第103 話 春のバス旅 【前書きに登場人物紹介・用語世界観解説あります】
登場人物紹介・用語世界観解説
◇ 【登場人物紹介】 ◇
【一文字勇希】……本編の主人公。身長159。女子。普通の15歳女子高生であったが、兄悠人の死で、一文字一族の宿命であるヒーローの力を継ぎ、異世界幽世の魔物と戦うこととなる。女子ではあるが、宿命のルールによって、男装男子として過ごし、18歳までに、本物の男のヒーローと認められなければならない。これに失敗すると、呪われて破滅するのである。そのため、天輦学園高校に転校し、男子生徒として生活するが、女子バレを恐れるあまり、過剰に《男のヒーロー》を意識し、少年ヒーロー漫画「北都の拳」「男の坂」「男一匹ガキ番長」を読みふけり、ヒーローの修行に明け暮れる。男のヒーローたらんとして、平和な学園でトンチンカンな行動を起こしてしまうことがよくある……戦闘の装備は木刀天破活剣に、長ランである。この装備は、少年ヒーロー漫画「男の坂」の世界から来ている。長ランの背中には、「オレは男だ。女子はみんなオレの前に這いつくばれ」の文字が刺繍されている……
【蘭鳳院麗奈】……学園で勇希の隣の席の美少女。身長171。新体操部。
【満月妃奈子】……勇希のクラスメイト女子。身長173。テニス部。クラスの陽キャリーダー、ビジュアルリーダー、映え女子。
【剣華優希】……勇希のクラスのクラス委員長。身長170。チアリーディング部。正義感が強く、勇希の問題行動に厳しく当たるが、基本的には優しく見守っている。クラスの人望絶大。
【奥菜結理】……勇希のクラスメイト女子。身長160。ボクシング部。委員長剣華を慕う親衛隊子犬四天王の1人。
【柘植】……勇希のクラスメイト男子。巨漢。柔道部。委員長剣華の親衛隊子犬四天王の1人。
【坂井】……勇希のクラスメイト男子。巨漢。ラグビー部。委員長剣華の親衛隊子犬四天王の1人。
【矢駆】……勇希のクラスメイト男子。長身。剣道部。委員長剣華の親衛隊子犬四天王の1人。
【樫内】……勇希のクラスメイト男子。秀才。ガリ勉メガネモヤシ。
【悠人】……勇希の兄。交通事故で死亡したが、幽世で現れ、勇希を助ける。
【校長】……名前は城良太郎。天輦学園高校の校長。ヒーローの見届け人であり、勇希が男装女子であり、宿命のヒーローの力を継ぐ者であることを知っている。
◇ 【世界観・用語解説】 ◇
【現世】……人間の住む現実世界。
【幽世】……異世界。古くから黄泉の国とも呼ばれ、死後の世界とも考えられてきたが、実在する別世界である。魔物などが蠢く。現世と幽世が交わり重なり、穴ができて、現世の人間が幽世に引き込まれることがある。
【宿命のヒーロー】……勇希の属する一文字一族が、太古より受け継いできた役目。現世と幽世が交わって、人間と魔物の間にトラブルが起きた時、魔物と戦い、人間を守るのがその使命である。基本的に、男子しか継げないが、女子でも《真の男のヒーロー》と認められればOKである。
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【第103話スタート】
5月になった。五月晴れが青い。風も爽やか。
本日は、はじめての1年生全体での校外実習。
5月の恒例行事だ。
朝、学校の校庭に集合したオレたち。みんな私服だ。みんなで私服で集合は初めて。
みんなはしゃいでいた。
晴天。気持ちいい陽射し、風。絶好の郊外実習日和だ。
校庭でキャーキャーしていたオレたちは、5台のバスに詰め込まれ、出発。
行き先は鎌倉。
オレの心が浮き立っていた。教室で寝てるより、校外実習のほうがずっといい。当然だ。
オレの隣、バスの隣の席、窓側にいるのは蘭鳳院。
こんな時でも、お澄まし顔。
「なあ、蘭鳳院」
オレは、話しかけた。
「こんな気持ちの良い日に遠出って最高だよね。毎日校外実習だといいね」
「そう?」
蘭鳳院が言う。
「勉強も大事よ」
こっちを見もしないで。
なんだ。相変わらずそっけないなあ。もう慣れてるから別にいいけど。みんなはしゃいでるのに、一人でお澄まし顔して、どういうつもりなんだろう。
相変わらずよくわからない。
バスの中、みんなの会話も弾んできている。ワイワイキャッキャ。
満月が大声で、
「ねぇ、鎌倉までだいぶかかるし、カラオケでもしない?」
「おー、いいね」
「みんなの歌、聞きた〜い!」
声が上がる。
「じゃぁ、誰がまず歌う?」
満月の声に、一気にしんとなった。
ん?
