第100話 ヒーロー少女の覚悟
学園。授業。
蘭鳳院とは、朝、挨拶したきり。授業中も、昼休みも特に話さない。なんだかんだ、特に用事がない限り、話はしない。雑談をする関係でもない。蘭鳳院は、ずっとお澄まし顔。オレには目もくれない。
オレは妙に気が昂っていた。
ダメだ。
いつも、オレがきりきり舞いさせられるのって、なんだか不公平だな。オレは思った。いや、でも、ひょっとしたら、蘭鳳院も。お澄まし顔の下で……そうなのか?
ああ、もう、余計なことを気にするのはやめよう。
授業が終わる。蘭鳳院との待ち合わせは、夜7時。時間がとにかくある。蘭鳳院は部活終わってから来るからな。
日課のメニューをこなす。校庭での自主トレと図書室での自習。
すっきり汗を流す。
体を動かしてる分には問題ない。でも、自習とか、勉強なんてとても無理だ。オレは、図書室でぼーっとして時間を過ごす。
いよいよだ。
これからどうなっちゃうのか、オレには全くわからない。いや何があっても、その……最後の誘惑は断らなきゃいけない。快楽とか、まだだめ。絶対に。その線は、越えてはならない。できる……のかな。
抵抗できるか? 抵抗……できなかったら!?
蘭鳳院との約束。本当は、行かないほうがいいような気がするんだけど。オレは、ヒーロー。ヒーローが女子相手にひるんで逃げた……なんてできるか!
時間が迫ってくる。
図書室を出る。校門を出る。ショッピングモールへ。なんだか吸い寄せられるように。もう周りは全く見えていない。
これから何が待っているんだろう。
そういえば。校庭での自主トレの後、シャワーを浴びたけど、香水か何かつけたほうがよかったのか? オレはまだ男物の香水は、研究してなくて、使ってない。
いや、オレ、なに考えてるんだ。オレは最後の硬派だぞ!
ショッピングモールに着いた。運命だ。オレは、1階にあった花屋へ。
チューベローズ。普通に売ってた。
初めてみた。
こういう花なんだ。白い花。どことなく妖しい花だな。危険な快楽だからな。妖しいとかいう以上に。
オレは1束買う。
これで準備は終わった。
後は蘭鳳院の出方次第。何も起きないかもしれない。このまま2人でペアーワークを仕上げて帰る。それだけかも。全てはオレの勘違い取り越し苦労だったかも。その方が良いのだろうか。いや、いいに決まってる。まだ今は心の準備とか全然できてない。だから、オレ、硬派を通す。男として立つ。
もう絶対に!
「勇希、来てたんだ」
振り向くと、蘭鳳院がいた。セーラー服。
◇
うぐ。
うぐぐ。
ついにだ!
オレの運命が、決せられる。
オレの純潔とか……宿命とか……その……全てが……
なんだか体が、ガクガクする。負けないぞ!
オレはヒーローだ。修行の成果を見せるんだ。自分がどれだけのことをしてきたか、思い出せ!
「顔、青いよ。大丈夫」
蘭鳳院が、やや心配そうにオレを見つめている。
「あ、蘭鳳院、こんばんは。別になんでもないよ。ちょっと……走り込みしすぎちゃって。あはは」
「ふーん、そうなんだ。あ、ちゃんと花買ってきてくれたんだね?」
「あ、うん。もちろん、忘れないよ」
オレはぞわっとする。
チューベローズ。花言葉。花のメッセージ。
快楽。危険な快楽。
目の前の蘭鳳院が、オレの危険な……
このヒーローの坂道を、横切るんじゃなくて、もう行き止まりにしちゃう……
だって……女子とそんなことになったら、オレ、もうヒーローどころじゃなくなって……それ以前に女子だとバラしたら、呪いとかが。そうだよね。だから君が何をしようがどう仕掛けてこようが、断固、跳ね返してみせる。そうしなくちゃいけない。び、びくともしないぞ。絶対に、ぜ、絶対にな。
「きれいな花ね」
蘭鳳院、チューベローズに見入る。
「いかにも、夜の花って感じ」
ぞわっ、
危険な雰囲気。
呪いで破滅。それを考えたら、最初から女子と……なんて、考える余地もないはずなんだけど、それでも……吸い込まれそうで。
目の前の蘭鳳院。別世界感漂う美少女。この子がオレを求めているのなら……ああ、ダメ! ダメ! ダメ! ダメ! ダメ!
オレはつとめて、明るい声で、
「えーと、蘭鳳院、今日はこれから、どうするの?」
「うん、ついてきて」
蘭鳳院は、歩き出す。オレもついていく。
いよいよだ。
オレは何があろうとヒーローだぞ、と自分に言い聞かせる。




