第117話 ヒーロー女子は、女子に頭を押さえつけられる
「この話にはオマケがある」
仁覧和尚は言った。
「安覧と寿覧。仲睦まじく生き高齢となり2人で仲良く往生成仏するという時に、安覧、つまり女武者僧が、不満を言ったのじゃ。寿覧、つまりずっと自分を想って慕ってきた女子僧にな。伝えられているところによると、ぷー、と顔を膨らませて」
ーー 我は戦場合戦で、決して男どもに引けを取らず馳せ回り、仏門に入ってからも男の僧侶に負けず修行に励んできた。それでとうとう女子の身ながらこの往生成仏の日を迎えるのだ。それに引きかえ寿覧、お前はどうだ。ただ我についてきただけだろう。なぜお前が我と一緒に往生成仏できるのだ。
「それで、寿覧はどう言ったんです?」
蘭鳳院が言った。
仁覧和尚は、
「それがわからんのじゃ」
平然と言う。
「わからない?」
オレと蘭鳳院。
「ハハハ」
仁覧和尚は笑う。
「話が尻切れトンボになってしまったのはわかっている。だが、これ以上、いくら記録を漁ってもわからんのじゃ。わしもずいぶん調べたのじゃがな」
ハハハ、と笑う坊さんを見ながら、オレは思った。
この生臭坊主。やっぱりただふざけているだけなのかな。
仁覧和尚、
「ま、わしが思うには、この女武者僧、安覧は、女子の身ながら己の抜きん出た力で戦場でも仏門でも、男どもを、全てを、押さえつけ、第一人者とならんとした。そうだ。ヒーロー。今の言葉で言えば、ヒーローたらんとしたのじゃ。そして、見事ヒーローになったのじゃ。ヒーロー女子じゃ」
坊さんは、ペロリと口の周りを舐める。
「じゃがの、このヒーローに思いを寄せた女子、寿覧の方が1枚上手だったのじゃ。いつもヒーロー安覧を慕いながら、結局ずっと、安覧の頭を押さえつけていたのじゃ」
しばしの沈黙。
隣の蘭鳳院。お澄まし顔。
坊さんは、ニヤニヤ。
オレは言った。
「どうやって、寿覧は、女武者ヒーロー安覧の頭を押さえつけていたんですか?」
「さて、どうじゃかのう?」
仁覧和尚はいう。
「それはわしにはわからん。何せ女子と女子の間の機微のことじゃからのう。こういうことは、お若いの、おぬしらの方がよく知っておるであろう」
なんだかはぐらされた気がする。
◇
「ここが隠し寺っていうのは、今の話と関係あるんですか?」
蘭鳳院が言う。
「ああ、そうじゃ」
と、仁覧和尚。
「安覧と寿覧が無事女人往生成仏しての。しばらくおめでたいことだと、みんな言っておったのじゃ。ただ、世を経るにつれ、宗派で認めてない女人往生を認めることはできない、そういう声が強くなっていったのじゃ。で、結局のところ、この寺を封印し、隠し寺としたのじゃ。いわばここは、安覧と寿覧2人の女人の想いを封じ込めた結界として、ずっと伝えられてきたのじゃ。宗派の戒律では、決して認められなかった二人の女子高僧の結界としてな」
坊さん、中庭へ目をやる。
「この寺には、寺号、つまり、寺の名前が、どこにも掲げていない」
「どうしてですか?」
と、蘭鳳院。
ふふ、と仁覧和尚。
「寺の名前は、女成寺、と言ったのじゃ。女人往生成仏を記念して、そういう名前にしたのじゃ。それだけ安覧と寿覧はみなに慕われていたのじゃ。じゃが、宗派の戒律からして、不適切と言うことで、この寺の名前も、やがて消されてしまったのじゃ。今は、無名の寺。隠し寺じゃ」
怪しい和尚の話、やっと終わったようだ。いまいちすっきりしない点もあるけど。
何なんだろうな。この話。
蘭鳳院は。
オレは隣の子をチラッと見る。
どう受け止めたんだろう。




