第2話『周りの反応を見てみたまえ。天霧瞬クン』
それから。
私達は無事ヤマト国へ入り、独特な服を着た人たちの行き交う街の中を歩いていた。
「わー。凄いですねぇ」
「ここはヤマトの入り口だからな。華やかな物が集まってるんだ」
「なるほどな。この街が基本的な外交の場所という訳か」
「そういう事だ」
瞬さんとオーロさんの話を聞きながら、私は世界地図を頭に思い浮かべて首を傾げる。
「瞬さん。瞬さん」
「どうした? ミラ」
「確かにセオストから街道を歩いてくると、この街が最初に訪れる街だから、この街で外国の方とお話するというのは分かるのですが、西側の山脈を超えてくる方々はどの様に受け入れるのですか?」
私の問いに答えてくれたのは、瞬さんでもオーロさんでもなく、私たちの前を歩いていた宗介さんだった。
「はっはっは。西から来る連中は基本的に敵だからな。気にする必要はねぇんだ。来るのは侵略に来た騎士共くらいさ」
「敵……? でも旅人の方が来る可能性もありますよね?」
「それはない」
私の言葉に瞬さんは、いつもの調子でバッサリと否定した。
その姿に、私は西側の地図を頭に浮かべたが、特に理由が分からず首を傾げる。
「西の山脈にはな。ハーピーが居るんだよ。それも巣を作ってるからうじゃうじゃいる」
「ハーピー!? ハーピーって、あのハーピーですか!? 危険度ランクSの!」
「あぁ。ミラが想像している通りの奴だ」
私はとんでもない魔境がすぐ近くにある事に思わず声を上げてしまった。
ハーピー。ハーピーである。
ハーピーといえば、空の脅威としてよく名前があがる魔物の一体だ。
古くは神の伝承に登場する魔物で、古代から変わらない姿で今も生きているという。
しかも神の時代を生きているからか、その身に宿った魔力は非常に膨大で、ハーピーが飛ばした羽は並の鎧ならば容易く貫いてしまうらしい。
かの空の支配者ドラゴンが、ハーピーの集団が正面から来た為、避けて遠回りをした。なんて伝承も残っているくらいだ。
およそ人が太刀打ちできる存在では無いのだろう。
「だから、西側から旅人が来る事は無いのですね」
「そういう事だ。まぁ、そんな西側の道を突っ切ったバカを俺は一人知ってるがね」
宗介さんはへッと笑いながら瞬さんを見て、瞬さんもまた何か問題でもあるのかとばかりに宗介さんに視線を返した。
そのやり取りに、私はその……西側の道を突っ切った人が誰なのかを理解して、乾いた笑いを落とすのだった。
「それほど驚くような話でも無いだろう」
「周りの反応を見てみたまえ。天霧瞬クン」
「……ミラはひ弱だからな」
「心外です。ご自身を平均にしないで下さい」
「オーロは、まぁ何とかなるだろう」
「何とかなるとしてもわざわざ行かん」
「……まぁ、そういう事もある」
誤魔化す様に瞬さんは言葉を落として、話を変えた。
「それにだ、ハーピー共を駆逐してるのは高坂家の仕事だろう? 高坂宗介」
「それは確かに」
「ならば俺ばかりがおかしいという事はない。時道だって問題なく処理出来るし、和葉だって同じだ」
「そう言われるとそうだな。はっはっは。なんだ普通の事だったか!」
カラカラと笑う宗介さんと瞬さんを見ながら、私はヤマトという国の異常性を再認識するのだった。
そんなこんなで道の真ん中で話していた私たちは、とりあえず邪魔になるからと、瞬さんのオススメの甘味屋に入り、オススメの甘味を注文する。
「ここはな。この街、ムサシで一番上手い団子屋なんだ」
「団子、ですか。確かヤマトのお茶によく合う甘味でしたよね?」
「良く知ってるな。それで、この団子というのはな……」
元気よく話し始めた瞬さんをそのままに私はお店のお姉さんが持ってきてくれたヤマトのお茶を飲む。
相変わらずというか、何と言うか、独特な味だ。
