第114話 山寺の茶
「ここは本物の山寺じゃ。昔ながらのな。電気もガスも水道もないのじゃ。なかなかいい風情じゃろ」
坊さんは言う。目刺しを食べた口元をぺろぺろなめている。
なんだか生臭感がいっぱい。それでいながら、妙な風格。
変わった坊さんだ。
オレたちは、本堂に、案内された。
勝手に入ってお客様扱いである。しかも観光客受け入れ拒否とか言う山寺の。
オレも蘭鳳院も神妙な顔をして、坊さんの言うことに従う。
本堂。
意外と大きい。
広い板の間。奥に2メートル位の仏像が、鎮座している。ご本尊か。だいぶくすんでいる。相当古いもののようだ。
だいたいは、お寺でよく見る光景。
この寺。外側は、古ぼけて、荒れているように見えたけど、中は意外ときれいだ。障子も新しい。破れていない。
オレと蘭鳳院、坊さんが出してくれた、真新しい座布団に座る。
広いお堂の中。坊さんとオレたちがポツンと。
隅に、炭火の炉があり、茶釜がある。ぐらぐら沸いてるようだ。
「おぬしら、ちょうどいいタイミングできたの」
坊さんは、手馴れた様子で、柄杓で茶釜の湯をすくい、急須に入れる。
「ちょうど、茶にしようと、湯を沸かしておったところじゃ。何せ炭火で沸かすからの。時間がかかる。その間、目刺しをつまんでおるのが乙なんじゃ。さぁ、どうぞ。山寺ゆえ、何のおもてなしもできぬが」
坊さん、茶碗にお茶を注いで、オレと蘭鳳院のところへ。
「ありがとうございます」
なにはともあれいただく。崩れた塀からいきなり押し掛けてお茶をご馳走。ありがたいことだ。
熱い。炭火のお茶。電気もガスも水道もない山寺で。なんだか贅沢。
「おいしいですね」
蘭鳳院がいう。
「このお水も、お寺の井戸から汲んでるんですか?」
「買ってきたミネラルウォーターじゃ。井戸はとっくに枯れててのう」
坊さん、ケロっと言って、ニヤリとする。
まぁ、確かに。なんでも昔ながらと言うわけにはいかないだろう。そういえば、炉の脇には、チャッカマンが置いてある。そりゃそうだ。
静かな山寺。長閑だ。ここだけ別世界。風に揺れるこの葉。鳥のさえずり。こういう体験するの、ほんとに校外実習だな。
「拙僧は仁覧。ここの住職をしておる」
坊さんは名乗った。
「蘭鳳院麗奈です」
「一文字勇希です」
オレたちも名乗る。一応、歓迎されてるんで。天輦学園高校の生徒ですと、説明する。
仁覧和尚、うんうんとオレたちの話を聞く。
オレは考える。
この坊さん。なんで高校生観光客を特別待遇歓迎するのかな? 何考えてるんだ?この広い寺で目刺し焼いて食べているくらいだから、よっぽど暇なのかな。
仁覧和尚は、ジロジロと、やや不躾に、オレと蘭鳳院を見ている。
蘭鳳院が言った。
「あの、私たち、高校の校外実習で鎌倉に来たんです。もしよろしければ、このお寺の由来など教えていただいてよろしいでしょうか」
オレも気になる。観光地図にない、隠された山道の奥の山寺。大都会のすぐ傍に、妙な秘境があるものだ。
「そうだな。教えて進ぜよう。大した話ではないが。ここは普段、人がおらぬ。私は住職じゃが、本来は別の寺の住職でな。ここは兼任なのじゃ。時々ここにきて、寺の維持をしている。ここもだいぶ荒れておるが、一応年に何回か、人を雇って掃除や手入れ、草むしりをしている。寺というのは、放っておいたら、本当に朽ち果ててしまうからのう」
なるほど。微妙な荒れ具合だよな。全く人がいなかったら、もっとボロボロで草ぼうぼうになって、ジャングルみたいになってただろう。
仁覧和尚はニヤリとして、
「この寺の正門は、開かずの門なのじゃ」
「開かずの門?」
蘭鳳院が訊いた。
「そうじゃ。正門は、ずっと閉ざされておる。必要な時、脇の通用門から入るのじゃ。今のように、普段は人がおらず、時々仏法維持や、管理のために人が入る。これはもう1000年以上続いているのじゃ」
「1000年以上?」
オレと蘭鳳院、同時に。
仁覧和尚がいう。
「ここはずっと隠し寺なのじゃ」




