山喰らいの龍VS本気のカイム
あれから幾度かの戦いの末、ユウが封じられていた一角のような鉄の壁に包まれた大部屋へと出る。
見上げるような天井と大草原のような間取りの部屋の奥には扉があり、ユウは目を細めると、「あの先です」と口にした。
「あの先に、もう一つ開けた場所があります。ニオはそこにいるでしょう」
ユウは、ニオの名を出しても変に感情を隠したりしない。やけに冷たい声音で口にするようになった。
やはり二人の間には何かあるのだろう。だが約束通り、嘘をついていない。
それはいいのだが、妙なことがある。
「魔王の姿がねぇな。流石に俺でも近づけば魔力でいるかいないかくらいは分かるんだが……」
少なくとも、この大部屋にはいない。だとするなら、扉の先だろうか? ニオを助けに行くと行動を読んで、先回りしているのだろうか。
それについてユウへ聞こうとした刹那、頭の上からおぞましい気配を感じ、気づいていない様子のユウを抱きかかえて飛び退く。
次の瞬間には、目の前に巨大な、まるで一つの山のような羽根のない龍――地龍が落ちてきていた。
上を見ると、これまた馬鹿でかい召喚の魔法陣が形成されている。
「おいおい、デカすぎんだろ……どこを斬れって言うんだよ……」
地龍は、もはやゴーレムなんかとは比べ物にならないほどに大きく、前足一つで二階建ての家屋すらペシャンコだろう。
「あのままだったら潰されてたな……おい、奴の接近を気付けなかったのか?」
召喚陣の形成を察知するくらいはできると思ったのだが、ユウは苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
「この龍、知ってます。私が外にいた遥か以前から暴れまわっていた「山喰らいのグルトン」という龍です」
「あの化け物の事か……」
グルトンという地龍については、過去の文献で読んだことがある。
なんでも数千年前から存在し、数多の山や森を踏みつぶし、数えきれない種族を滅ぼしてきた化け物だ。
記憶がたしかなら山に擬態し、魔力感知で探すことも難しいと聞く。
しかし魔王に使役されたと記録に残っていたので、奴は近くにいるのだろう。
とはいえ、だ。
ニオを前に、とてつもない化け物と戦わなくてはならなくなった。
「……カイム、一度撤退を進言します」
ユウが神妙な顔つきで言うが、俺は首を振って無理だと返した。
「このデカブツが落ちた衝撃で、出入口は封じられちまった。下手にどかしてたら、攻撃喰らってやられちまう」
「ですが! グルトン相手では、私の魔術はおろか、アステリオンでさえ……」
そう唇をかみしめたユウに、俺は溜息交じりに頭をポンと叩き、心配ないと返した。
「ここまで来て諦めるのか? 俺の目的も、お前の目的も、目の前じゃねぇか」
「カイム……」
「なに、こういう化け物を倒してきた過去の偉人はよく言ってたぞ。”どんな奴でも死ぬ”ってな」
「しかし、どうやってダメージを与えるというのですか!? 私には、とても……」
まぁ実際、目の前に山のような龍が現れたら誰だって怖気てしまう。
倒せる相手でも、その弱点も攻略法も見えなくなる。
そんな時こそ、無理やりにでも希望で照らすのだ。
「仕方ねぇ、やるか」
本当は使いたくなかったが、アステリオンを使った本気の戦いをする時が来たようだ。
デカブツへ向けてアステリオンの切っ先を向けて、言ってやる。
「長生きもここで終わりだ。悪いが退いてもらう。こっちは、ニオのところへあと一歩なんでな」
スゥ、と息を吸い込み、アステリオンに意識を集中させる。
「……もってくれよな、この身体」
アステリオンを手に、続くのは英雄譚に出るような気取った台詞でも、大魔道師の唱えるような派手な詠唱でもない。
ただの脅しだ。
「“手を貸さねぇと捨てるぞ、アステリオン”」
唱えると、アステリオンから黒い魔力がのた打ち回る蛇のように発せられ、俺の身体へ這うように絡みつくと、やがて強く締め付けた。
「グアッ……!」
激痛と共に、俺の身体には魔力の這った跡が黒く刻まれる。
同時に、身体中に力と魔力が満ち溢れた。
ジークが手放し、ニオですら手にすることに苦痛を覚えていた、あの黒い魔力だ。
それはアステリオンの闇の力であり、本来認められぬ者を拒むための強力なものだ。
逆に認められた俺が使うからこそ、アステリオンは本心から力を貸しているのではなく、「死ぬほど痛いだろ、だから捨てるなんて撤回してくれ」と訴えているのだ。
だがこれが、希望の光たる魔力と拒絶の闇である魔力を同時に使い、何のために造られたか知らないが、圧倒的な力を持つアステリオンの本気を引き出す唯一の方法なのだ。
「おい、ユウ、先に言っておくが長くはもたねぇ。だから……」
黒い魔力を発しながら神々しく光るアステリオンを手に、激痛の走る身体で身構える。
「可能な限りダメージ与える。その後は頼んだ」
こんなのはもう、ヤケッパチの開き直りだ。




