第111話 山路にて
有名神社を出たオレたちは、山の方へと歩く。
メインストリート、鎌倉の中心市街からだいぶ離れた。
蘭鳳院、迷わずに進んでいく。下調べをしっかりしてるんだな。オレは素直に従っていく。
「せっかくだから、山寺のほうに行きたいの。山の奥にあるお寺なんてめったに行かないからね。いい機会ね」
好奇心旺盛な子だな。校外実習なんて、楽しく騒ぐためのものだと思ってたけど、とにかく勉強熱心なんだ。
山へ。上り坂。
舗装された道路から、山道に入っていく。木や、石でできた階段の山道。山道といっても結構広い。まだまだ観光地だな。
でも、この辺まで来ると、だいぶ静かだ。
「もうちょっと先へ行くと、有名な山寺があるのよ」
「結構上るんだね」
「うん。俗世間から離れたところにある修行用のお寺だっていうから」
「中に入れるの?」
「少しだけ。観光客に公開しているスペースもあるんだって」
観光して面白い場所でもなさそうだけど。蘭鳳院のことだ。由来だなんだ調べて、興味津々なんだろう。
◇
「あれ?」
蘭鳳院が声を上げた。だいぶ山道を上ったところで。
「どうしたの?」
「見て。あっちにも、道があるよ」
見ると、狭い山道の、左手に、確かに道らしきものがある。背の高い草に遮られて、よくわからないけど。細い土の道。
蘭鳳院、観光地図を取り出して、じっと見ている。
オレも観光地図を取り出す。
「こっちにはお寺も何もないよ」
「そうね」
蘭鳳院、まだ観光地図を見ている。
「でも、こっちには、民家も何もない。一体どこに続いてるんだろう」
「それって、要するに、行き止まりってことでしょ?」
「ねぇ、ちょっと行ってみない?」
「え?どうせ行き止まりだよ」
「ふふふ。そうかもね。でもひょっとしたら何かあるかもしれないじゃない?地図に載ってない何かを探しに行くのも面白いそうじゃない」
そう言うと、蘭鳳院は、草の間の道に、分け入っていく。
「さ、行こ」
「え?ちょっと!」
オレも慌ててついていく。勉強熱心で、好奇心旺盛なお嬢様。ちょっと困るな。
道というか、草の中というか。草を除けて足元を確認しながら、オレたちは進んでいく。
「まるっきり使ってない道なら、とっくに草に埋まっちゃってるはず。一応道になっているのは、手入れしてるってことだよね。この先に、何があるんだろう」
そういうものか。蘭鳳院の観察眼というか、頭の回転は、いつもながら。
確かに、足元にはしっかりとした道がある。細い土の道だけど。
ずんずん進む。木々の間を通る。振り向くと、元の道は見えない。大丈夫かな。足元に道はあるから、戻ろうと思えば戻れるけど。蘭鳳院は心配じゃないのかな。
背の高い草の間を。湿った空気。草木の匂いがむっとする。おや、甘い匂いも混じっている。これはすぐ前の蘭鳳院のーー
そうだ。ふと思い出す。この前も木立の中に2人きりだったんだ。
美術館の公園。
今は、あの時と違って、すぐに明るい場所には出られない。
本当に草深い山の中に、2人きり。
女子が男子と2人で。オレのすぐ目の前に、先を行く蘭鳳院の背中。黒髪がさらさらと風に揺れて。
蘭鳳院、全然心配じゃないのかな。オレのこと。誰にも見られない。来られない場所で、オレと二人に。
オレが何もしない男子だと、安心しきっている?そりゃ、何にもしないけどさ。
ひょっとしてだけど、オレを誘ってる? こんなとこにわざわざ2人で来ようなんて。やっぱり自分から言い出せないから、オレから蘭鳳院に来させようと? 本当は、蘭鳳院、オレが欲しいのか?
ゾワゾワする。なんだか体の芯が熱く。
この前の木立の中でのこと。オレが抱きついても、蘭鳳院は、逃げずにオレをそっと受け止めてくれた。その前には、触っていいとか言ってたし。
これって、オレが鈍感すぎて気づかないだけで、ひょっとしたら、はっきりしたメッセージだったりする?
安産のお守り。あれは……蘭鳳院、お前がオレにプレゼントしてほしいの?
赤ちゃん……
オレが、今、ここで、蘭鳳院に抱きついたら?そのまま受け止めてくれる?
目の前の蘭鳳院の、サラサラした黒髪の間にチラチラ見える白いうなじ……誘ってくる……
うわ、オレ何考えてるんだろう。頭に血が上ちゃってるよ。
ダメ! ダメ!
オレにはヒーローの宿命があるんだ。女子だとバラすわけにいかない。
男子のふりして、女子と……なんて絶対無理だし。
こんなこと考えちゃいけないんだ。お前のせいだぞ、蘭鳳院。
お前がやたらとオレを振り回すから、おかしなことばっか考えちゃうんだ。
大体、オレが女子を妙に意識しちゃうなんて、絶対、あるはずない!
あ。
目の前の蘭鳳院。
足を止める。そして、振り向く。
じっと、オレを見つめる。
「勇希」
透き通った声。お澄まし顔。
ゾクッと。オレは凍りつく。
何が始まるんだ。




