第115話 イキリ立つ女武者
隠し寺。
仁覧と名乗る和尚は言った。
なんだ? 隠し寺って。この寺、観光地図に載ってないけど、それ大昔からなんだ。
「せっかくじゃ、お嬢さん。この寺の由来縁起を知りたいとおっしゃるのじゃな? よろしい。話して進ぜよう。どうもそなたらには、妙に仏縁を感じるのじゃ。塀が崩れたなど、とんと聞かぬしな。塀が崩れ、隠されていたこの寺が現れた。そこにそなたらが飛び込んできた。これも何かの導きじゃろう」
仁覧和尚は話し出した。
◇
ーー この寺は、頼朝公鎌倉開府の折、さる京都の名刹の別寺として特別に建立されたものなのじゃ。建立当時は、もちろん、隠し寺ではなく、大勢の僧侶が修行に励み、周辺から坂東、全国の尊崇を集め、たいそうな賑わいだったそうじゃ。
ところで、ここに1人の女子がいた。源平の争いの時、女子の身でありながら、甲冑を着て弓を取り、馬で馳せ、たいそうな武功を立てた女武者じゃ。
この女武者、戦乱が終わると、今度は仏の道で名を上げんと、この寺に、出家を申し込んだのじゃ。
「ここ、女人禁制じゃなかったんですか?」
蘭鳳院が訊いた。
ーー そうじゃ。だから、ここは尼寺ではない。出家したくば、尼寺に行くがよいと、最初、寺は女武者を門前払いした。じゃが、女武者は、たいそう気性が荒く、引き下がらなかった。
坊主ども、合戦では男に引けを取らなかった我が身、おぬしらに我と立ち合う者があるというのか、我と立ち合って、見事勝ちを収めたならば我に尼寺に行けというがよい、と、えらい剣幕でねじ込んだのじゃ。
そのうち、どうあっても寺に入れぬと言うのであれば、火をつけるぞ、仏像を叩き壊すぞ、坊主ども、覚悟せよと、弓をおっとり騒ぎ出した。
「すごい」
蘭鳳院、目を丸くする。
ーー これには寺も困った。この女武者、名のある武家の一族ので出であったしで。結局、実家の武家の方とも話し合いして、特別に山門をくぐることを許されたのじゃ。ただし、女子ではなく最初から男であった。そういうことにしたのじゃ。女ではなく男。そういうことにして、女武者の山門入りが認められたのじゃ。
「ややこしいのね」
蘭鳳院がいう。
ーー 仏法には、いろいろしきたりや決まりが多くてな。女武者は、無事に出家して僧侶となった。これでおさまったかと思われた。ところが女武者は仏法を学ぶうち、またまた騒ぎ出したのじゃ。
「今度は何を?」
オレが訊いた。
ーー 仏教では、多くの宗派では、うちの宗派もそうなのじゃが女人は往生成仏できぬ。そういう教えがある。そこで、女人が成仏するためには、一旦男に生まれ変わらなければならない。そういうことになっておる。
「往生成仏って?」
オレが訊いた。
ーー 悟りを開くことじゃよ。仏に成る。それが修行の目的なのじゃ。女武者僧は、いくら修行しても女の身では悟りを開くことができない。一旦男に生まれ変わってから悟れと言われて、怒った怒った。
「ずいぶん現代的な人なんですね。その女武者の人は」
蘭鳳院が、感心したように言う。
ーー そうじゃな。女武者僧、またまた寺を破壊しかけない勢いだった。さすがに教義は教義。どうすることもできなんだ。それで女武者僧、我よりはるかに力の劣る男どもが悟りを開けて我に開けぬという事は無い。ならば女の身のまま仏の道を極めて、往生成仏してやろうと息巻いた。これは仏法との合戦じゃと、えらい剣幕だったそうな。
ーー みんな、とにかく放っておいた。女武者僧の好きにさせておいた。邪魔立てしたら、何するかわからんでな。女武者僧は、ひたすら修行に明け暮れていた。女人がいくら修行しても、往生成仏はできぬとみんな思っていたが、口には出さなかった。ここにまた1人の女子が登場するのじゃ。
◇
仁覧和尚、お茶を一服。そして、ニヤッとして、オレと蘭鳳院を見る。
「どうじゃ、若いの。この話、退屈かな?」
「すごく面白いです」
と、蘭鳳院。
「最後まで聞きたいですね」
オレもいう。
仁覧和尚、フフッと笑う。
「ここからが本題なのだ。ここから俄然、この話、恋愛モードになるのじゃ。女子と女子との恋物語じゃ」
「えっ」
オレと蘭鳳院は同時に。
なんだ、この坊さん。生臭坊主。高校生相手にふざけているだけなのか?
それともーー
なにかのメッセージなのか?
女子の身でありながらヒーロー男子の道を上るオレと隣の美少女への。




