アラン・ワイズの3度目の人生
目にとめていただきありがとうございます!。
2話で完結。1話目はアランのお話です。人が刺されたりする場面があるので苦手な方はお読みにならないようお願いします。
アラン・ワイズには秘密があった。彼の人生はおそらく3度目なのだ。
アランが最初に違和感を覚えたのは17歳の誕生日だった。その日、彼は自分のために開かれたパーティーに大きな花束を持って現れた、幼馴染で親友バーナビー・ベリーを喜んで出迎えた。
バーナビーは見目よくて朗らかな男だが、やや傲慢で自分勝手なところがある人物だった。それでも大人しい性質のアランにとってはそんなところも魅力的で、大事な友達だった。
彼と一緒に過ごすのはアランにとって刺激的だった。入ってはいけないと言われている森の教会に忍び込んで二人で女神像に熱心にお祈りをしたり、罠を仕掛けてウサギを捕まえ、暫くの間こっそりと飼ってみたり。それはなんとも心躍る体験だった。
ある時、教会に旅の人が泊まったのか、並んでいる椅子の下に小さな虹色の指輪が落ちていたことがある。中には金色に輝く四葉のクローバーが閉じ込められていた。二人して陽の光に透かして、その美しさに見惚れた。アランは二人だけの宝物にしたかったけれど、バーナビーが『誰かの大事なものかもしれないから』と言ったので、アランはそれもそうだと反省し、大急ぎで行き先の見当をつけて後を追いかけた。
旅の人は子どもたちの良い行動に喜んでお礼を言った。大変由緒正しいものなのだということだった。そしてその指輪をはめた手を組み、『神のご加護を』と祈ってくれた。その日は帰りが遅くなって家の人にものすごく叱られたけれど、二人は平気だった。大冒険をして、なおかつ『神の加護』を祈るほど感謝されたのだから。そんなステキなことが、バーナビーと一緒にいると起きるのだ。アランはバーナビーが大好きだった。
そんな大切な親友を出迎え、彼の笑顔をみた瞬間、
『この光景には見覚えがある。バーナビーは僕にこの花束を渡して、一緒にケーキを食べて、そして家に帰って…』
アランはその続きを夢想して身震いした。そんなことは考えるものじゃあない、そう思った。けれど、その日、アランと一緒にケーキを食べたバーナビーは帰宅後、家に押し入った強盗に刺されて命を失った。
「バーナビー…ああ、どうして僕はあの時彼に注意しなかったのだろう。嫌な予感がするとでもなんでも言って気をつけさせていたら、彼は生きていられたかもしれないのに」
アランは葬儀を終えて家に帰ると、自室で自責の念にかられ、さめざめと泣いた。そして考えた。
「なぜ僕は誕生日パーティーで彼とのやり取りに覚えがあると感じたのだろう。もしかしたら…」
アランは、あの時の既視感は虫の知らせというもの、または大衆小説の物語によくあるように、自分が2度目の人生を歩んでいて、別の未来の出来事を覚えているのではないか、と考えた。
「ああ、それならば尚の事、なぜ僕は彼を助けられなかったのだろう」
アランは自分を責め、悲しみにくれながら眠りについた。
そして次の朝、目覚めるとその日は誕生日の前日であった。
「これでバーナビーを助けることができる!」
アランはパーティーでなんとか知恵を絞ってバーナビーを引き止め、屋敷に泊まらせることで彼の命を救うことに成功したのだった。
そんな恐ろしい出来事が存在したことを知らないだろうバーナビーは、学園で相変わらず人気者だった。明るく、見目よく、運動が出来て…そんな彼だが、いつもアランに対して、
「アランこそ、本当に自分の魅力がわかっていないなぁ」
と呆れたように言うのだった。
「そんなことはないよ。勉強も、運動も、人並みで凡庸だ。家が少し裕福だから、勉強や経験にお金と時間を使ってもらえる、だからこうしていられるだけさ」
「全く、その余裕が癪に障るぜ!まあ、いい。それもまたお前ってことだ」
バーナビーに頭をグリグリと小突かれ、アレンがやり返そうと追いかけっこになったりした。こんな風に彼らは学園で学生生活を謳歌していた。
こんなふうに、アランはバーナビーとの日々を楽しんだ。学園生活最後の1年間は、笑いあり、涙ありの充実した日々だった。
1年後。
アランは18歳になり、小さな隣国から来たばかりの大層裕福な貴族の娘、ルシア・ノーランドを婚約者に迎えることになった。国同士のつながりを作るためにと整えられたこの婚約は、アランには過ぎたものであったが、両国のバランスから、わざわざ貴族ではないアランに白羽の矢が立ったのだった。
ルシアが歌劇や小説で題材となる『平民との愛ある結婚』に憧れを抱いており、国内で貴族と結婚することを嫌がったことも理由の一つだった。酔狂な者がいたものだと噂になり、人々はルシアが来るのを野次馬的な気持ちで待っていた。
そしてルシアは、アランの誕生日のパーティーで、婚約者として皆に紹介された。もちろんバーナビーにも。アランは幼馴染であり親友でもあるバーナビーをこれでもかと美しく着飾ったルシアに紹介した。
「ルシア、こちらがバーナビー・ベリー。僕の大切な友人、親友なんだ。仲良くしてほしい」
アランがそう言った時、ルシアの瞳が輝いた。『婚約者の親友』なんて、ステキな響きだわと思ったのかもしれない。何せ夢見がちなところのある令嬢なので。
