第105話 春のビーチ
海だ。
鎌倉の海。
湘南の海へ。ビーチへ。オレたちが来た。
分乗していたバスから、天輦学園高校の1年生たちがキャッキャしながら降りていく。
オレたちのバスのグループだけは、みんな妙に青ざめている。体がぶるぶる震えているものもいる。他のバスはちゃんとした運転手の人がいたんだ。
当たり前だよね。
だいたいあの校長、あんなに猛スピードでぶっ飛ばしたのに、他のバスとそんなに変わらず到着って事は、余計な寄り道まわり道でもしてたのか? 危険なドライブを楽しんでいたのか?
あぶねーな。
あの校長こそ、枷が必要なんだ。やつには気をつけなきゃ。
ともあれ、オレたちは、海に来た。
5月の春の青い空。すっきりとした空気。
キラキラとした光線。ポカポカと言うよりは、やや暑さを感じる。
青い海。
穏やかな白波。遠く水平線、大海原へと視界が広がる。
海はいいなぁ。
心が解放される。
ここでオレたちは改めて点呼をとって、解散。後は校外実習の自由時間となった。夕方にまたここに集合だ。
よしっ!
オレ、一日中思いっきりはしゃぐなんて、転入学してから初めてだ。学校でいろいろ緊張してたからな。
思いっきりはじけてやるぞ。
春のビーチ。
心が浮き立っている。立たないわけにはいかない。
バスから解放されたみんな、1年生全員、もちろんキャーキャー騒ぎだす。
みんな、波打ち際に走っていく。靴や靴下、サンダルを脱いで、早速バシャバシャやるものも。
「あー、今日は暑いわね。水着持ってくればよかった! せっかくの海なのに」
満月が叫んでいる。
水着買ったばかりだからな。でも、高校生の本分はわきまえろよ。
満月はショートパンツ。サンダルを脱いで、波を蹴っている。豪快。躍動感全開。さすがだな。
お。
蘭鳳院。
今日は、白い半袖のフリルブラウスに、膝下丈のピンクのプリーツスカート。
波打ち際で、パンプスを脱いで、優雅に、ゆっくり新体操のステップを踏んでいる。
蘭鳳院の白い足が、砂の上を。ターンや回転のたび、ピンクのプリーツスカートが、翻る。白い足が見える。
春の光と風の中、キラキラと。
新体操演技の時とは違って、束ねていない黒い艶やかな髪が、さらさらと舞う。
うぐぐ。
こういうのもいいなあ。
キュイーン! と……きちゃう……
運動部の連中。海を前にして、体が抑え切れない。
奥菜結理。
波打ち際で、まっすぐに水平線を見つめ、シャドーボクシングを始めた。
ボクシング部。さすがすげーな。
みんなの視線を集める。
小柄だけど、力強い。キレのある動き。一発食らったらやばいな。
奥菜を見ていた剣道部の矢駆。竹刀は無いけど、こちらも水平線に向かって、エア剣道で、形稽古を始めた。竹刀がなくても様になってるな。
「牙突の構えじゃあっ!」
矢駆が叫ぶ。
うーん。
それはちょっと違うような。
春の光と柔らかな風の中、みんな、体がムズムズしていて、
「おい、坂井」
柔道部の柘植が、ラグビー部の坂井に声をかける。
「どうじゃ、一つ勝負せんか?」
坂井、大きく笑って、
「おお。面白い、望むところだ」
んん?
巨漢2人の対決か。どうするんだろ。2人、短く言葉を交わした後、
「相撲で行こう」
「うむ。砂の上じゃしな。いいだろう」
相撲か。これは面白い。突撃力タックル力なら、ラグビー部坂井が上か。組んでの差し合い投げ合いなら、柔道部柘植が有利。
見所がはっきりしている分、面白い。
それにしても、委員長の親衛隊、子犬四天王は元気だな。
2人が睨み合う。クラスの巨漢ビッグツー。いや、学年の巨漢ビッグツーの対決だ。
みんな集まってくる。キャーキャー騒ぐ。声援が飛ぶ。
「坂井、負けるなよ」
「柘植君、頑張ってえ!」
柘植と坂井。
両者睨み合って、砂地に手をついて、
いった!
