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第12話 香水の危険な香り ヒーローの危機! 平和な教室に暴力は必要ですか?  


 昼休みの教室。


 女子の声がした。


 「わー、これ新発売のやつだよね。欲しかったあっ、もう買ったんだ。さすが妃奈子(ひなこ)だね」

 

 オレは、なにげなく、陽キャ女子グループを方を見る。


 満月(みつき)の机の上、クリスタル型の小瓶があった。新発売の香水だ。


 なんていうやつだっけ。かなり人気の。すっごいミニサイズ。綺麗な透し彫が付いている。


 おしゃれな香水の瓶。見栄えがポイント。香水をつける時も、映えよう、そういうキャッチコピーだ。


 今や、なんでもかんでも映えだ。香水つける時だって、そりゃ映えたほうがいいよね。SNSで匂う香水。


 SNSに匂いは上げられないけど、香水の瓶の画像は上げられる。

 

 種類がいろいろ。セットで売ってて。毎日あれこれ換えて使ったり、組み合わせたりするのが、売りなんだとか。オレも、そのくらいは知っている。


 やっぱり興味があった。ついこの前までフツーの女子だったわけだし。


 きれいな香水の小瓶


 「へー、これいいよね」

 

 オレは、つい、満月のグループに近づき、机の上の、香水の小瓶を、ひょいと持ち上げた。


 あ、しまった。


 まずい?


 あああ、あああ……


 やっちまった。うっかりした。


 思わず、女子の動作しちまった。


 最近、だいぶ男修行も進んで、女子バレにびくつかなくなってきた。


 普通に、男として振る舞っているという意識があった。


 だから油断したんだ。今のオレ……これ、完全に女子だよね。


 まずい、まずい、まずい。


 どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。


 オレは、手に取った香水の小瓶をみつめながら、ぶるぶると、震えた。

 

 よりよって満月だ。


 獲物に飛びかかる獣のように、オレに襲いかかってくるだろう。

 

 ダメだ、ダメだ、ダメだ。


 ごまかす……なんとしてでもごまかす。


 女子バレしたら、全て終わりなんだ。絶対……絶対ここで終わらせないぞ! 終わらせてたまるか!


 オレはとにかく、必死だった。


 女子たちが呆気にとられて、オレをみている。


 これから奴らが、オレに襲いかかってくる。


 一刻の猶予もない。その前に、こちらから行く。先手必勝だ、よし。こうなったら!!


 「うおおおおおおおおおおっ!!」


 オレは叫ぶ。


 そして、香水の小瓶の蓋を、思いっきり、歯で食いちぎった。


 パキン、

 

 クリスタル瓶が割れる。


 やったぞ。


 オレは、一気に香水を口の中に流し込んだ。(絶対に真似しないでください。危険すぎます!)


 どうだ! どうだ! どうだ!!


 みたか女子ども! これ絶対男子だろ!!


 これでもまだ、オレが女子だというか。


 いわないだろう。いわせるもんか!



 フッ、



 これが男の覚悟、男子の覚悟ってものだ。根性があれば、なんでもできる。オレは、男の根性をみせた。みせつけてやった。(繰り返すけど、危険なので絶対に真似しないでください)


 喉に流し込んだ、香水。

 

 オレは、少しむせかえった。


 いや、かなりむせる……


 クソッ、


 なんの。


 気合だ。気合でなんとかしてやる。


 オレは、むせかえり四苦八苦しながら、必死に呼吸を落ち着ける。


 なんでもないぞ。こんなの。



 「はは、お嬢さん方、失礼いたしました」


 ようやくむせを抑えたオレは、努めて冷静を装って、いった。


 女子たちは、度肝を抜かれている。

 

