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寒村での出会い

 ――俺が生まれたのは、いつも濃霧と深い森によって外界から隔てられた、吹けば消えてしまうような寒村だった。


 外へと続くのは森の中の薄暗い小道だけ。荷馬車がやっと二台通れるような広さで、たまに村人が遠くの街に買い出しに行ったり、駆け出しの行商人が森で採れた木の実などを買い付けに来るくらいだ。


 行商人以外の客なんて、俺はガキの頃から見たことがなかった。そんな行商人も、駆け出し時代が終ると、こんな陰気臭い村には来なくなった。


 本当に、暗くて狭くて退屈な村。同年代の子供もいないから、このままだと男手として雑用に使われる事が決まっているような未来。


 とっとと出て行きたかった。けど大人たちが許さない。

 ガキの頃の俺は、ガキなりに未来を暗く描きながら、虚ろな日々を送っていた。


 ”あの人”が来るまでは。


「痛つつ……」


 ある昼下がりに、その人はやってきた。小柄な体には似合わない長細い包みを持って、身体中ボロボロになりながら、森の中から村外れに現れたのだ。


 偶然にも、俺はその人が森の中から現れるところに居合わせた。ガキながら、奇妙なこともあるものだと、ボォッーと眺めてたのを覚えている。


「……いや、君さ、”痛つつ”って言ってるだろう? ほら見て、ボクの身体。痣だらけだし、なんなら血だって出てるんだよ?」

「……」

「あー! 痛いなー! 身体痛い! 全身痛い! それにずっと何も食べてないからお腹も減った!」

「……えっと、男だか女だかよく分からない不審者に関わるのは、メンド―そうだから」


 そうして踵を返した俺に、その人は「待って! 待って!」と必死に呼び止めた。


「まずボクは不審者じゃないよ!? というかボクは女だ! そりゃ寸胴でちんまい身体してるのは分かってるけど、しっかりとした女だよ!?」


 どうやら無視するのは難しいようだ。溜息をつき、気だるげに振り返った。


「じゃあ名前は?」

「人に名前を聞く時は自分から、とか言っていられそうにないな……それにボクの名前は……」


 なぜか、その人は名乗ることを躊躇しているようだった。それを察し、俺はこの村に極たまに訪れる人種かと思い、心配ないと口にした。


「この村、ほとんど他の村とか街と交流ないから。犯罪者さんが名乗っても心配ないよ」

「いや犯罪者……ではないような、似てるような……」

「……あんまり時間かけるなら、俺帰るけど」

「ああ分かった! じゃあ名乗らせてもらうよ! けど、出来るだけ秘密にしてほしいんだけど……君、約束守れるかい?」


 所謂”訳あり”って奴なんだろう。関わるのも面倒だったが、他にすることもない。

 静かに溜息を吐きながら、ボロボロのその人を目にして「だったら」と返す。


「名乗ってくれたら、村はずれの空き家を紹介するよ。じゃなきゃ帰る」

「やけに名前に固執するね……」

「だって、名前で呼べないじゃん。大人相手にアンタとか言えないし」


 それもそうか。どうやら納得したようで、こちらも約束を守る旨も伝えると、その人は胸に手を当てて名乗った。


「ボクはニオ。名乗る時は”ニオ・フィクナー”って名乗ってきたけど、ここで会ったのも何かの縁だ。君にはボクの本名の方も教えておくよ」


 そう言い、ニオと名乗ったその人は周りを気にしてから、ヒッソリと口にした。


「フィクナーっていうのは自分でつけたものでね。ボクをよく知る人は”フィクサー”って呼ぶんだ」


 内緒だよ? と微笑みながら口にしたその人は、以降もフィクサーの名を他の人に名乗ることはなかった。


 本当の本当に偶然、気が向いたのだろう。ガキだった俺の前に突如として現れた変わり者のニオさんは、いつだって気まぐれで、出会ってから空き家を紹介すると、そこに居つき、何かと俺を振り回した。


 空き家で俺以外とは接しないで暮らしたいというので、村の大人たちとの伝言係を押し付けられた。

 手紙による村長さんとのやり取りなどだが、どうせ暇だったので、俺はニオさんの気まぐれに付き合うことにした。


 その一環として、なぜか木剣を使っての剣術指南が始まった。


 ニオさん曰く「筋がいい」とのことで、ドンドン上達していった。しかし何年経っても、ニオさんに一太刀浴びせられることは終ぞなかった。

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