第112話 山寺の出会い
周りが見通せない草深い山道で。
蘭鳳院は、しっかりとオレを見つめて、
「大丈夫? 怖くない?」
怖い?怖いって? 何が?
ドキュッ!
心臓が。動悸が。
怖い。ひょっとして、これから2人ですること。それをオレが怖がってるって?
蘭鳳院、こんなとこにオレを引っ張り込んで、お前のほうは、準備万端、やる気満々ってことなのか?
いや、何があってもしませんよ。女子と女子だし。それにヒーローの宿命が……
でも、でも。蘭鳳院に迫られたら、呪いとか破滅とかお構いなくオレは……
「山の中に入っちゃったし。虫のこと気にしてるかって思ったの。 ほら、前にすごく怖がってたから」
「あ、ああ、虫ね」
ガクっと力が抜けた。オレ、なに想像しちゃってたんだ。どうもおかしい。とにかく蘭鳳院が悪いんだ。隣の美少女が。
「虫なら、それは嫌だけど。目の前にぶら下がったり突き出されたりしなければ、何とかなるさ。怖いっていうか、びっくりするだけだよ」
「本当?」
蘭鳳院は悪戯っぽく笑う。
「また、抱きついてこないでよ。いきなり後ろから抱きつかれたら、私だって、びっくりしちゃうよ。私なら、いつでも抱きついていいってもんじゃないのよ」
「絶対、抱きつきません!」
オレは声を張り上げる。
うぐぐ。
なんだかヒーローらしくないなぁ。ヒーローっていうのは女子を護るものなんだけど。
◇
「ねぇ、見て」
蘭鳳院、今度は前を指差す。
「何かあったの?」
見ると、行く手に白いものが。
なんだ? オレは草をかき分け、蘭鳳院に並ぶ。
白い塀だった。オレの身長より高い。ここまで山奥に来ると、草も背丈ほどあるので、気づかなかった。
「なんだ、ほら、結局行き止まりじゃないか」
「そうね。でも、これ、古いけど、かなりしっかりした土塀だよ。何か由緒ある建物なんじゃないかな。ほら、結構両側に塀が伸びている。大きい建物があるんだ」
「観光地図に載ってない建物? どっちにせよ入れないよ」
蘭鳳院、キョロキョロとあたりを見回す。そして、
「あ、見て」
塀伝いに左側へ、背の高い草をかき分けていく。
「勇希、ほら、見て。こっち」
オレも蘭鳳院につづく。
「崩れている」
白い土塀が、人一人通れる位、崩れていた。
オレと蘭鳳院、中を覗き込む。
「やっぱり、お寺ね」
塀の崩れた隙間から見える中の世界。不思議な国のアリスが、美しい庭園を覗き込んだ時みたい。
中は結構広い。草ぼうぼうだけど、建物がある。普通のお寺のお堂。それに塔がある。どれも古ぼけていて、少し荒れて朽ちかけているように見える。
観光地図に載ってないお寺。
「入ってみよっか」
と、蘭鳳院。
好奇心旺盛、勉強熱心なお嬢様。
オレは従うしかなくて。
「ちょっと待って」
塀の崩れから中に入ろうとした蘭鳳院を、オレは止めた。
「なに?」
「何があるか分からないから、オレが先に行くよ」
オレは男だ。ヒーローだ。女子の後でビクビクしてるなんて、思われたくない。少しはヒーローらしいところ見せないとな。そうだ。オレが蘭鳳院を引っ張ってやるんだ。
蘭鳳院の前で、男らしく振る舞えるようになれば、オレのヒーローのステージも上がるんだ。きっとそうに違いない。ヒーローは女子を護る。そういうこと。
蘭鳳院は素直に、
「じゃ、勇希、先へ行ってね」
「ここで待っててよ。オレが安全か確かめてから、来ればいい」
「大げさね。安全て。ここ、鎌倉よ。秘境の探検じゃないんだから」
「人気のないところなんだから、気をつけないと」
オレは、崩れた塀の隙間から、中に入る。あたりを見回す。広いな。
お堂。やっぱりお寺だ。古い寺。
本堂? と言う奴の横手に、オレは出たらしい。ちょっと正面に待ってみよう。伸び放題の草を、掻き分けて、オレはお堂の横をぐるっと回る。
あ、
お堂の正面に出ると、人がいた。その横に何か煙が一筋立っている。
坊さんだ。
袈裟法衣。頭をきれいに剃っている。
こっちをじっと見ている。年齢はちょっとわからない。歳をとってるようにも、意外と若いようにも見える。
鋭い目つきだ。
お寺だから、坊さんがいてもおかしくない。えーと、この人がここの和尚さんなのかな。勝手に入ったとこ見つかってちょっとまずいのかな。
坊さんの鋭い眼差し。オレは固まって、何も言えない。
やがて、オレをじっと見つめながら、坊さんが言った。
「ここは女人禁制じゃぞ」
えええっ!!
オレの血が逆流する。
見抜かれた?見破られた?オレが女だって?




