第10話 ヒーロー少女は不純異性交際反対ですっ!
春沢先生が来て、ホームルームが始まった。
春沢先生の穏やかな声に、なにか、救われた気がした。あの嵐の後だ。なんでも、救いに見えただろう。
授業が始まる。平和だ。この平和が尊い。そう思えるようになった。オレは、男の坂道を上るヒーロー。でも、ヒーローにも、平和は必要だ。
隣の蘭鳳院とは、朝の挨拶をした。
蘭鳳院、また、こっちを見ないで、おはようとだけ言う。
お澄まし顔。何も言わない。オレの男デビュー、どう受け取ったんだろう。
午前中、何事もなく過ぎた。
平和は尊ぶべきだ。
昼休み。
オレはまだ、頭がクラクラしていた……が、とにかく弁当を食べる。食べるしかない。蘭鳳院は、いない。学食へでも行ったのかな。いや、もう蘭鳳院のことを考える気力もなくなっていた。
みんな、のんびり弁当食ったり、ワイワイキャッキャしてる。時々、おれのほうをみる生徒もいる。でも、オレはもちろんシカトだ。シカトしてやる。
平和なクラス。
剣華優希。
クラス委員長。オレの頭を破壊しかねない大演説をした子。ここじゃ、人気人望絶大だ。
剣華にみんなじゃれついている。
女子も男子も。男子連中も皆、子犬みたいに、委員長に、うれしそうにじゃれついてやがる。
うーむ。なんだろうね。オレは思った。このクラスの男子ども、女委員長にふにゃふにゃしやがって。女に頭を押さえつけられて、それでいいのか
腑抜けどもめ。
男の修行をお前らもするべき……
しかしまぁ。オレは考えてみる。結局のところ、今日は……どうだったっけ……委員長とオレは……グータッチした。これは和解と言うべきだ。
委員長が先に手を差し出してきた。向こうが和解しようと言ってきたんだ。これは五分と五分……いやどちらかと言うとオレの方が一歩退いてやった……むしろオレに分があった、そうではないか……そういうこと……うん……
ヒーローだって、初見の相手には、苦戦するものだ。オレは堂々と、委員長剣華と渡り合い、五分以上の戦いをした。
うん……やったぞ。
これはこれで、よしとしよう。
この小さな村、いや、このクラスは、委員長に任せる。それもあり、それでいいんだ。オレは、剣華に、このクラスを任せる。このクラスは平和だ。オレの出番はなさそうだ。みんな、このクラスの生活を楽しんでいてくれ。
オレは、男の坂道を上る。
みんなは、オレについてこなくていいよ。ヒーローの道。宿命の道。それは孤独な道なのだから。
キャッキャする女子の声。
満月妃奈子だ。昨日、オレに抱きついてきた満月。陽キャ女子グループも引き連れて、こっちにやってきた。
女子に囲まれた。
ああ、面倒……
厄介……本当に、面倒な厄介……クラスじゃ、そればっかしだ……
女子ども……
もう、いいかげん、オレに関わらないでくれ、オレにヒーローの道を進ませてくれ。オレは最後の硬派なんだ。
「勇希、相変わらず快調ね」
満月が、ニヤリとして言う。
孤独になりたいオレの願いは、もちろん届かない。
ここじゃ、孤独だ、ぼっちだっていうのは、許されんことらしい。
満月が、オレの机の上に肘をついて顔近づけてくる。
おい、近い。近すぎるぞ。
オレに近づいていいなんて一言も言ってないぞ。
不吉だ。
それにお前、勇希、なんて呼ぶな。名前で呼んでいいなんて、いってないぞ。
「あなたって、本当に面白い。素敵よ、勇希」
それはどうも。
でも、英語と古典の授業のは、オレじゃないんだ。蘭鳳院にいってください。
オレの気も知らず、満月は、オレの顔を覗き込むようにして、
「ねぇねぇ、まだクラスの子と、お出かけとかしたことないでしょ? 勇希の歓迎会してあげるよ。みんなで、お茶しない? おごってあげるから」
歓迎会?
