第119話 洞窟の秘湯
「ここが、入り口じゃ。この奥に秘湯がある」
仁覧和尚、妙に上機嫌。
オレと蘭鳳院、仁覧和尚のに連れられて、寺の裏手へ。裏は岩の崖になっている。なるほど。そこに、ぽっかりと空いた洞窟の入り口があった。
「さぁ、行きなされ。洞窟に入って、少し行けば、奥の秘湯がある。一本道じゃ。迷う事は無い。中は明かりがない。洞窟の両側の壁に、ずっと、燭台が掛けてある。そこに火を灯しながら進むのじゃ。帰りは、火を消しながら戻ってくるがよい。それが決まりじゃ」
仁覧和尚、オレと蘭鳳院それぞれに、チャッカマン、懐中電灯、バスタオルを貸してくれた。妙に親切だ。
洞窟秘湯探検の装備として、これで充分なのか? いつも秘湯に浸かっている和尚の言葉、信じるしかない。
それにしても、あの和尚、何を考えてるんだ? 隠し寺の秘湯、それも悟りを開くのと関係するというありがたい秘湯に、たまたま寺に迷い込んできた高校生の女子と男子の2人を、送り込むなんて。
ともかく。
「ありがとうございます」
オレと蘭鳳院は、和尚に礼を言って、洞窟に入る。
◇
狭い洞窟。オレと蘭鳳院、二人並んで歩くといっぱい。
洞窟の壁。和尚の言ってた通り1メートル位の間隔で燭台がある。チャッカマンで、火をともしていく。片手に懐中電灯、片手にチャッカマン。バスタオルを抱えて。
少し行くと、洞窟の道が曲がっている。進む。曲がると、入り口の光は見えなくなった。壁の燭台の太い蝋燭の火と、懐中電灯の明かりだけ。すごく暗い。
「雰囲気あるね。肝試しみたい」
蘭鳳院がいった。すぐ隣の蘭鳳院の顔がやっと見えるだけ。
肝試しか。春の鎌倉の真昼から、急に、怪しい洞窟探検。ちょっと怖いな。
すぐ近くに蘭鳳院。じとっとした洞窟の空気の中で、蘭鳳院のぬくもりが伝わってくるような気がする。それでちょっと安心する。いや、ちょっとじゃなくて、すごくというべきか。あれ、オレ、なに考えてるんだ。オレはヒーローだぞ。暗いところで女子を頼りになんて、絶対ありえないぞ!
隣の蘭鳳院はお澄まし顔。怖くないのかな。
蘭鳳院と2人きり。体が近い。蘭鳳院はどう考えてるんだろう。これから男子であるオレと二人で、秘湯温泉。
もちろん女湯男湯に分かれてないよね。どうするんだ?
伝説の安覧寿覧は、女子同士、仲睦まじくキャッキャしながら秘湯に浸かってたんだろうけど。
オレ達は別にカップルじゃないし……あの和尚には、オレたち確実にカップルだと思われてるだろうけど。
蘭鳳院は……まさか、オレ一緒に温泉に?そんなこと考えてるのか?
ゾクゾクっと。
またまた動悸。蘭鳳院といると、いつもこうなるな。何だが、オレが一方的に、ガタガタビクビクさせられる。おかしい。オレはヒーローなんだぞ。女子ごとき何でもないはずなんだけど。
絶対、絶対、蘭鳳院、オレとお前が一緒に温泉に入るなんて、無理なんだぞ!
それはありえないからな!
「あった」
蘭鳳院の声、弾んでいる。
もう一つ、狭い曲がり角をくぐると、洞窟の通路が、急に開ける。
開けるといっても、それほどの広さではないが。オレたちの目の前に現れた空間。
その中央。煙が。湯気だ。暖かい。温かい湯気空間が満たされて、むっとしている。
温泉。本当にあった。懐中電灯で照らす。ポコポコ湧く熱水の泉。
オレと蘭鳳院、しばしの間、じっと見つめる。
「すごい。本当にあったね。これが安覧寿覧の秘湯なんだ」
と、蘭鳳院。
「ここの壁にも、燭台があるよ。全部火を灯そう」
オレたちは手分けして、ぐるっと、温泉を取り囲む洞窟の壁の燭台に火をともす。
「うわ、すごい。懐中電灯を消してみよう」
蘭鳳院、やや興奮気味。オレたちは、懐中電灯を消す。
蝋燭の火に、ぼおっと浮かび上がる温泉。湯煙。さらさらと満ちる静かな湯の音。
「千年以上前と変わらない光景だね。これ。安覧寿覧もこれを見てたんだ。そして、ここに浸かってたんだ」
蘭鳳院、温泉に近づいて、湯をひと掬いする。
「ちょうどいい湯加減ね」
そして、オレを振り返る。
「さ、入ろっか」




