バーナビー・ベリーの4度目の死
2話目です。続きも読んでくださりありがとうございます。人が死ぬ場面や暴力の場面がありますので、苦手な方はお読みになりませんようお願いします。
バーナビー・ベリーはと言えば、実は、彼もまた3度目の人生を自覚していた。
バーナビーが人生のやり直しを最初に自覚したのは、幼馴染のいけ好かないアランの17歳の誕生日の前日だった。
アランはバーナビーにとって鬱陶しい存在だった。小さな頃は『いいように使える、金を持った弱っちい奴』くらいで、あちこち連れて歩いたこともあった。何でも信じるおめでたい奴で、バーナビーがすることは何でもすごいと言って、一緒にいても楽しそうだった。
それはそれで悪い気はしなかったが、成長するにつれて自分との立場の違いや、持って生まれた性格の違いから、疎ましく感じるようになったのだ。
それでも付き合いを続けてきたのは、アランが何かしら自分の役に立つかもしれないと考えていたからだ。なのに楽しくもないお誕生日パーティーとやらに花を持って行き、お上品な友人たちとケーキを食べて、挙げ句の果てに命を奪われた。
帰宅してから強盗に刺されたことはアランとは何の関係もないことだったが、バーナビーのアレンへの嫌悪感から、不幸なことにこの事件は『アランのせい』と繋がってしまっていた。
「に、しても、昨日のパーティーの後、強盗に刺されて死んだのに…」
そしてそれは2度目のことだった。2度目に刺された瞬間、前回も刺されて死んだことを思い出したのだ。
「なんてこった。また明日も同じように刺されて死ぬのか?そんなのゴメンだ」
バーナビーはなんとか死なずに済むようにと考えた。花束を持ってパーティーに行き、何故か俺を心配するアレンに言われて、心の中で苦々しく『コイツ』とか『アイツ』と呼んでいるアレンの家に泊まらせてもらうことになった。
おかげで刺されて死ぬこともなく、その後も楽しく暮らせたのはバーナビーにとって幸運だった。学園では呑気なアランにイライラさせられることはあったが、概ね好きなように過ごすことができた。
ところが、そろそろ卒業という時になって、アランがいきなり『大金持ちの令嬢と婚約する』と聞いた時には、バーナビーは怒りを覚えた。『なんだってアイツばかりがいい目にあうんだ』と。
アランは人当たりが良く、親切で、誰にでも公平・公正だ。でもそんなところが鼻につく。自分勝手なやっかみだとわかっているけれど、バーナビーには納得できなかった。
小さな頃から家族に大切にされ、自分とは違う、幸せで善良な空気感を纏うアランが憎くさえあった。脳天気な奴め、と感じていた。だからと言ってアレンのように努力をするのは癪で出来なかった。
バーナビーの家も商いをしているが次男で、継ぐのは兄だ。バーナビーは完全なスペアであり、飼い殺しのような扱いをされていた。
就職は家で働くからなんとかなるが、もしも完全に自立しようと思ったら、就職も、結婚も、自力で頑張るしかないのだ。コネはないが学園時代の友人との繋がりはある、それでも先行きは不安だった。
こうして『自分でなんとか頑張らなくては』と焦っていた矢先のアレンの婚約話にカッとなったバーナビーは、ちょっとした嫌がらせを考えついた。それが婚約発表のパーティーでの出来事である。
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ルシア・ノーランドは隣国から来た御令嬢で、夢見がちで男性に免疫がない。それを知ったバーナビーは、できるだけ清廉さを漂わせ、しかし熱っぽく、彼女を見つめたのだ。
思っていた以上にルシアの気持ちを掴んだバーナビーだったが、身分や何かを捨ててまで一緒になろうとは正直考えていなかった。しかし情熱的なルシアがそれを許さなかった。
彼女の実家は資産家で、ルシアの『どうしてもバーナビーと一緒になりたい』という願いにお金の力で応えてしまった。アランを騙すような形で、別の国に別の名前で行くことになったバーナビーは不安になったが仕方ない。事は既に動き始めてしまったのだ。
しかし、駆け落ち…というにはあまりにも護衛や持ち物が多い移動だったが…をした日に泊まった宿屋で、部屋が寒いだのベッドが固いだの我儘ばかり言うルシアと激しい口論になり、思わずカッとなって怒鳴った上に、彼女を押して転ばせてしまった。