事実、バーナビーとルシアがお互いを見つめた時、アランには二人の間に何かが生まれたことが感じられた。それはあまり考えたくはなかったが、愛と呼ばれるものではないかと思った。
アランは、ルシアと会って『わざわざ国を越えてきたのだから大切にしよう』とは感じたが、結婚に直結するような情熱はまだなく、ほんの淡い友情めいた感情をもっただけだった。しかし、国のために整えられたこの婚約の意味を理解しているので、ルシアがバーナビーと仲良くなりすぎるのは問題があると考えていた。
なのにというか、やはりというか、婚約を発表した日から1ヶ月後、アランが感じていた嫌な予感はあたり、バーナビーとルシアは家も身分も何もかも捨てて姿を消してしまった。親友と婚約者を失ったアレンは1年前のことを思い出した。
『あの時、なぜ僕はバーナビーを助けたのだろう。あの時のことがなければ、僕は親友を失った悲しみこそ辛かっただろうが、今のように婚約者と親友の両方を裏切りによって失うことはなかった…』
アランは、再びさめざめと涙を流した。ルシアへの愛情はまだなかったが、バーナビーが自分を裏切り、いなくなってしまったことは辛かった。最初の別れは事故だが、今回の別れはバーナビーの『アランの婚約者を奪う』という選択の結果なのだから。
そして重要な婚約がダメになってしまったために起きるだろう問題を考えて、どうすればよいのかと途方にくれた。
そして目覚めると、17歳の誕生日の前日に戻っていた。明日は自分の誕生パーティーが開かれる。
『僕は今、親友を永遠に失うか、婚約者と親友を失うかの選択ができるのだな』
アランは泣きすぎてぼんやりしている頭で考えた。そして迷わず結論を出した。
*****
3年後。
20歳のアランは友人たちからの祝福を受けていた。隣に立つのはナディア・ノヴェル。今日からはナディア・ワイズになる。
「アラン、おめでとう!」
「ナディア、とってもきれいよ!お幸せに!」
「ありがとう」
友人たちの祝いの言葉に、心からお礼を言う。ナディアを見れば、瞳が潤んでいる。
「ナディ、きれいだよ。僕と結婚してくれてありがとう。これからもよろしくね」
「私こそ…アラン、私、頑張るわ」
真面目なナディの言葉に笑って答える。
「頑張るだなんて、いいんだよ、君は君らしくいてくれれば」
アランは家を継いで商会の仕事をしなくてはならないため、学園の卒業後は働きながら会計や経済を学ぶ学校に通っていた。そこで出会ったのがナディアだ。
彼女は勉強熱心で、海外の動向もよく学び、これからの経済について考えていた。そんな真面目さにアランは惹かれた。勉強が忙しいと断るナディアにアタックしまくって、何とかデートの約束を取り付けて…という1年を経て、プロポーズを受けてもらったのだ。
「私なんて、勉強くらいしか特技がなくて…見た目だって、その…」
「僕なんて、婚約者を親友に取られた男だよ?」
「アラン!!」
「ね、だから、大切なのは今の僕達の気持ちだってことだよ。結婚しようよ、ナディ」
ナディアに頷いてもらったアランは天にも昇る心地だった。
そして迎えた今日。
結婚式の盛り上がりが落ち着いた屋敷の寝室でアランは考える。2度の17歳としての経験、そしてバーナビーとルシアが自分にとって二度目の出奔を遂げてからの2年。その間、彼は若いながら様々な経験を積んだつもりだった。
『僕の人生はなんて不思議なんだろう。なぜ僕は3度も人生をやり直しているのだろうか。前回バーナビーたち二人が姿を消した時、17歳に戻っていなかったら、僕はどうなっていたのかな。
結局、僕は今回の誕生日にもバーナビーを見殺しにはできなかったし、ルシアとの婚約もその後の婚約破棄も出奔も回避することはできなかった。周りから『婚約者を取られた男』と陰口を叩かれ、辛い時もあった。
前回と違ってルシアがバーナビーに執心していたことは周知の事実だったから、隣国の生家が賠償を支払うことで決着したのは助かったけど…。両国の関係づくりは正直今もうまくいっているとは言えない。でもそれも僕だけが悩む問題じゃあない。
何にせよ、自分で決めて、何とかしようと努力した結果だったから、最初の時よりもダメージは少なかった。何より、バーナビーは生きているはずだ。彼を死なせる選択なんて、有り得なかった。そうだ、彼に永遠に会えないわけではない、僕にとってはそれが大事だ』
アランは善良であろうとする人間だった。そして幼馴染で親友のバーナビーを大切に思っていた。2度も裏切られた今は、当然まだ悲しみや怒りが入り混じった複雑な思いを抱えているが。
『人は成長する。あの時は辛かったけれど、生きていればその痛みはいつか消える。新たな出会いや自分の努力で、成長していければ、いつか彼と、ルシアと、どこかで会って笑いあえるかもしれない。
そうなれるよう、自分はナディと精一杯生きていこう。いつか、バーナビーに「元気だったか?僕は今、幸せだよ」って言えるように』
アランは隣でスヤスヤと眠る愛しい妻の寝顔を見て微笑むと、ベッドサイドの小さな明かりを消した。
お読みくださりどうもありがとうございます。
次は明日の朝6時頃にバーナビーの話を投稿予定です。よろしくお願いいます!