第20話『凄い! 水の中に金色の魚が泳いでます!』
戦いは終わった。
神刀を率いて戦いを仕掛けて来た天霧蒼龍さんも、フソウの城に侵入し楓ちゃんやセシル様を狙った天霧宗謙とアダラードの野望も打ち砕かれ、ヤマトは再び静寂を取り戻す事が出来たのである。
そして、戦いが終わったという事で、侍さんたちは皆フソウの街や城の傍でお酒を飲みながら騒いでいた。
オーロさんと瞬さんも、その中で楽しそうにお酒を飲んで、美味しそうな物を食べて笑っている。
そんな光景を私はフソウの城から見て、ちょっと羨ましく思ってしまうのだった。
「……」
「どうしたんじゃ? ミラ」
「あ、いえ。私も一緒に騒ぎたいなぁ、と思ってしまって」
「そうじゃなぁ」
ベランダから下を見下ろして、私はほぅ、とため息を吐いた。
篝火の炎が見せる幻想的な光景と、その中で笑う人達の実に楽しそうなこと!
「こら。二人とも。危ない事を考えるんじゃないぞ。連中は見ている分には良いが、近づくとロクな事が無いからな」
「……レーニさん」
「そうか? 皆気の良い者達じゃと思うが」
「それは酒を飲んでいないからだ。どうせすぐ下らない理由で争いを始めるに決まっている」
「あ、あはは」
レーニさんの言い方はあんまりにもあんまりな物だったけれど、どこか納得できる私もいた。
というよりも、この国に来てからそういう人たちばっかりだったとも言う。
しかし、それはそれ。だと私は思うのだ。
「でも、ちょっとだけなら大丈夫だと思うんですけど。楓ちゃんは未来が視えますし。私も空を飛ぶ魔術が使えますからね!」
「おぉー! 流石はミラ。名案じゃな!」
「駄目だ」
「「えー」」
「二人だけで行く事など許可出来ん」
「なら、オーロさんと一緒に行くとか!」
「奴は私よりも弱い。却下だ」
「うぐ」
「なら、瞬なら良いじゃろ。レーニは一度瞬に負けておるはずじゃぞ」
「一回だけなら偶然だ。認められん」
「むー! ならレーニが付いてくれば良いじゃろ!」
「私はセシルの護衛をしているんだ。ここから離れる事など出来ない。だから楓もミラもここに居ろ。その方が効率がいい」
レーニさんの言い放った言葉に、私も楓ちゃんもガッカリして肩を落とすのだった。
まぁ、セシル様を御守りする重要性はよく分かる。
セオ殿下にコッソリ見せて貰った王族しか見ちゃいけない歴史書には、セシル様を中心として起こった事件がいくつも記されていたし。
その中には、セシル様が姿を消した原因も……。
「レーニは何年経っても過保護ですねぇ」
「当たり前だ」
「いや、そこで当たり前って返されても困っちゃうんですけど」
「私はこの生き方を間違えているとは思わない。手を離せば消えてしまう。人間は儚い生き物なんだ」
「レーニが考えるほど、人は弱くないですよ」
奥で静かに私たちの話を聞いていたセシル様は柔らかい笑顔で楓ちゃんを見た後、レーニさんと軽く話をしてから私と楓ちゃんを順番に見た。
そして、笑う。
「では、私も一緒に行きましょうか。楓ちゃん。ミラさん」
「やった!」
「良いんですか!? セシル様」
「駄目だ!」
「では準備をして下さい。美味しい物も楽しい物もいっぱいありますよ」
「駄目だと言っているだろう!」
「そう言われても、私は止まりませんよ。レーニ」
「っ! 勝手な!」
「ふふ。昔からずっとそうでしょう?」
「分かっている!」
「ならどうします?」
「行くなら私も付いていく!」
「ありがとうございます。レーニ」
セシル様はレーニさんに微笑んだ後、楽しそうに笑っている楓ちゃんの手を取り、そして私にも手を伸ばした。
「行きましょう。ミラさん」
「……はい!」
それから私と楓ちゃんとセシル様は、怒っているレーニさんと共に城から出て、お祭りの中へ飛び込んだ。
外に出て、すぐに酔った侍さんに勝負を仕掛けられたレーニさんは怒りながら魔術で侍さんを吹き飛ばし、「だから危ないと言っただろう」と叫んでいた。