「大体、お前のような女、アランの婚約者じゃなけりゃあ、相手にするもんか。俺はアイツの悔しがる顔が見たかっただけだ。一人じゃ何もできないお嬢様が、駆け落ちなんて笑わせる。金に物を言わせて俺を買って、こんなところまで来て、そんなに恋愛ごっこが楽しいか!」
初めての罵倒と暴力にルシアが鬼のような形相になり、マズイと思った時には遅かった。金切り声をあげたルシアに護衛の一人がドアを蹴破って入って来て、
「この、無礼な男を切りなさい!」
という命令と同時にバーナビーの腹に剣が刺さった。
こうして再び死んだはずの彼だが、気がつくとアランの17歳の誕生日の前日で、自分の部屋のベッドの中だったのだ。あの夢見る絶叫お嬢様はいない。
バーナビーはホッとすると同時に焦った。このままではまた明日、強盗に刺されてしまうのではないか、と思い当たったのだ。
恐る恐るアランの家に花束を持って行くと、アランは歓迎してくれて、その日は泊まって帰るようにと言ってもくれた。
バーナビーはこれ幸いと泊まり、おそらくは3度目の人生を楽しみ始めた。今度は失敗するものかとアランの傍で、商人たちとの繋がりを作ろうと画策した。アランはバーナビーの利己的な振る舞いを気にする風でもなく、穏やかに過ごしていた。
学園を卒業する年、アランの誕生日パーティーでは、2度目同様にルシアとの婚約の発表があった。アランは『もう少し勉強がしたいから、上の学校に通いたい』とルシアとの婚約に難色を示していたのが前回と違うところだったが、バーナビーが巧みに誘導して、婚約にこぎつけたのだ。
そして今度もまたバーナビーはルシアの心を掴んだ。だが、その後は前回のようにあからさまに愛を囁くようなことはせず、ルシアが勝手に自分への恋心を募らせるように仕向けたのだった。これならば前回のように、駆け落ちの誘いに乗る必要はない。このままルシアの恋心はバーナビーに向いたまま、アランと結婚することになるだろう。
バーナビーは『今度こそ、アランに勝った』と感じた。妻になる女性が、自分ではない男、幼馴染で親友だと思っている男に夢中だというのはどんな気分だろうか。前回は国を出てすぐに殺されてしまったので、アランの悲しむ顔を見ることができなかった。でも今回は違う。
結婚しても側にいて、自分の妻が別の男に夢中な様を見せつけてやる。そんなことを考えて、バーナビーは二人の結婚を楽しみにしていた。
そんなバーナビーの本心にルシアが気付くことはなく、彼女はバーナビーに何度も手紙を送り、贈り物を届け、どれほど愛しているかを伝えてきた。しかしバーナビーは『親友を裏切ることなど絶対にできない』と切なげにルシアを見つめるだけだった。その姿にルシアは『ああ、バーナビー、先にあなたに出会っていれば!』と瞳を潤ませるのだった。
バーナビーはルシアの気持ちを弄びながら、アランには、『結婚生活が楽しみだろう?全く羨ましい限りだよ』と大袈裟に羨んで見せた。アランはその度に困ったような顔をして『まだ結婚は先だけどね』と答えた。
その表情を見ると、バーナビーは気分がスッとした。困った顔の裏には、自分への何かしらの感情があるだろうと感じていたからだ。もちろん楽しいとか嬉しいとかではないに決まっている。
『もしかすると、あのいつもの澄ました顔が嫉妬に歪むのを見ることができるかもしれないな』
そう考えると、バーナビーの心は昏い喜びに満たされた。いつの間にか、バーナビーは自分の人生を考えるよりも、アランに勝つことが目標になっていた。
だがしかし、その目論見はうまくいかなかった。一月ほど経ったある日、目覚めると、バーナビーは縛られ、猿轡を噛まされた上で馬車に乗せられていたのだ。立派な馬車ではあったが、床に転がされているので身体は痛いし、気分も最悪である。
「ふふ、このまま私と南の国へ行きましょう。そして一緒に暮らすのよ」
可愛らしく微笑むルシアの言葉に、バーナビーの怒りが燃え上がる。『どういうことだ?何を考えているんだ、この女は。自分はどこで間違えた?』とルシアを睨みながら考える。
「あら、どうしたの?親友を裏切ることになるのが辛いのかしら?心配しないで、愛しい人。大丈夫、アランは私のことなんて、そんなに好きじゃないのよ」
ルシアの言葉にバーナビーは目を見開く。
