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差し出された希望の手のひら

 かける言葉が見つからないというのは、まさにこの事だろう。

 ユウが背負っていた過去は、絶望の一言では語り切れない闇だった。


 俺はこんな闇を抱えた少女に、何をしてあげればいい? 

 優しく抱きしめろとでも? 都合のいい言葉を投げかけろとでも?


 違う。そんな事が俺の望む希望であってたまるものか。そんな上っ面の綺麗事だけで済むような行為だけでは、俺の望む希望の剣聖にはなれない。


 俺はスッと立ち上がると、涙を流したままへたり込むユウへ、静かに言葉を投げかけた。


「最初に言っておく。俺はお前が必要だ」


 ユウの力は、まだ理解しきれていないが、グリモワール大迷宮から出るために必要となるだろう。ここに封印される前の数百年と生きた知識も、真実を体感したユウ本人も、この先必要になってくる。


「否定されたというのなら、俺が肯定する。魔王たちに恨みがあるなら丁度いいから手を貸してやる。だから一緒に来る気はないか?」


 俺が否定した汚い方法ではなく、しっかりとした本音と善意で、まずはユウが固執していた「否定された」事の逆である「肯定」の言葉を投げかける。


 だが、ユウは首を振った。


「私には、もう生きる価値なんてないんです……みんな、私を否定しました。誰からも捨てられました。でも、全部仕方のないことなんです……! だって、私たちエンシェントエルフが余計な事をしなければ、こんなことには……亜人族が虐げられ、一部の人間と魔族が悦に浸る世界には、ならなかったはずなんですから……」


 おそらく今の国王も、裏では魔王とつながっているのだろう。


 だから、ジークのような力が強いだけの奴が勇者なんて名乗れるのだ。


 なにせ、勇者を名乗れるだけの力と知恵を持ちながら、上層で見せた狂人のような姿と聖人のような二面性を使い分けるような危険人物を、人々の希望として祭り上げているのだから。


 魔王も国王もジークも、ユウたちエンシェントエルフがいたから危険を冒すことなく、それぞれの目的を果たせている。


 こればかりは、どんな言葉を俺が並べても覆らない。たとえ利用されていたとしても、ユウたちエンシェントエルフの犯した”罪”だ。


 俺の様子に気づいてか、ユウはより自嘲気味に続けた。


「そんな世界が続いているから、今もあなたのような正義感のある方が利用され、こんなところに来てしまったのでしょう……?」

「……まぁ、そうだな。俺もまた、馬鹿げたシナリオのせいで騙されて、こんな地の底に落ちてから長いこと彷徨ってるよ」

「……ごめんなさい……ごめんなさい……私のせいで……ごめんさない……」


 敢えて肯定してやった。この先ユウをどうするにしろ、俺がどういう経緯でここにいるのかは知らせなくてはならないのだから。


 しかしユウは、こうまで嘆き、全てから否定されながらも、今の世界にしてしまった事を悔いている。


 本当に優しい子だったのだろう。それだけに、俺は絶対にこの子を救いたいと思うようになった。


 心優しい少女の一人も救えずに、何が剣聖だ。何が希望だ。


 利用しているじゃないかと嗤いたいやつは嗤え。さっきと矛盾しているじゃないかと指をさしたい奴は指せばいい。


 だが嘲笑の声に真っ向から立ち向かい、矛盾の一つも押し通せずして、理想の実現はない。

 それらの全くない成功や理想など、大した価値はない。例え嗤われて矛盾を孕んでも、自分の理想を貫き信じる。それくらいの気概がなくては、希望の剣聖なんかにはなれない。


 ”あの人”に自分は成長したと胸を張って言えない。それでは結局、俺個人の夢も希望も叶わないようなものだ。


 だから俺はこの子を救わなければならない。

 自分自身の夢のためであり、生き延びるためであり、なによりも、一人の男として当然の事だからだ。


 だから、まずはユウの考えを変える必要がある。いくらか言葉を探すと、ユウが変えてしまったと嘆く世界に着目した。


「この世界は、お前が語っていた頃から大して変わっていないが、”こんな世界”だなんて呼ぶほどに酷い。本当にそう思うのか?」

「ぇ……?」


 それまで泣きながら俯いていたユウが、やっと顔を上げ、俺を見た。

 続けて、「だ、だって」と、ユウが見てきた世界について語る。


「罪のない亜人族が虐げられ、真実を知らない人々や魔族が利用される世界の、どこが酷くないと言えるのですか?」

「酷いことには酷い。そんな世界じゃない方がいいのは確かだ。そういう意味だと、エンシェントエルフが力を貸さなければ、今の世界はないだろう」


 ユウが口を挟もうとして、即座に「だが」と力強く遮る。


「もしお前たちが力を貸さずに異種族間で戦いが激しさを増していけば、そこにあるのは、あらゆる種族が血で血を洗う戦乱の世だぞ?」

「そ、それは……」


 そもそも、種族間で亀裂が入り始めていたからエンシェントエルフは各地を奔走していた。そのせいで利用されたわけだが、おかげで多くの戦いが鎮圧された事だろう。


「こうは考えられないか? エンシェントエルフがいたから、必要以上に血が流れなかったと。その分亜人族に押し付ける形になってしまったが、流れる血が減った分、悲しみや憎しみだって減ったろう。その亜人族だって、今の世でも奴隷に身を落としてでも生きている――そう、生きているんだ」