いきなりタックル! 行ったのはもちろん坂井。一発で柘植を吹っ飛ばそうと言うのだ。巨漢が弾丸に。圧倒的パワー。
迎え撃つ柘植。お、変化はしないぞ。正面から巨漢のぶちかましを受け止める。重心を低くして、足腰を踏ん張って。逃げない。さすがだ。ラグビータックルを堂々と。
ガッ
凄い音がする。
ぶつかった。巨漢同士の激突。みんな息を呑む。
ずずずっ、
砂浜の上、柘植が押される。
よく吹っ飛ばされないな。2人とも顔が真っ赤だ。
みんなの声援が再開。みてるほうも必死に大声を出す。
ラグビー部の坂井、猛烈タックルで柔道部柘植を押して、そのまま突き落とし? 押し倒し? 相撲の技ってよくわからないけど、とにかく相手に土をつければいいんだ。
押される柘植。が、必死に下半身の力、鍛えた足腰で、踏みとどまる。がっちりと坂井を捕まえている。
止まった。2人の巨漢の動きが止まる。
すげー
柘植、坂井のラグビータックルを受け切った。
両者、がっぷり組む。
筋肉と筋肉。パワーパワー。巨漢と巨漢があらん限りの力で。
今度は柘植の見せ所。何しろ柔道部だからな。怪力で坂井をねじ伏せようと。
坂井も顔を真っ赤にして、必死に踏ん張るが、
「ええい!」
柘植の声とともに、坂井は、バランスを崩し、砂浜に投げ倒された。練達の技の勝利。
「勝者、柘植」
行司役の矢駆が叫ぶ。
歓声が上がる。みんなパチパチと拍手をする。
柘植が手を貸して坂井を起こす。
「相変わらずやるの。おぬしのパワー、柔道部でも見かけんぞ」
柘植が言う。
坂井は顔を赤くしている。
「いやー、柘植君の技のキレ、力の使い方、かなわないなぁ」
「はは、こっちが何年柔道やってると思ってるんじゃ。まぁ相撲の立ち会いじゃ、ラグビータックルの威力も半減じゃろ」
「そうだ。助走をつければ、もっと強いあたりになる」
「ラグビーだから、足を取りに来るかと思っとった」
「ああ。ラグビーじゃ足を取って倒しに行くけどね。相手が柘植だからな。下手に仕掛けようとしたら、上から潰されると思った」
「おうよ。ワシもそれを狙っとった」
巨漢同士、にこやかに話している。
やはり、アスリート同士、気持ちいいな。
競技が何であれ、全力勝負はいいものだ。
オレは力いっぱいの勝負を見て、体がムズムズ、止まらない。
でも、巨漢相手に、相撲で挑むってのは、さすがに。
「ねぇ、みんな」
その時、声を上げたのが、奥菜結理。
「ビーチの端まで、かけっこしない?」
お、結理ちゃん、いいこと言うじゃないか。なるほど、ここにも体がムズムズしてたアスリートが1人いたんだ。奥菜だって、格闘技をしようと言うわけにはいかない。
それで、かけっこか。うん、いいぞ。
「やるやるっ! オレやる!」
オレは大声を出した。
みんな見てる前で、オレのフィジカル見せつける、絶好の機会だ。これ以上の機会はない。シンプルな脚力勝負。オレがヒーローパワーでぶっちぎりできる。いや、してやるぜ。オレがヒーローってとこ見せてやらなきゃな。
「かけっこですか。いいですね」
矢駆も乗り気。柘植、坂井の当然、うなずく。奥菜も、かわいいえくぼを見せて、ニコニコ。
うーむ。
青い春の空の下、ビーチで全力疾走。
爽やかな勝負。
よし、勝ちはオレがもらうぞ。
「面白ーい! 私もやるーっ!」
満月も加わってきた。ほほう、面白い。満月の運動能力凄いけどな。さすがに、オレたちにはかなわないだろう。
しかし何か不吉だ。
満月、ニヤリとしている。何か考えているな。
「普通のかけっこじゃつまらなーい! 女子を男子が担いで競争するっていうのどう? 面白そうじゃない?」
えー? なんだ。そりゃ。
要するに女子をおんぶして走るの? 春の爽やかなアスリートの対決が、急になんだか……
「あ、いいね」
「面白そうじゃ」
「僕もそれでいいです」
「やってみたい!」
ええ!
坂井、柘植、矢駆、それに奥菜まで。
みんなどうした。
なに、軟派な提案支持してるんだ。
真のアスリートたちが。
春の海で気分が浮き立って、何かバカなことやりたいのかな。