ヤマト以外では基本的に見ないお茶だし、あまり飲んでいないから違和感があるのかなと考える。
「ミラ」
「はい」
「どう思う? ヤマトについて」
「そうですね。悪い国ではない様に思えます。ヤマトが他国へ侵略したという話は歴史上残っていませんし。道を歩く人たちも皆、穏やかな顔で生活をしているみたいですしね。ただ……」
「ただ?」
私がヤマトについて感じた事を口にしようとした瞬間、どこからか大声が上がった。
「食い逃げだぁー! 誰か捕まえてくれー!」
「っ!」
「秋月! 久しぶりに遊べるぞ!」
通りの向こうから駆けてくる人を見た瞬間、瞬さんは宗介さんと共に、刀を持ちながら通りに飛び出して、食い逃げをしたであろう人の前に立ちはだかった。
酷く慣れている動きだ。
「そこまでだ。食い逃げという卑劣な犯罪を見逃す訳にはいかないな」
「だがまぁ。死に方は選ばせてやるぜ? 悪党」
その食い逃げさんは腰から刀を抜くと、構えてニヤリと笑う。
「まさかムサシで十二刀衆に会えるとは思わなかったぜ! 俺様はどちらと戦っても構わねぇぞ?」
「ほー。言うじゃねぇか。どうする? 瞬。どっちがやる」
「決まっているだろう」
「ふむ?」
「俺だ」
「んなバカな話があるか! お前は外で遊んできたんだろうが、俺はヤマトで毎日のつまんねー仕事ばっかりやってんだぞ。俺に譲れ!」
「断る」
「なんて心のねぇ野郎だ! 抜け! その腐った根性叩きなおしてやる!」
「良いだろう」
あれよあれよという間に、瞬さんと宗介さんが戦う事になり、食い逃げさんには別の人が戦いを仕掛けて切り合いになっていた。
そして、甘味屋さんは何事も無かったかの様に、私とオーロさんの元へ団子を運んでくれるのだった。
「おまたせしました~」
「あ、ありがとうございます」
「向こうのお客さん二人には、また後でお運びしますねぇ」
「あ、丁寧にありがとうございます」
「いえいえ」
お店のお姉さんに頭を下げつつ、私は全く関係ないのに、何故か刀を抜いて斬り合っている人たちが増えている事に気づき、小さくため息を吐いた。
凄い国だ。ここは。
「少々異端な国ですね。ここは」
「そうだな。本当に」
私はオーロさんと感想を言い合いながら、団子を一口食べて、その食感に目を見開く。
何とも面白い味だ。
そして甘さが強すぎず、食べやすい。
「んー。これがヤマトの団子ですか。セオ殿下にも差し上げたいですね」
「セオドラーはこういう味が好きなのか?」
「いえ。好きというか。セオ殿下は甘すぎる物が苦手で、控えめな物が好きなんですね」
「なるほどな。しかし、セオドラーは今セオストだろう? あそこまで運ぶとなると三日は掛かるんじゃないか? 三日も持つのか?」
「うーん。確かに難しいですね。凍らせる事は出来ますが、それはそれで味が変わるかもしれないですし」
「しょうがない。諦めるんだな」
「うみゅ」
「それに、だ」
「はい?」
「今度はセオドラーと一緒に来ればいい。アイツもミラが探した物なら喜ぶだろうさ」
私はセオ殿下の笑顔を思い浮かべて大きく頷いた。
巫女姫様とお話が出来れば、正式に入国とか、ヴェルクモント王国との貿易とかが出来るかもしれないし。
そうなればセオ殿下と二人で来る事も出来るだろう。
何だか楽しみになってきた。
なんて……私は目の前の乱闘から意識を逸らしながら考えるのだった。
「腕を上げたな! 瞬!」
「お前もな……! 宗介!!」
「やっぱりお前との殺し合いは楽しいぜ!」
「そうだな。しかし……」
「「勝つのは俺だ!」」
……はぁ。
「ま、今度来るときは騎士を百人も連れてくると良い。暴走しない騎士をな」
「そうします」
私はオーロさんといつまでも終わらない闘争を見ながらため息と共に未来への学びを口にするのだった。