陽キャが多い割に、これはみんな尻込みするのか。オレも……そんなに自慢できるような歌声ではないし。
みんな黙り込んでいるので、
満月、こいつはすでに司会を気取っている、指したのは、隣の席の。
「樫内君、歌って〜!」
樫内。ガリ勉メガネ陰キャモヤシ。
クラスでは、満月の隣の席だ。満月は樫内のような陰キャにも優しいので、すっかり満月に心服している。あんまり満月に近づくと、マムシ締めにあうから気を付けろよ。
樫内は立ち上がった。いやバスの中だから立たなくてもいいよ。
「では〜、せっかくご指名に預かりましたので、僕の方から一曲お聴せいたしましょう」
樫内、すっかりやる気。満月に指名されてご満悦なんだ。とても陰キャには見えない。完全に満月に手馴づけられてるんだな。
「えー、僕が歌いますのは」
マイクは、樫内の手に渡る。マイクを手にした樫内、絶好調。
「尾崎豊の、『卒業』です」
うん? 何だっけ? その歌。名前は聞いたことあるような……
みんなから声が、
「オレたち入学したばかりなんだけど、もう卒業? 卒業ソングはまだ早いんじゃないの?」
「それは違うんです!」
樫内、妙に力が入る。顔が少し赤くなっている。メガネが光る。
「この歌の主人公、それはまさにこの僕たちなんです! 学校と言う牢獄に縛られ、青春という枷に苦しみ、先の見えない毎日を送りながら、もがき続け、戦い続け、出口を探し続ける、そのギリギリの中で、ほとばしる声、それがこの歌なんです! これは、僕たちの歌なんです!」
なんだか力入ってるな。樫内。入学したての頃は、まともにクラスでしゃべれなかったって言うんだけど。満月に感化されたのか?
樫内の妙な気迫に、とりあえずみんな聞かなきゃという雰囲気になる。みんなの注目を浴びて、樫内は自信満々歌いだした。
みんないい加減に聞いている。
歌については……樫内の歌声は、オレが聞いても、かなり……まぁ、これから歌う人のハードルを下げてくれると言う意味で、トップバッターとしては合格だった。やってくれるな。みんなのヒーローだ。
歌の内容……支配されている青春。そこからの脱出。
うーん。
オレはヒーロー宿命を背負っているが、なんだかんだ、のびのびやっている。学校のバックアップにも感謝している。でも。なんというかだな。問題はクラスの女子どもだ。やっぱりそうだ。なんだかオレに優しくしてくれたり、気を使ったりしてくれてるつもりでもあるらしいんだけど。しかし、奴らの支配、牢獄、そこから脱出。そうだ。おおいにそうだ。これはオレの歌だ。オレのための歌だ。よく考えねばならない。どうすれば、この支配から脱出できるのか。女子どもを、“ わからせ ” られるのか。
樫内が、歌い終わる。
みんな、パチパチと、やる気のない拍手。
と、
キイイイイイイイイイイッ!
うわあああああっ!
バスが、急ブレーキ、びっくり!
おまけに、急旋回で路肩に寄せるから。
ガクッ、
バスの中のオレたちは、ふっ飛んで、
あっ、
オレは窓側へ飛ばされ、つまり蘭鳳院の方へ、蘭鳳院……蘭鳳院の胸に顔がぶつかりそうに……それはまずい。オレは反射神経がずば抜けているんだ。とっさに手を伸ばして、ぶつからないようにとしたんだけど。
ガクッ、
また、またバスが大きく揺れて。
うわああっ!
体が飛んだオレは手元もくるって、
ぷにゅっ、
ん? あれ? 柔らかい感触。
オレの右手、思いっきり、蘭鳳院の胸をつかんでいる。




