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ユウの目的

「じゃあ、カイムはずっと一人で戦ってたのですか?」

「そういうことになるな。周りに合わせない俺も悪かったんだろうが」


 あの後、ニオについて互いに情報を共有した。

 俺とニオとの出会いから、アステリオンを残して村を去るまでのことを話すと、ユウ曰く、「迷宮に染み付いている魔力の濃度からすると、その直後に捕まった可能性が高い」そうだ。


 魔力の濃度とやらは魔術をほとんど使わない俺からすると難しい話だったが、ニオほど魔力に特徴があると、そこにいるだけで匂いのように染み付くらしい。


 その匂いのような感覚では、少なくとも一年半以上はここにいるという。別れたのが二年前だから、村を出てすぐに捕まった可能性が高い。


 つまり、俺が二年間ひたすら戦い、探し続けた日々は徒労だったのだ。

 そういったことを話すと、ユウはとても悲しそうな顔をした。


「カイム可哀そう、ずっと一人ぼっちです……ん? 一人ぼっちは、私と同じですね……えへへ……」


 それとどういうわけか、先ほどまでの感情のない氷のような顔も声も鳴りを潜め、俺に同情したかと思えば、勝手に頬を染めている。


 感情や仕草を騙しているとか、演じているとか、そういうのではない。


 先ほどまでの無感情には、理由は分からないが、本気だという凄みがあった。


 「感情を抱くことが間違っている、あるいは必要ない」とでも言わんばかりで、とにかく情報を精査し、ニオについて知る必要があったからこその無感情だった。


 感情を打ち消すほどにニオを知る必要があったのはなぜか。こうして照れたり同情したりするようになった今では分からない。


 この会話だって、ニオについて話しているようなものだ。しかし、今は様々な感情が露わになっている。現に、俺が戦っていた理由の一つが「ニオを探すため」と知ったら、瞳を暗くし、「そんなに大事なんですか……」と、自分で言うのもなんだが嫉妬心を見せた。


 別人格があるのでは、と疑うほどに、先ほどまでと違う。変わったキッカケは、ニオに関する事を話し終え、俺が持っているアステリオンの入手経緯について知ってからだ。

 それまでは本当に、まるで感情を殺しているようだった。


 しかし、このアステリオンだが、どうやらユウが封印される前には見たことも聞いたこともなかったらしい。


 なんでも普通ならユウを封じていた鎖を斬ることは出来なかったそうだが、アステリオンは、なぜか斬れてしまった。だから気になったという。「誰が何のために造ったのか想像もつかない」と。


 俺の口からニオが持っていたと聞いて難しい顔をしたが、やはり知り合いだったようだ。


 しかしユウが封印される際、ニオはどうしていたのかは分からなかった。


 ユウ曰く、「上級魔族の偉い奴」だったそうだが、当時は封印されていた部屋で語られた各地の火消しに奔走されており、ほとんど会うことはなかったという。


 そんなニオについて、なぜあんな顔つきになるまで執着し、知ろうとしたのか。アステリオンと俺の関係を知ったら、それで十分だと割り切ったように変わったのはなぜか。


 目の前で可哀そうと嘆き、一緒だと喜び、大事なのかと嫉妬する姿は紛れもなく本物の感情を出している。


 この後、ニオの元へ案内してくれるそうだが、やはり少しばかり引っ掛かりを覚えててしまう。


 疑いたくないが、俺とユウの関係はしばらく続くのだ。グリモワール大迷宮を出たらお終いとはいかない。


 乗り掛かった舟ではないが、エンシェントエルフの身で生きていく事の手助けや、今の世について教えることは必須だろう。


 これはもう、あの暗闇から立ち上がらせた俺の責任なのだ。


 そして、ニオを助けてやってから、ここを出た後に別れるわけにもいかない。というか、今度は逃がすものかと意地になっている。

 最悪、いなくなった理由なりを全て話すまではユウとの日々に付き合ってもらう。


 そんな日々のため、ユウへ疑惑心を抱いたままではいかない。


 今のままでは世界に真実をバラスことも、エンシェントエルフという正体を隠して暮らしていけるように助けることも、常に心に雲がかかったような状態で行う羽目になるだろう。


