第128話 隣の美少女は魔物《モンスター》より厄介
気がつくと、オレは洞窟の中にいた。
ゆらゆらと湯気が立っている。
温泉。洞窟の秘湯が目の前に。
暗い。燭台の蝋燭の灯に取り囲まれて。ボコ、ボコと熱水が湧く音。
蘭鳳院。オレのすぐ目の前に横たわっている。フリルブラウスにプリーツスカートを、ちゃんと着ている。黒い髪はやや乱れている。
「戻って来れた」
オレは、ほっとする。現世だ。とにかく蘭鳳院の目を覚まさせなきゃ。
「蘭鳳院、蘭鳳院」
蘭鳳院の顔にかがみ込んで。
「う、うーん」
蘭鳳院の口が動き、ゆっくりと目が開く。
蝋燭の灯に囲まれて、オレたちは見つめ合う。すごく近い。オレはとにかく嬉しかった。蘭鳳院は無事なんだ。涙が出そうだ。
そうだ。青い星。蘭鳳院の右の頬。今は見えない。消えちゃってるのかな。オレはもっとよく見ようと、顔を近づけーー
「ね、ねえ、なにするの?」
仰向けの蘭鳳院、後ずさりし、体を起こす。
「勇希、キスでもするの?」
「キス?」
オレは焦った。確かにそうとしか見えないことしちゃったよな。
「ゴメン、蘭鳳院が無事で……無事に意識取り戻して、嬉しくなっちゃって、つい」
「つい、嬉しいとキスするの?」
蘭鳳院、オレをまじまじと見つめる。いつものお澄まし顔モードだ。
オレはドギマギする。
蘭鳳院、ふっ、と笑う。
「ありがとう、心配してくれて」
蘭鳳院、自分の姿を見て、
「えっと、何があったんだっけ? 確か私が温泉に浸かっていたら、勇希がすごい声出して、こっちに駆け込んできたんだよね。私、びっくりして、お湯に体を沈めて……そこで意識が飛んじゃったみたい。どうしんだろう、湯あたりかな」
蘭鳳院、吸い込まれそうな瞳で、オレを。
「お湯で意識を失った私を、勇希が介抱してくれたの?」
「う、うん」
異空間異世界に飛ばされていた。そういう話はしないほうがいいのかな。蘭鳳院、向こうじゃずっと眠っていて、何にも覚えてないのかな。安覧寿覧と話ししたとかどうとか言ってたけど。
「私に服を着せてくれたのも勇希?」
ぐほ、
せっかく無事にこっちの世界に戻れたのに、なんだか追い詰められている。蘭鳳院に服を着せてくれたのは、安覧寿覧の女子二人で、女子が女子に服を着せたんだから、何の問題はなく、いやそういうオレだって女子なんだから、要するに何があっても問題ないんだけどーー
蘭鳳院、あたりを見回し、転がっていた懐中電灯を拾い、ライトをつける。落ちているバスタオルを拾う。
「バスタオル、濡れている。私の匂いがする。勇希が私の体、拭いてくれたんだ」
「あ、え」
オレの顔から血の気が引く。いや、そうじゃないんだけど。異世界幽世でも、枯れ野のススキに邪魔されて、蘭鳳院の裸身はしっかりと見ていない。
なんかすごい誤解されてる? されるよね。
「あの、蘭鳳院、信じてくれないかもしれないけど……絶対に絶対に、オレ、お前の裸とか、見てないから。もちろん触ってもいない。本当に、本当に絶対ホントだから!」
もう必死だった。
蘭鳳院、オレをじーと見て、クスっと笑い、
「信じるよ」
オレはガクッと力が抜けた。いつもこうなるな。魔物より、この子の方が厄介だ。オレ、この子を助けようと必死だったのに、なんだか。
目の前の子。隣の蘭鳳院。
オレには手に負えなくて。