 フッ、


 見たか。


 おまえらは、男の中の男、真の男のヒーローをみたことないからな。


 びっくりするのも当然だ。


 やはり、時々、こうやって真の男を、みせてやる必要がある。みせつけるんだ。


 「えーと、これは」 


 オレは、わざとらしく香水のビンのラベルを読む。


 「どうやら香水……なんだ……実は、その、てっきり……新発売の……えーと……栄養ドリンク……栄養ドリンクだと思っちゃって……


 そうそう。そうなんです。いや、その、オレは……毎日体を強くすることばっか考えてる、ご存知硬派男子なんで。


 だから、その、栄養ドリンクとか目の当たりにすると、つい手が出ちゃうんです。満月さん、これは、本当に申し訳ないことをいたしました。


 あの、きっちりと、お詫びと……償いはさせていただきますので、どうかご容赦願います。男ってのは、全く……がさつなもんで。女子のみなさん、さぞ驚いたでしょう。無粋な男をどうかお許しください、あはははは」


 うん。いいぞ。すごい調子だ。


 みたか者ども。


 女子も男子も、唖然となってこっちをみている。


 クラス中が。

 

 これも、男の修行の成果だな。男の言葉がすらすらと口から出てくる。


 ピンチにも、動じたりはしない。


 満月、さすがに目を丸くして、キョトンとしている。



 フッ、



 見たか。圧倒されただろう。


 オレの男の覚悟。ワイワイキャッキャ陽キャ女子とは、住む世界が違うんだ。


 オレは男の坂道を上っていく。


 オレに触れるな。怪我するぜ。


 オレは男として成長してーー



 バコオオオオオオオオオオン!! BAKOOOOOOOOON!!



 いきなり、殴られた。


 頭を、思いっきり後ろから。


 目から火花が飛ぶ。

 

 うわああああああああっ!


 いったい、いったい、なんなんだ!!


 オレはたまらず、頭を抱えて崩れ落ちる。しゃがみこんだ。なにが起きたんだ。


 オレは、痛む頭を抱え、後ろを振り向く。

 

 あ、委員長。

 

 オレを殴ったのは、クラス委員長、剣華優希(けんばな ゆき)だった。


 剣華は、すっくと立ち、両眼を燃え上がらせて、オレを見下ろしている。


 手に持ってるのは学級日誌。しっかりした木製のバインダーに学級日誌は綴じてある。その木製バインダーでオレの頭を、思いっきり殴ったんだ。


 あの……えーっと……いきなり暴力?


 その……いったい、なにがあったの?


 クラスの平和を乱すような、大事件が起きた? すごく痛いんだけど……


 見上げるオレに向かって委員長は、


 「一文字君、いったいなにやってるのっ!!」

 

 うわわわわ。


 あああ……またまたリンリンと響く、委員長の正義の声。


 「ねぇ、おかしいよ、こんなの。面白いことやってるつもり? 君のやること、なんにも面白くないから。悪ふざけしてるつもり? もう、限度超えてるよ。危ないじゃない。面白いの? こんなことして。こんなの、ただみっともないだけだから、ただ格好悪いだけなんだからっ!」


 みっともない……格好悪い……


 いや、まぁ……そうかもしれないんですが……その、あの……男の坂道ってのは、血を吐いてでも、泥をすすってでも、上ってかなきゃいけないものなんです……剣華は、女子だから、ご存じないんでしょう。ヒーローってのは、血まみれ、泥まみれでも、絶対に前へ……その……


 オレは、頭がクラクラしていた。

 ぼう然となって委員長を見上げるしかない。

 

 委員長の暴力は本気。


 暴力委員長だ。

 

 この平和な高校のクラスで暴力……必要なの?


 委員長、まだカッカしている。


 しゃがんでるオレに、ぐっと顔を近づけてくる。


 上から。


 すごい圧だ。うわ、どうなるんだ?

