第9話『……セシル様、ですか』
霊刀山の頂上で、雷蔵さんが持ってきたシートを広げ、座りながらヤマトのお茶を飲んでいた私は、轟音と共に空が割れ、山の中腹辺りを覆っていた霧が消えたのを目撃した。
何が起きたのか。なんて考えるまでもない。
瞬さんが来たのだ。
あれは天斬りに違いない。
「瞬さん!」
私は思わず立ち上がって山の下の方を見ようと崖の方に進んでいったのだが、そんな私に待ったをかけたのは楓ちゃんだった。
「あまりそちらに近づくと危ないぞ。ミラ」
「え?」
「そろそろ面倒な奴が現れるからの」
「面倒って……」
誰の事ですか? と聞こうとして楓ちゃんに向かって一歩進んだ瞬間、背中の向こうで嵐の様な暴風が巻き起こり、私は空に飛ばされてしまう。
「っ!?」
「雷蔵」
「はっ」
大空に旅立ちそうになった私は、雷蔵さんに空で受け止められ、無事頂上に戻ってくる事が出来たのだった。
何が起きたのかと、ドキドキが止まらない胸を押さえながら、ジッと崖の向こうを見ていると、何かが飛び出してきて私たちの前に降り立った。
「来たか。痴れ者め」
『随分な言い様じゃないか。ちびっ子』
「お前の様な不忠者にちびっ子呼ばわりされる覚えはないわ!」
『不忠? 何の話かサッパリ分からないな。俺様はいつだって俺様の信条に従って生きてきたがな』
「お前がヤマトを荒らしまわった挙句、神刀の一刀を盗み、ヤマトから逃げた事は現代にまで伝わっているぞ! 天霧蒼龍!」
楓ちゃんの激しく責める様な言葉にも天霧蒼龍さんは動じず、微かな笑顔を浮かべたまま私たちを見ていた。
それが少し怖く感じる。
『だいぶ誤解があるみたいだな。まずヤマトを荒らしまわったって奴だが、これは強い奴と戦いたくてやっただけだ。別にヤマトならおかしな事じゃねぇだろ?』
「……神刀を奪い、ヤマトから逃げた件は」
『ヤマトには俺様より弱い奴しか居なかったからな。外の世界に行っただけさ。神刀を持って行ったっていうがな? 神刀はヤマトのモンであって、ヤマトのモンじゃねぇ。神刀は担い手のモンだ。それを持って行ったからと言ってゴチャゴチャ言われる筋合いはねぇな』
「くっ、あぁ、言えばこう言う」
『当然だろ? 俺様は悪くねぇんだからよ』
悪そうな顔でそう言い放った天霧蒼龍さんに、楓ちゃんはそれ以上何も言う事が出来ず黙り込んでしまった。
そして、小さく息を吐いてから、おそらくは自分を落ち着かせて、再び口を開く。
「それで? 今更戻ってきて何の用じゃ。お前は自分の時代にやりたい放題して終わったんじゃろ。何故また帰ってきた」
『いや、別に俺様も帰ってくる気は無かったんだがな? 呼ばれてよ』
「呼ばれた?」
『そう。俺様の子孫にな。それでまぁ……色々あってから体を維持するのにまたこの霊刀山に戻って来たんだが、どんだけ待っても肝心の呼んだ奴が来やしねぇ。だが、まぁ俺様は慈悲深いからな。一応待っててやるかとウロウロしてたら変な奴らが霊刀山に入り込んでたから、甘っちょろい天斬り使ってる不出来な子孫に本物を教えてやった。ってのがここまでに起こった事だ』
「瞬や灯火がお前を呼ぶワケが無いじゃろ」
『知らん。俺は間違いなく島風を通して呼ばれた。これは間違いない』
「じゃが!」
「ま、待って下さい!」
私は天霧蒼龍さんの言葉と楓ちゃんの言葉を組み合わせて一つの可能性が頭に浮かぶのを感じた。
そう。島風を持っているのは瞬さんだけでは無いのだ。
もう一人いる。
「もしかして、天霧蒼龍さんを呼んだのは、天霧宗謙という人では無いですか? 島風も瞬さんが持っている物ではなく、『峯風型第四刀 島風』という刀では」
『おぉ、確かにそんな名前だった気がするな! お前、やるじゃないか。名前は確か……ミラだったな?』
「え? はい。そうですが、どうして私の名前を」
