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第107話 勝負の行方



 「じゃぁ、行くよ、いいね? よーい、ドン!」


 クラスのみんなが叫ぶ。


 始まりだ。


 オレたち、男子4人、猛然と、全力疾走。


 なんというか、絶対に負けられない戦い。女子を背負っていると、何か違ってくるな。


 ゴールはビーチの端。500メートル位はあるか。体力、筋力が存分に試される。


 長身女子を背負って走るのって初めて。確かにちょっと走りにくいな。


 「しっかりくっついてたほうがいいかな」


蘭鳳院(らんほういん)が、ぎゅっとしがみついてくる。


 うぐぐ……


 その方が走りやすい……けれど……なんというか……


 でも、でも、


 ドギマギとかいってる場合じゃねぇっ!


 ここで絶対みんなを、子犬四天王を、蘭鳳院を、ギャフンと言わせてやるんだ。


 オレは猛然と走る。


 ヒーローパワーだ。全力全開!


 とにかく必死。


 おお、


 後、ゴールまで100メートル位まで来て、オレ、リードしてるぞ。


 チラッと後ろを見る。


 5メートルはリードしてるか。


やったぜ。これぞヒーローパワー!


 このまま逃げ切れそうだ。見たか、長身巨躯軍団! このまま振り切ってやる!


後ろでは、学年のみんなキャーキャー騒いでいる。大声で応援してくれている。


 満月(みつき)。大声で騒いでいるが、オレの背中の蘭鳳院は黙っている。



 フッ、



 どうだ蘭鳳院、オレは女子などに振り回されたり、惑わされたりしない男子なのだぞ。


 オレの心に余裕。


 その瞬間、


 何かが足に引っかかった。


 「うわああああっ!」


 しまった。


 砂浜に張ってあった縄。それに、足をとられた。


 ちょっと周囲を観てたのが、まずかった。気づいたときにはもう遅い。


全力疾走中、足に縄が引っかかったオレは、思いっきり前へ吹っ飛んだ。


 ダメだ。


 ここは勝負を考える場合じゃない。オレは背中に女子を背負っている。なんであれ絶対女子を守らねばならぬ。それがヒーロー。それがオレの道。男の道。


 で、どうする?


瞬時の判断。


 とにかく、蘭鳳院が地面にぶつからないように、オレが受け止めなきゃ。


 でもこの状況、どうすることもできないので、とにかく手足を広げて、そのまま砂浜にダイブ。

 

 ドサッ、


 ベシャッ、とオレは砂浜に仰向けに。


 うぐぐ……


 まぁ、砂だからそんなに痛くないけど。


 蘭鳳院は?


 あれ? オレの上にはいない。オレの横で、砂に手と膝をついている。新体操部だから、バランス感覚がいいんだな。身のこなしも。うまいこと着地できたみたいだ。


 オレは起き上がって、


「あの、蘭鳳院、大丈夫? ごめんなさい」


 「大丈夫だよ。砂地だし。全然痛くない。それより勇希(ユウキ)は? 派手に倒れたね」


 君を受け止めようとしたんだけどな。


 「オレは大丈夫だよ。こんなのへっちゃら。どこも痛くないし。砂浜でよかった。ハハハ」


 蘭鳳院も、オレを見てにっこりする。


 2人とも立ち上がる。


 蘭鳳院は、自分の砂を払うと、オレの上や背中の砂も払ってくれる。


 うぎゅ、……蘭鳳院にタッチされると……


 蘭鳳院が言う。


「ほんとに大丈夫?」


「大丈夫だよ」


「じゃあ走れる?」


 「え?」


「ゴールしようよ。私たちまだ途中なんだし」


 そうか。オレたちとっくにみんなに抜かれてるけど。


 よし。


 再び、オレは蘭鳳院を背負って走り出す。


 「勇希(ユウキ)に背負ってもらって走るのって気持ちいいな。海も空も綺麗に見える」


 蘭鳳院(らんほういん)が、後ろから言う。軽くオレの髪を引っ張る。


 オレ、なんだか顔が熱くなる。



 ゴールしたオレたちを、先に着いた3組が、パチパチ拍手して迎えてくれる。


 「派手に吹っ飛んだのう」


と、柘植(つげ)


 「すごい、ダイブでしたよ」


 と、奥菜(おくな)。かわいいえくぼで。


  「一文字(いちもんじ)くん、かっこよかったよ。麗奈(りな)もがんばったね」


 と、剣華(けんばな)