しかし、基本的に侍さんたちはレーニさんにしか戦いを仕掛けず、私や楓ちゃんには酔っているのか、顔を真っ赤にして笑いながら色々とご馳走をしてくれるだけで……。
セシル様に対しても、同じ様に食事を提供しているばかりだった。
まぁ、私や楓ちゃんには甘いお菓子が多くて、セシル様には大人の食べる物が多めだったけれど。
でも、違いなんてそんな物ばかりで、私たちは侍さんの危険性なんて何も分からないままお祭りを楽しむのだった。
「ミラ! これをやろう! 金魚釣りじゃ!」
「きんぎょ……? あぁ! 凄い! 水の中に金色の魚が泳いでます!」
「そう! これを釣るんじゃ! セシル様がヤマトに伝えた遊びでな。神々の世界ではこういう遊びをするのかと関心した物じゃ!」
「そうなんですね!」
私は楓ちゃんから話を聞いて、セシル様を見上げたのだが……何故かセシル様は微妙な顔をしていた。
何だろうかと首を傾げると、セシル様は独り言の様に空を見上げながら呟くのだった。
「いや、まさか本当に金色の魚を見つけてくるとは思いませんでしたね。いや、ホント」
「セシル様?」
「いえ。なんでもありませんよ。ミラさん」
「そうですか?」
「えぇ」
何だか釈然としない気持ちを抱えつつも、私は楓ちゃんと一緒に金魚釣りを楽しんだ。
それからいくつかのお店で遊び、美味しい物を沢山食べて、私はお茶屋さんでヤマトのお茶を飲みながらホッと一息吐いた。
夜風に温かいお茶が心地よく、気持ちが安らいでいくのを感じる。
「お! 瞬! 瞬ではないか! 瞬!」
「あ、コラ! 急に走り出すんじゃない! 楓! セシル、ミラ! 二人はここで待っていろ! 楓! 待て!」
「あら。楓ちゃんは相変わらず元気ですねぇ」
「そうみたいですね」
微笑みながら楓ちゃんを見守るセシル様はお母様の様で……家族を無くした楓ちゃんにとってのお母様みたいな人なのかなと思うのだった。
そして、セシル様と一緒に楓ちゃん達が帰ってくるのをゆったり待っていると、不意にセシル様から話しかけられた。
「ミラさん」
「……はいっ!」
「突然話しかけてごめんなさい。ビックリさせちゃいましたね」
「いえ。大丈夫です!」
「そうですか。ありがとうございます」
隣に座ったセシル様はどこか遠い目をしながら私をジッと見つめた。
「ミラさんは、ヴェルクモント王国からいらっしゃったのですか?」
「え?」
「あら。違いましたか」
「いえいえ! 合ってます! ただ、そのビックリしてしまって。セシル様はその様な事も分かるのですね」
「分かる、というよりは知っているんです」
「知っている?」
「はい。遠い昔、メイラーと名乗った人の事を」
「……! そうなのですね」
「えぇ……。貴女に似て、とても可愛らしい女の子でしたよ。アリスちゃんは」
「アリスさん、ですか」
私はリヴィアナ様が遺した書を思い出し、そこに乗っていた名前だと両手を握りしめた。
セシル様とエリカ様とアリス様。
そして、リヴィアナ様。
四人はとても仲の良い友人であったそうだ。
しかし、その最後はあまりにも悲しい。
「セシル様」
「……なんでしょうか。ミラさん」
「良ければ、聞かせて下さいませんか。私のご先祖様であるアリス様のお話を」
「……そう、ですね」
「それに、リヴィアナ様のお話も」
「っ! ミラさんは、リヴィの事、知ってるの!?」
「はい。私はリヴィアナ様の書庫に行きましたから」
「リヴィの書庫……最期に話してた奴か」
辛そうに目を伏せて、言葉を落とすセシル様を見て、私はセシル様の手を握って、すぐにもヴェルクモント王国へ行かなくてはいけないという気持ちになった。
しかし、駄目だ。
まずはセシル様のお気持ちを知らなければいけない。
だから、私は話を聞いてみようと思った。
セシル様のリヴィアナ様への想いを……。
「……少し長い話になるけど、聞いてくれるかな」
「はい」
そして、私はセシル様のお話を聞く事にしたのだ。