『そんな物。そこのちびっ子巫女や不出来な子孫が呼んでいたからだ。いや、子孫の方ではなく一緒に居た男だったかな? まぁ、良い。どの道、記憶する価値のない者たちだ。それよりも! だ。お前、面白い力を持っているな。俺様の時代にも居た。聖女と呼ばれる者の力だ』
「確かに私は聖女と言われる方と同じ力は持っていますが、別に強くは無いですよ?」
『大丈夫だ。俺様だってそれくらいは分かっている。誰彼構わず争いを仕掛けた訳じゃない』
「……では、私には何を」
『俺様を生き返らせて欲しい』
「無理です」
私はつい先日サルヴァーラであった事を思い出し、即座に天霧蒼龍さんの願いを否定した。
だって、そんなにも容易く人を生き返らせることが出来るのであれば、私は間違いなくアマンダさんや孤児院に居た子供達。それにサルヴァーラの街の人たちを蘇らせただろう。
でも、それは出来ないのだ。
だから、私は……。
『そうなのか? おかしいな』
「おかしい、ですか?」
『あぁ。俺様を再びこの地に呼び戻した男……あー、そう。天霧宗謙だ。あの男が言っていたんだ。聖女ならば人を蘇らせることが出来るとな』
「っ!?」
私は驚きのあまり、目を見開いて言葉を無くしてしまった。
しかし、聖女の事を良く知らないのかもしれないと思い、私は再び否定しようとしたのだが、私よりも前に言葉を発した人が居た。
そう。楓ちゃんだ。
「確かに。聖女は人を生き返らせることが出来る」
「え!?」
「ミラが知らないのも無理はない。この事はセシル様とヤマトの上層部しか知らない事じゃ」
「……セシル様、ですか」
「そう。セシル様はな、長い間、蘇生の研究をしていたんじゃ。そして、百年程前にその方法を見つけ出したらしい」
『ほー。やるじゃないか。そのセシルとやら。では、早速やって貰おうか』
「無理じゃ」
『なに?』
「確かに方法は見つけたがな。必要な物があるんじゃよ」
『そのくらい。俺様が見つけてきてやる。それで? 何が必要なんだ』
「少なくとも聖女が三人。そして未来を視る事が出来る巫女が三人じゃ」
楓ちゃんの言う条件は非常に難しいものに思えた。
だって、聖女の力というのは、前の持ち主がその力を放棄する事で次の人に受け渡される物だ。
だから、今私が聖女の力を持っているという事で、私以外には誰も持っていない事になる。
それに、未来が視える巫女だって言っても、そんな人がその辺りを歩いているワケが……いや、少なくとも二人はいるのか。
サルヴァーラで出会ったミクさん。
それに、今ここに居る楓ちゃん。
なら、後聖女が二人と巫女が一人揃えば人を蘇らせることが出来る?
いや、出来るワケがない。
出来たとしても、そんな事をするのが正しい事とは思えない。
だって、死者を蘇らせることが出来ると知れば、同じ願いをする人間はいくらでも居るのだから。
そんな事が出来ると知られれば、きっと世界は荒れる。
それは駄目だ。
「という訳じゃ。じゃから不可能という訳じゃな」
『んだよ。あの野郎。自信満々に出来るとか言ってたから信じてやったのに。結局適当な事を言ってただけか』
「それで容易く騙され、こうしてヤマトに攻めて来たという訳か」
『別に騙されて来た訳じゃねぇよ。あの野郎は俺様を利用しようとしてたから半殺しにしたしな。ここへ来たのは、体を維持する為ってのと、面白い奴と戦えるかと思ったくらいだ』
「はぁ……死してなお戦好きは変わらずか」
『当然だ。それがヤマトの侍。それこそ我らの生きる道ってな』
フッと笑いながら語った天霧蒼龍さんの言葉と表情は、どこか瞬さんによく似ているモノで。
私は本当に血が繋がっているんだなぁ。なんて思ってしまうのだった。
しかし、それはそれとして、恐ろしい人だという事は確かなので、ミクさんとかの事は黙っていた方が良いんだろうなぁと思うのだった。