に浸からなかったけど。
和尚、また、寺の本堂にオレたちを案内する。そこにオレたちの荷物も置いておいたんだ。
オレは訊いた。
「あの、洞窟の中の温泉の手前に、髑髏があるのはご存知ですよね」
和尚、ふふ、と笑う。
「見つけたか。何を隠そう、あれこそが、この寺の宝なのじゃ。部外者が見たのは本当に久しぶりじゃぞ。ひょっとしたら、100年200年ぶりかもしれんなぁ
「宝? びっくりしましたよ。行く前に教えておいてくれればよかったのに」
「サプライズじゃよ。何事も体験じゃ。知らんで行った方が、触れたときの印象が強いからのう」
何言ってんだこの坊主! そりゃ、びっくりしまくったけど!
「のう、若いの。あの髑髏が誰のものか、わかったかな?」
「はい」
蘭鳳院は答える。
「安覧と寿覧ですね」
「そうじゃ。お嬢さん、どうやってわかったのじゃ?」
「髑髏が……語りかけてきたような気がして」
「ほほう。たいした功徳だ。やはり、おぬしらを招き寄せたのは、仏の縁……そういうことか」
オレは仰天した。ついさっき、異世界幽世で会った二人。それがあの髑髏だったなんて。
「安覧寿覧は立派に往生成仏した。ありがたいことじゃ、得難いことじゃと皆に尊崇され、その髑髏がこの寺の秘宝として残された。ただ、先に言ったように、宗派の戒律の問題があったので、こっそりと隠されることになった。そういうことじゃ」
和尚の寺の由来についての話は終わった。
オレたちは礼を言って、寺を出る。
◇
「あれ?」
洞窟から出た時は、5月の快晴だったのに。本堂で一服してる間に、空が真っ黒になっている。雨が来そうだ。
急いで帰ろう。
出る時は、寺の通用門を和尚が開けてくれた。オレたちが来るとき分け入った山道、あそこが確かにこの寺への道だった。そして塀に突き当たったところで、右に曲がると、通用門だった。オレたちは左側の、塀の崩れから入ったんだけど。
寺を後にする。
あの仁覧和尚。
最後まで怪しくて、生臭感のある坊主だった。何者なんだろう。オレたちになんでああも親切にいろいろ喋ってくれたんだろう。
わからない。
髑髏の見守る洞窟の秘湯で、あの坊主は時々湯につかってご満悦なんだ。いろいろ普通じゃないな。
◇
「校外実習のレポートどうしよう」
オレは言った。あの寺でのことは、一切口外してはならぬと、和尚に言われた。せっかくのすごい体験だけど、レポートにはならない。
「これまで回ってたところの分で、十分書けるよ」
蘭鳳院はお澄まし顔。
さすが優等生のお嬢様だ。まぁ、勉強の事は蘭鳳院に任せておけば、それで充分なんだ。
ところでーー
洞窟で、意識を失った時、裸の蘭鳳院をバスタオルで拭いて服を着せたのは、男子であるオレだと、蘭鳳院は思ってるのかな。
気にならないのかな。男子に全裸をーー
オレはまたドギマギする。
蘭鳳院は、いつものお澄まし顔。