 まだ学級日誌の一撃? それとも、大演説が来るの?……そっちの暴力の方が、きついんだけど。殴られた上に、言葉の暴力、演説の暴力を食ったら、オレは、オレは、本当に……修行してるっていっても、まだ途中なんだし…本当に脳が……やられてしまう……ああ、もう……


 「委員長」

 

 その時、声がした。誰だろう。


 奥菜結理(おくな ゆり)


 オレと同じくらいの背丈の小柄な女子生徒。


 ボクシング部で、いつも委員長にじゃれついている子犬の1人。


 奥菜結理が、こっちに近づいてきている。

 

 この子は、三つ編みに、水色のリボンバレッタ。コロコロコロコロよく笑う、えくぼの可愛い子。今は引き締まった顔。


 え、ウソでしょう? オレに震えが走る。


 奥菜結理も、オレを殴るの? ボクシング部の子が人を殴る? それ、ちょっとやばいんじゃない?


 オレのピンチ、もっとやばくなる? もう、行き着くところまで?


 しかし、奥菜結理は、

 

 「委員長、一文字君も、よくわかったと思います。その辺で、止めてあげてはどうでしょう」


 お、助けてくれる。結理は、神か、天使か。


 奥菜結理の言葉に、委員長は顔をひいた。圧が弱まる。ほっとした。いや、すごいんだ、委員長の圧って。


 「そうね、私もわかっている、結理ありがとう、私だってやりすぎたりはしない」


 と、委員長。


 へー、そうなの?


 これがやりすぎじゃない?


 これだけやって? ここまでやって? 暴力をふるって? やりすぎじゃないんだ……


 もし、やり過ぎだったら、いったいオレはどうなってたんだろう?


 確実に死んでた!? そういうこと?


 「一文字君」


 委員長がいう。やや優しい口調。


 「前にも言ったけど、変な悪ふざけはダメ。女子をあんまりからからかっちゃだめ。高校生の本分を守って」


 「ああ……委員長……オレも、もちろん、最初からそのつもりで…」


 「一文字君」


 委員長は、真剣な表情、


 「あ、はい」


 「もうこんなことをしたら、絶対だめだよ」


 「ああ、はい……分りました」


 「うん、わかった。信じてるからね、一文字君」


 「はい」


 「それから、ちゃんと、妃奈子に謝って」

 

 えーと、さっき確か謝ったと思うんだけど……委員長……あなたは聞いてなかったんですか?


 オレは、もちろん、そんなこといわなかった。


 これ以上、委員長をカッカさせてはいけない。ここはとにかく抑えるんだ。


 オレは、満月に向かって、


 「満月さん、申し訳ありませんでした。あの、必ず弁償しますんでどうかお許しを」


 満月は、すっかりいつもの調子に戻って、ニヤニヤしている。


 「うんうん、全然いいのよ。私の香水が、勇希の栄養になったなんて、ほんと嬉しい、どんどん飲んでくれていいのよ。妃奈子、感激っ!」


 ううーん……なんかこいつ企んでるな。


 おいしい獲物が、もっと美味しくなった。

 そういう目をしている。


 なにが、栄養になった、だ。飲んだとき、すごいむせかえったぞ。栄養になんかならねぇ……

 

 でも、今は仕方がない。オレの不覚だ。やはり甘さがあったんだ。修行だ。修行を積むんだ。そうすれば、なにが起きたって大丈夫だ。真の男になれば……


 まぁ、なにはともあれ、円満解決。殴られたのは、痛いけど……


 オレは、冷や汗をかいていた。取りあえず終わったようだ。ほっとした。


 満月と、剣華が、オレを挟んでいる。


 満月は、なにか企んでいる顔で、ニヤリとしている。


 暴力委員長剣華は、にっこりと、している。無事に収めたという顔。


委員長の傍では、オレを助けてくれた、奥菜結理が、可愛いえくぼを見せて、ニコニコしている。


 クラスの連中……無事解決して良かったという顔。


 オレが殴られたのを、心配している様子はない。


 委員長の暴力を、みんな歓迎してるようにみえる。


 なんなんだ、いったい。


 そういえば……蘭鳳院……


 見ると、いつものお澄まし顔……もちろん、こっちを、みていない。


 これだけの騒動があったのに、オレがひどい目にあったというのに、まるで、なにもなかったかのように、知らん顔。



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