第127話 蘭鳳院の舞
安覧寿覧の二人。
笑顔でオレを見つめている。
2人とも若い。幼くさえ見える。仏門に入る前の姿なのか、髪はもちろん普通に伸ばしている。
オレは何を言ったらいいかわからなかった。
口を開いたのは、凛々しい男装青服の安覧。
「魔物討伐、お見事でした」
「頼もしかったですよ」
赤服の美しい寿覧もいう。透き通った綺麗な声。
見てたの?
もうちょっといろいろアドバイスとか欲しかったな。こっちは異世界初心者なんだし。
「蘭鳳院……あ、その女の子を助けていただいて、ありがとうございます」
オレは一礼する。何はともあれ、蘭鳳院を助けてもらったんだ。
「この方が、我々を呼んだのです」
安覧寿覧は、臥している蘭鳳院に目をやる。
蘭鳳院が二人を呼んだ? ずっと意識を失って眠っているように見えるけど。ここは異世界異空間なんだ。いろいろ不思議なことが起きるようだ。
凛々しい男装の安覧、オレをキラキラした瞳で見つめて、
「本当にお強いですね。私たちは最初から安心していました」
「いやあ」
オレは照れる。凛々しい武者姿の女子に言われると。そういえば、本当の合戦で活躍した武士なんだっけ。仁覧和尚の話じゃすごい暴れん坊だったって言うけど、今は、ずいぶん穏やかな性格に見える。
安覧が、興味津々といった様子で、
「ところで、最前から気になっていました。背中に刻まれた文字は一体何なのでしょう。魔除けの呪文でしょうか?」
「へ?」
背中の文字? 不吉な予感がした。オレは着ていた長ランを脱ぐ。そして背中を。
「ああっ!」
オレは真っ赤になった。長ランの背中には、
“ オレは男だ。女子はみんなオレの前に這いつくばれ ” の刺繍がしっかりと。
特注の長ラン!
背中の刺繍文字!
そうか、オレはこの長ランを、天下御免の戦闘服として作ったんだ。だから、ヒーローの戦闘服も当然これになるよね。家でこっそり着ようと思ってたんだけど。
オレは、真っ赤になって、
「あの……これは……オレの世界での、元気が出る掛け声で…… 特に意味は……」
しどろもどろだ。
寿覧が着物の裾で口を押さえ、ククッと笑う。
なんだかこの2人、全部お見通しなんじゃないか。オレは冷や汗。脱いだ長ランを、背中が見えないように丸める。
「あの、どうやったら元の世界に戻れるんですか? 現世に? これまでは、魔物を倒したら、自動で戻れたんですが」
やっと本題。とにかく、肝心なことを聞かなきゃ。こっちにずっといるわけにいかない。蘭鳳院も、ずっと眠り姫してるわけにも。
安覧寿覧の二人、顔を見合わせる。
「すぐに元の世界に戻れます。あなたのおっしゃる通り、本来はもっと早く現世に戻れるはずでした。でも、このお方が、私たち二人ともっと話をしたいと、おっしゃったので」
と、安覧。
このお方?…… 蘭鳳院のこと!?
え? 蘭鳳院、ずっと眠ってたんだよね? それで安覧寿覧と話を? どういう仕組みになってるんだ?
「では、元の世界にお届けします。またお会いしたいですね。最後に、この方が、こちらの幽世の我々に、舞を披露したいと言っております」
と、寿覧。
床の蘭鳳院、眠っている。でも、意識は安覧寿覧とつながっている?そうなの? 舞を披露する? どういうこと? オレは成り行きを見守るしかなくて。
村人が、楽器を持ってきた。安覧には小鼓。寿覧には琵琶。
楽器を手にした2人。
「では、参ります」
と、安覧。寿覧もうなずく。
ポン、と安覧が小鼓を叩く。寿覧が琵琶の弦を撥で弾く。演奏が始まった。どこか物悲しい音色だ。村長を始めとする村人たち、みんな感じいったように聞きいっている。
その音色に。
床の蘭鳳院がゆっくりと起き上がった。あれ、やっぱり目が覚めたの? いや、違う。蘭鳳院、うっすら目を開けているが、意識があるように見えない。眠ったまま、安覧寿覧の奏でる音色に合わせ、体を動かしている。
蘭鳳院、みなの中央に優雅な足取りで進み出る。そして、ゆっくりと踊りだした。
バレエの動きかな。新体操ほどアクロバットな演技ではない。優雅にターンし、軽くジャンプし、バランスを決める。よどみなく、柔らかな踊りが続く。ブラウスの胸のフリルが揺れ、プリーツスカートが翻る。
物悲しい音色の中、踊り続ける蘭鳳院。青白い光を帯びているようだ。異世界黄泉の国幽世でも、別世界感。新体操の究められた演技とはまた違った、軽やかで、鮮やかで、そこに彩りを灯す、重々しくも見える舞。
蘭鳳院、こんなのもできるんだ。
オレは感じ入っていた。蘭鳳院から、一瞬も目が離せない。
あ、
オレは気づいた。
青い星だ!
間違いない。蘭鳳院の右の頬。青い星。青い光が見える。
体育館での新体操演技で見たのと同じだ。
はっきりと見える。やっぱり見間違いじゃなかったんだ。
安覧寿覧、村人たちの見守る中、青い星の美少女の踊りが続く。オレはずっと目を奪われていて。
やがてーー
急に周囲が、白くなった。蘭鳳院も安覧寿覧も村人たちも、見えなくなってーー
空間が歪む。
帰るんだ。帰れるんだ。
現世に。
オレたちの世界に。