オレ、確かに転校生だけど、みんなから、半月遅れて入学しただけだぞ。
オレを取り囲む陽キャ女子たち、みんなニコニコしている。いや、ニヤニヤというべきか。
「あのオレ、勉強とか……いろいろあるから、ごめん、いけない」
「あ、ちょうどいいね」
満月が、こともなげに言う。
「放課後勉強していくの?えらいのね。私たちも、みんな勉強したり、部活やってるのよ、じゃぁ、部活終わったら、待ち合わせて行こうよ。あ、なんなら、お茶しながらみんなで勉強しようか?」
うぐぐ……なんだ、こりゃ……
女子たちの圧がすごい。
うわ、なんか……負けちゃいそう……?
いや、オレはヒーローだ。男の修行を積んだ、硬派ヒーローだ。オレが、こんなのに負けるはずがない。
女子などには目もくれない。
なめるなよ。
男をみせてやる。
オレは、立ち上がった。そしてキッパリと言った。
「オレは、不純異性交際に反対です! 高校生の本分は勉学、それにスポーツだと思っています!!」
おおっ
クラス中で声が上がる。どよめきが、起きる。
「すごいな、一文字、硬派だ、本物の硬派だ」
「硬派って何?」
「うーん、なんていうか、男らしいっていうか」
「男らしいと、不純男女交際ダメなの? 男子って、女子との不純のことばっか考えてるじゃない?」
「いや……だから普通の男と、違うところをみせるのが、硬派なんじゃないかな?」
「そういうものなの?」
「硬派乙女男子、勇希!」
「美少女な硬派!!」
「女子には手の届かない、高嶺の花男子!!!」
みんな、勝手に、いっている。
とにかくオレは、女子とチャラチャラしない。それはもうはっきりいっておかなきゃ。女子に引きずり回されたら、オレの男の坂道、宿命のヒーローの道が、めちゃくちゃになってしまう。
これは譲れんぞ。オレを誰だと思っているんだ。みんなも、よく、わかっただろう。
オレは、悠々と、また椅子に座った。
フッ、
どうだ。
オレは男だ。真の男だ。こんな男、お前らみたことないだろう。
うん? なんだ?
まだ、満月が迫ってきている。
目がもっとギラギラと……
「さっすが、勇希ね。本物の硬派男子なら、女子も一緒にいて安心だよね。変なところに引っ張り込もうと絶対しないもん。あぁ、よかった。じゃぁ安心してみんなでお茶に行けるね」
本当に、この子、もういい加減に、
「あの……満月さん。だから、オレはその……」
「なに、別に不純なんてしないよ。私たち、真面目な高校生なのよ。ただ、お茶に行こうって言ってるだけ。不純すると思ったの? 不純て、いったいなに考えたの? ねぇねぇ、勇希、教えてよ」
うぎゃあああああああっ
オレを取り囲む女子たちの圧、余計に強くなっている。お前ら面白いのか、オレをオモチャにして。
ねえ、どうしよう、どうすれば……
「ちょっと、妃奈子」
声がした。クラス委員長、剣華優希だ。
「一文字君は、真面目に勉学スポーツしたいって言ってるのよ。そんなにからかっちゃダメ」
「はーい」
満月は素直に引き下がった。
女子グループもオレから離れていく。
なんだ。みんな、委員長の言うことは、素直に聞くんだな。
オレは、委員長をみる。剣華は、両手を腰に当てて、胸を張って、オレをみて、にっこりする。
助けられ……た?
うーむ……
どうも、面白くないけど……
ともあれ、剣華なりの公平正義があって、それはゆるぎないものなんだ。それはわかった。
まあ、とにかく、助かったんだ。
女子どもめ、オレにもう近づくなよ。
ふと隣を見る。蘭鳳院、こっちを見ていない。超然と、いつものお澄まし顔。何にも聞こえなかったような、オレなんか、存在しないみたいに。
( 第一章 オレはヒーロー!! 男装魔剣少女の学園デビュー 了 )