 なんなら、全部終わって片が付いても、ユウとは旅暮らしが続くかもしれない。

 数百年の空白がそう簡単に終わるとも思えないし、そもそもユウには仮初でもいいから頼れる相手が必要だろう。


 それが依存でもなんでも、かつての強さと知識を取り戻すまでは、繰り返しになるが俺の責任なのだ。


 俺は思案し、少しばかり意地悪な質問をユウへぶつけることにした。

 全ては今後のためと心の内で謝りながら、口を開く。


「しかしここの構造を知っているなら話は早い。ニオの居場所を教えたら、お前は先に外に出て、安全を確保していてくれ」

「え……?」

「出来るだろ? 幻覚魔術でもなんでもいいが、ずっとこんな地下にいたんだ。早く出るに越したことはない」

「で、でも……」

「俺が一人じゃ心配か? なら安心しろ、さっきの甲冑野郎とはお前を守りながらの戦いだったし、まだ使ってない”とっておき”もある。それに、魔王だって馬鹿じゃない。俺がお前の封印を解いて真実を知ったことくらい気づいてるだろ。今も、俺たちがどこにいるのか探してるんじゃないか?」


 そこで、ユウがハッとしたように口を挟んだ。


「だ、だったら、私は役に立てますよ! 感覚も取り戻しましたから、魔王の相手だって出来ます! カイムの役に立ちたいんです! 救ってもらったから、少しでも! 恩を返したいんです!」


 ……普通なら、まぁ”こう”なるか。

 だが一見健気に見えるが、仮にも数百年単位で地下に封印されていたのだ。俺が助けて手を取らせるまでは、生きることにすら絶望していた。


 それを助けた俺に恩義を向けているのは肌でも感じるし、理にかなっている。力になりたいというのも分かる。

 だが、ここに留まれば魔王に狙われるのは確実だ。下手をしなくても、その手勢だって襲い来るだろう。


 俺は殺されても、ユウは再び封じられたっておかしくない。もっと強固な封印で、永遠にだ。

 その危険性が分からないわけでもあるまい。


 せっかく自由になれるのに、死か封印の危険を冒してまで俺に力を貸すか。その問いを自分に投げてみると、疑うことは善意への否定につながる気がしてしまう。


 綺麗事だけで物事は上手くいかないのは百も承知だ。しかし、あまり健気な善意を疑うようでは、希望の剣聖は名乗れない。

 それでも、ユウの抱える闇は底知れぬほど深い。馬鹿正直に信じるには、やはりあと一歩、自分なりの納得が必要だ。


 となると、自分との折り合いがつきそうになるのは、聞くのはせめて次で最後にすることだろう。

 だから、確信に迫ることを単刀直入に聞いた。


「それは、魔王への復讐も兼ねているからか?」


 復讐。その言葉を聞いて、ユウは目を見開き、闇を映した。

 更にはすっかり言葉を失ったように押し黙ってしまっている。


「……お前、やはり……」


 その暗い瞳に感じたのは、明確な”怒り”だった。いや、怒りの一言では済まないだろう。「激昂」ですら生温く、憎悪も苛立ちも、なにより”執念”の混じる、混沌とした瞳だった。


「魔王への復讐が目的か?」

「……これだけの御恩と、希望をくれたカイムに嘘は付けません。そうです。私の目的は、魔王への復讐です」

「相手が誰だかは分かっているよな。下手をしなくても、死ぬぞ?」


 そう問いかける俺に対し、ユウは張り詰めた氷のような顔つきを一瞬見せた後、小さな溜息の後に言った。


「魔王がどこにいて、何を考えていようとも、もう忘れようと思っていました。ですが……」


 氷が溶け、黒い炎が灯ったような顔つきでユウは言った。


「事情が変わりました。絶対にこの手で殺さなくては、私は未来を生きられないのです」

「……なるほど」


 ユウの復讐心は分かった。そして、なぜ俺を欲するのかも。


 恩もあるだろう。依存もあるだろう。だが何よりも、ユウが俺に求めている物は――


「俺の力が目的か」


 睨むように言うと、ユウは押し黙る。なにせ、相手が相手なのだ。一人でも戦力が欲しいのは当たり前だ。


 それが剣聖なら、尚のこと。


 またしても、俺たちの間には静寂が流れた。


 だがやがて、ユウが口にしたのは――

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