第116話 山門の百合
仁覧和尚の話は続く。
ーー 件の女武者僧じゃが、これは大層な美貌じゃった。そう伝えられておる。剃髪して僧となってもても、その美しさは変わらなんだ。この気性が荒く美しい女武者僧に懸想した女子がいた。この女子はなんでも女武者が出家する前から、その美しさと強さに惹かれ、自分の想い人としていたそうなのじゃ。
「すごい展開ですね」
オレは思わず言った。これ、大昔の話なんだよね。
ーー 昔の人間の方が、想いは強く、一旦思い込んだら、その一途なこと、現代人よりはるかに強いのじゃ。強い想い。女武者僧に惚れた女子は、もちろん女子であるから山門をくぐることは許されなかった。ただ、来る日も来る日も、山門の外で、ひたすら想い人である女武者僧が往生成仏できることを、祈っておったのじゃ。
◇
仁覧和尚、話を切る。そしてお茶を飲む。
長閑な時間が過ぎる。
続きが気になる。どうなったんだろう。
「あの、それでどうなったんですか?最後まで教えてくださいよ」
オレは言った。
仁覧和尚、寺の中庭に目をやって、
「うむ。ハッピーエンドじゃ」
「え?」
「めでたしめでたし。2人は結ばれたのじゃ」
「どういうことですか」
これは蘭鳳院。さすがに優等生でもついていけない世界だ。
「言ったじゃろう?女武者僧と、女武者僧を想い人にしていた女子が、結ばれたのじゃ」
「え?」
オレと蘭鳳院が同時に。
仁覧和尚、ニヤリとして、
「件の女武者じゃが、来る日も来る日も山門の外で、自分のために祈りを捧げる女子のことを知って、ああ、これが我の仏だったと、得心したのじゃ」
「それで2人が結ばれて、ハッピーエンドなんですね?」
と、優等生の蘭鳳院。
「そうじゃ。2人はずっと仲睦まじく暮らしたのじゃ」
「じゃあ、もう女人往生成仏は、しなかったんですね? もう、どうでもよくなったんですね?」
「したのじゃ」
仁覧和尚、キッパリと。
「え?」
さらにはわけのわからない世界に引き込まれる。優等生の蘭鳳院でもお手上げらしい。オレにはとてもついていけない。
◇
「女武者僧と女武者僧に懸想した女子。寺の外に庵を構えてのう。そこで2人で、仏の道を究めたのじゃ。寺の者も認めておった。まぁ認めなかったら、寺が破壊されるかもしれなかったからな。じゃが、2人の女子の仏の道。みんなに認めさせる何かがあったようじゃ。2人は仲睦まじく高齢まで生き、2人で同じ日に、往生成仏したと言う」
仁覧和尚、また、話を切る。何がなにやら。
「往生成仏っていうのは、女武者僧の人だけでなく、女武者僧に懸想した女子の人も、できたんですか?」
と、蘭鳳院。何か考え込んでいる。
「そうじゃ」
と、仁覧和尚。
「2人とも立派に。名が残っている。女武者僧は、安覧。安覧に懸想した女子は寿覧。そう伝えられている。二人とも、立派な高僧として」
2人の強い女子の想い。それが仏法仏門に認められた。これはどういう話なんだろう。
この和尚、何が言いたいんだ?