「だって、私とアランは国や仕事の関係で婚約したのよ?アランは全然乗り気じゃなくて、何度も考え直さないかって言われた。私も平民とは言っても何の不自由もない彼には正直そこまでときめかないのだけれど、私達だけの問題でもないから仕方ないわよね。だから私は結婚しても愛人をもつって伝えたわ」
「っ…っっ…!」
身を捩って抗議の唸り声を上げるバーナビーにルシアが追い打ちをかける。
「ええ、アランは『君の好きにしたらいい』って言ってくれた。私があなたを愛しているってわかっているみたいだったわ。でも『そのことで君を蔑ろにしたり、困らせたりはしない、大事にするよ』って言ってくれた。彼って本当にいい人よね…ふふっ都合のいい人…」
眼の前の女が何を言っているのか、バーナビーはわからなかった。彼女が言ったことの意味を理解しようとしていたのだ。
「結婚はもう少し先の予定だし、しばらく南の国で過ごして、2年くらいしたら戻りましょう。そして結婚式の後は無事に私達は愛人同士よ」
と言って鼻歌交じりで美しく塗られた爪を眺めるルシアを、バーナビーは呆然と見つめた。
『自分が勝ったと思っていたアランは、こんな女のこと全然好きじゃなかった。嫉妬どころか、愛人でも作ってくれれば丁度いいと思っていて、その相手は俺だった…?それを俺は…俺は…』
バーナビーは暴れるのをやめた。大人しくなったバーナビーに気付いたルシアは
「あら、アランの気持ちを知ってホッとしたのね?なら、もう抵抗はしないわよね。さあ一緒にお茶でも飲みましょう」
と傍らに屈み込み、愛しい人の声を聞こうと猿轡を外した。バーナビーは言った。
「お前なんかと一緒になるわけがないだろう?醜悪な恋愛狂いめ。お前の価値はアランの婚約者っていうことだけなんだよ」
アランに執着し、その不幸を見たいがために自分がルシアに恋愛めいた罠を仕掛けておきながら彼女を貶めるバーナビーもまた醜悪である。しかしそのような冷静な話し合いになるわけもなく。
「なんですって?あれほど愛を込めて私を見つめておきながら!この無礼者!!」
「っははっ…またそれか、心底つまらない女だ」
「黙りなさい!誰か!!」
どこで間違えたのか、なぜ自分はこんなにもアランに執着しているのか、バーナビーにはもうわからなかった。ここでバーナビーはアランを、世界を憎み、人生を諦めた。眼の前のルシアの指を思い切り噛んでやった。
ルシアの悲鳴が響く。
そうして馬車は停まり、護衛が扉を開け、バーナビーは再び切られた。死の直前に彼が口にしたのは憎んでいるはずのアランの名だった。正気に戻ったルシアはバーナビーの名を呼んだが、彼は既に事切れていた。
すぐに自分が彼を亡き者にしたことが明るみに出ては大変と気付き、遺体は人の来ない山奥に捨て置いて、自分たちはそのまま南の国へ渡った。そのうち、『バーナビーは流行り病で亡くなった』『私もまた体調が良くない』と知らせを出せば良いだろうと考えたし、それを実現できるだけの力がルシアの生家にはあるのだった。
こうしてバーナビー・ベリーは4度目の死を迎えた。
その時、とある王家の宝物庫にしまわれていた指輪の弱々しい輝きが消えた。あの幼い日に彼らに加護をかける時に使われた指輪である。旅人によってその国に珍しい指輪と献上されていたが、実は今なお力を放ち続けていたものだ。
その四葉のクローバーの最後の葉の輝きは、バーナビーの4度目の命と共に消えた。もうバーナビーの命が戻ることはない。加護は二人ではなく、良き行動を言い出したバーナビーに掛かっていたのだ。
共に幼少期を過ごした二人の人生が遠く離れてしまった理由はわからない。バーナビーが自分の悩みをアランに伝えていたら、アランがバーナビーの境遇をもう少し想像できていたら、またはお互いが数度目の人生を送っていることを伝えていたら、何かしら違っていたのかもしれない。
けれどそれはもう過ぎてしまったことだ。アランは時々バーナビーを思い出すだろう。いつか再会できるのではと思いながら、アランの人生は続いていく。バーナビーの死を知ることなく。
お読みくださりありがとうございました。思っていたよりもバーナビーが屈折した人物になってしまいました。かといってアランが本当に善良かというと、言い切れないような…暗くてすみません。
そして余程頑張らないと自分が書くものは恋愛の方向に進まないことがわかりました。頑張ります。