  女子担ぎ競争で、優勝したのは、奥菜(おくな)矢駆(やがけ)ペア。


 奥菜、歓喜のシャドーボクシング。矢駆けはここでもエア牙突披露。


 坂井は悔しがっていた。巨漢が全身で。


 「せっかく、せっかく、せっかく……委員長、背負わせていただいたのに……僕としたことが、なんで、なんで……」


 「そんなに気にしないで。凄い走りだったよ」


 剣華が慰めている。


 坂井は、剣華を背負って、緊張しすぎて、得意の弾丸ダッシュが鈍ったのではないか。あるいはハッスルしすぎたのか。


 女子の前で、男子がいいところを見せようとすると、えてしてこうなるものだ。うむ。


 「勇希(ユウキ)麗奈(りな)をおんぶしてるからって、のぼせ上がってたんじゃないの? ちゃんと前、見えてた? ものすごく豪快な転び方だったね」


 満月(みつき)がニヤリ。


 うぐぐ……


 蘭鳳院の体、確かに……でも、オレが走ってる時、頭が真っ白だったのは、アスリートとして、男を見せようと……


 満月、長い茶髪をかき上げ、風にたなびかせながら、


 「柘植君の大きな体の上で見る海、すごくよかったよ。最高だった」


 柘植、真っ赤になっている。おい、純情柔道男を、あんまりからかうんじゃないぞ。

 


 ビーチの端から歩いて、みんなの所へ戻る。


 オレはなんとなく蘭鳳院と並んで。


 転んで、競争は一番最後だったけど、なんだか気持ちがすごくいい。やり切ることに意味があるのだ。



 蘭鳳院が言った。


勇希(ユウキ)、転んだ時、すぐ私を見たよね。真っ先に気にしてくれたんだ」


 「え?……ああ」


 もちろん、女子を守るのが、男子の務め。ヒーローたるもの当然だ。オレは、足が引っかかった時、チラッと蘭鳳院を見た。


 あれ?


 オレが見たのに蘭鳳院は気づいた。て、言う事は、あの時、蘭鳳院もオレを見てたんだ。オレを気にしていたの?


 「ありがとね、勇希。やっぱりすごい反射神経だね。でもその後、砂地にベシャっと行っちゃったから心配したよ。私も、勇希の上に落ちないように、頑張ったから」


 いや、オレは、背中の蘭鳳院(らんほういん)を受け止めようと……


 蘭鳳院、オレの上に落ちないように、身を翻して着地したんだ。やっぱりすごい身のこなし反射神経だな。さすがだ。


 ん?


 なんだか、蘭鳳院がオレを守ろうとしたみたいな話になってる?


 なにはともあれ、


 「蘭鳳院、ありがとう」


 オレは言うべきことを言った。ヒーローってそういうものだ。


 「うん。いいよ。勇希(ユウキ)、やっぱり優しくて強いんだね」

 


 うぎゅっ、



 オレは……男として立った。立てた。ヒーローとして。それで……いいんだよね。当然……そうだ。そうなるさ!



 春の光と風の中。


 蘭鳳院が、


 「私、重かった?」


「え?」


「私のこと、背負ったでしょう? どうだった? 重かった?」


 ああ。


 「すごく……軽かったよ」



 ドキュッ!



 またまた思い出す。あの感触、何度でも蘇ってきそうだ。


 しっかりぎゅっと密着した蘭鳳院の身体。オレに絡みつくスラッとした長い手足。


 オレの頭に、蘭鳳院の頬が、くっついていたような。



 うわっ、



 なんだろう。うん。確かに。あの柔らかい……

 

 蘭鳳院がオレを見つめている。


 「本当に軽かった?」


 「本当だよ」


 あの感触、重さなんて、まるで感じなくなったんだ。


「ホントにホント?」


 なおも蘭鳳院。


「ホント。羽根みたいに軽かったよ。なんだか……そう、背中に翼が生えたみたいな」


 ふふ、と蘭鳳院が笑う。


 「勇希もそんなこと言うんだ。やっぱり詩人だね」


 ふいに。


 蘭鳳院がオレに手を伸ばす。


 あっ 


 蘭鳳院が、オレの髪を引っ張った。けっこう強く。痛い。


 「ちょっと、なにするんだよ」


 「砂がついてたのよ。払ってあげたの」


 「……本当に?」


「本当」


 「ホントにホント?」


 「ホント」


 「じゃぁ、蘭鳳院、おまえの髪の砂も払ってやるぞ!」


 オレは、蘭鳳院のサラサラした黒髪に手を伸ばす。が、


 蘭鳳院、ひらりと身を翻して、かわす。


 「おい、ずるいぞ!」


 「女子の髪を、男子が勝手に触っちゃだめなのよ」


 蘭鳳院、笑いながら。そして走り出す。


 「おい、待てっ!」


 オレも、あとを追って。

 

 波打ち際を走るオレたち。


 潮がざあざあと。


 春の青い海、水平線に向かって、キラキラと、いっぱいに。




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