 力強く言うと、ユウの両肩に手を置く。俺が語る言葉も、思想も、全ては剣聖となり、人々に希望を与えるために頭に叩き込んできたものだ。


 剣聖となり、希望の象徴となるため、歴史に残る人々を導いた英雄たちの格言や価値観を自らの言葉と意志にしたのだ。


 それらが集って光となり、ユウの闇を晴らしてくれと願いながら、涙に濡れる瞳を見つめる。


「生きていれば、やり直せる。もっと言うなら、逆境を跳ね返せる。かつて奴隷に落ちた種族が革命を起こし、成功させたのは命があったからだ。お前たちエンシェントエルフは、本当なら数えきれないほどの命が失われるはずだった世界を救ったんだ」

「で、ですが、命は数ではありません……それでも私は、沢山の失われた命から存在を否定された事に耐えられません……矛盾を言っているのは分かっています。でも、死んでいったエルフのみんなは、もう私を肯定してはくれないのです……私は罪を背負ってしまったんです。こうして死ねるようになったのなら、死して償いを……」

「酷なことを言うが、それは逃げだ」


 そう告げたとき、ユウは言葉にならない程に顔を悲しみに染めた。

 だが、俺は続けて言ってやる。「死ぬのはまだ先だ」と。


「失ったものは戻らない。お前が失った多くの同胞の命も、お前を否定した連中も、決して生き返らない。一生……いや死んでも、失われた命から否定したことへの謝罪も、新たな肯定の言葉も得られない」

「でしたら……! ……でしたら、もう生きていたくありません……生きることがこんなに苦しいのなら、死ぬしかないじゃないですかぁ!!」


 ようやく、ユウが生の感情を吐き出した。俺自身、言葉にしていて心苦しかったが、剣聖として、人々の希望となるために身に着け、頭と魂に刻み込み、自分自身の物にした言葉と思想の結論とも呼べる事を告げるときが来た。


「だから言っただろう、死ぬのはまだ先だと」

「これだけ失って、否定されて、利用されて、まだ生きろというのですか……? こんな、惨めな私に……」

「……もう一度言うが、失ったものは戻らない。否定され、悲しみに暮れた日々はかえらない。それは死ぬほどつらいことだろうな……」



 ――ああそうさ、かえらない。どこかへ消えた奴は呼んでも帰ってこないし、死んでいたら、死人に口はないから一生会えないかもしれない。自分で言っていてなんだが、これは自分とユウを重ね合わせているような感覚だった。


 ――ならばこそ……!



「だが、利用した奴らを赦すなよ……! 死ぬんなら、罪を突き付け、報いを受けさせてからだ……! お前を利用し、今もシナリオだとか言って世界を騙している奴らを放ったまま死んだら、ただの死に損だ!!」


 俺がとても強く、分かってもらいたかったことを叫ぶと、しばし、静寂が流れた。


 はたして伝わっただろうか。いや、必ず伝えなければならないのだ。


 俺は最後の一押しとして、立ち上がり、手を差し出す。


「俺はこの地の底から、その馬鹿げたシナリオを紡いでやがる魔王と勇者に復讐しに行く! だが俺一人じゃ辿り付けるか分からないから力を貸してほしい! だからこそ俺はお前を必要とする!! その存在を全面的に肯定する!! さぁ、この手を取れ!! それがお前に出来る贖罪と断罪だ!!」


 涙に濡れ、悲しみに歪んでいたユウの顔が、ポカンと間の抜けたようになった。


 どれだけそうしていただろう。やがて、ユウがポツリポツリと言葉を紡いだ。


「……まだ、心の中はグチャグチャです。ずっと使っていなかったので、エンシェントエルフとしての魔術も、基本の魔術も、すぐに使えるか分かりません。きっと、あなたに迷惑もかけるでしょう……」

「なに、こう見えて剣聖なんて呼ばれているからな。リハビリの時間くらいは代わりに戦ってやる」

「……きっと、足を引っ張ります。心も体もボロボロです。いつ、また死にたいと言い出すか分かりません」

「ならその度に、俺がお前に”希望”を見せて目を覚まさせてやる」

「希望……」


 そう呟いてから、ユウは迷うようなそぶりを見せつつ、俺の瞳をハッキリ見つめた。


 俺もまた、未だ闇を抱えるくすんだ緑色の瞳を見つめ返した。


 すると、ユウはすぐに目を逸らしてしまったが、頬を染めながら、小さな声で言った。


「……それでも、ついて行っていいですか?」


 ユウは迷いながらも、その細い手をゆっくりと持ち上げ、確かに俺の手に重なった。


 俺はその迷いに答えるよう、手を強く握り返す。


「ああ、連れてってやる。最初に言っただろ、俺はお前を必要としているって」

「ッ!」


 おそらく、その瞬間にユウは内に秘めていた魔力を引き出したのだろう。

 今までユウ本人から感じなかった膨大な魔力が、手のひらから伝わってくる。


 それどころか、この部屋を満たし、疲労の溜まっていた身体に染み入るようで、傷や疲れが回復していく。


 まるで生き返るような感覚の中、部屋の外から何かが暴れる音がする。続いて、非常に強力な魔力が扉の前から感じられた。


 どうやらこの魔力はよからぬものまで呼び起こしてしまったらしい。


「コイツは、早速出番かもな」


 なんて言いながら、軽くなった体でアステリオンを手にすると、ユウが「あ、あの!」と呼び止めた。

 振り返ると、モジモジとしながら、「こんな時に何ですが」と、問いかけてくる。


「あ、あなたの名前は何ですか!!」


 ああ、そういえば名乗っていなかった。ニヤッと笑いながら、名を告げる。


「カイムだ! さて、行くぞ、ユウ!!」

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