第18話『……行くぞ。『島風』』(瞬視点)
(瞬視点)
フソウと霊刀山の間にあるやや広い道の上で、俺達はそれぞれに神刀を構えながら、霊刀山から真っすぐにこちらへ向かってくる一団を睨みつけた。
夜明けの光と共に歩く姿は、死してなお変わらず侍のソレであった。
「瞬」
「どうした? 時道」
「こちらの作戦は結局いつも通りとなった訳だが、お前はここに居ても大丈夫か?」
「あぁ。問題はない」
俺は腰に差した『如月』を抜きながら笑う。
「ミラは強い。オーロとレーニも居るしな」
「……ふむ」
「それに、奴は俺達で倒さなければいけないだろう?」
俺達の姿を見つけたからか、真っすぐに俺たちの方へ歩いてくる男、天霧蒼龍を見つめながら俺は時道へと言葉を投げた。
そんな俺の言葉に時道もまた笑みを浮かべ、『睦月』を抜いた。
そして、俺達と霊刀山から来る神刀たちの距離が飛び込んで斬りつけられる距離になった瞬間、争いは始まった。
『やはり俺様の相手は貴様ら二人か!』
「あぁ!」
「その通りだ!!」
『島風』では無いが、神刀の一刀を手に、天霧蒼龍は俺達に近づいてその刀を振るう。
当然ではあるが、雑に振り下ろした様にしか見えない一撃であっても、以前戦った時よりも遥かに強い。
俺は『如月』を振るい、巻き起こった風と衝撃波を相殺しながら天霧蒼龍に向かって走った。
時道は俺とは反対方向から天霧蒼龍へと向かう。
『どうやら最低限の力はある様だな。それなりに楽しむ事が出来そうだ』
俺は走りながら天霧蒼龍の懐に飛び込んで、『如月』を振り上げた。
しかし、それは俺の動きを目で追っていた天霧蒼龍によって容易く防がれてしまう。
だが、その様な事は想定済みだ。
「時道!」
「あぁ! 行くぞ! 睦月!!」
時道は『睦月』を構えたまま加速し、天霧蒼龍に向かって振り下ろした。
『ぬるい!』
「なっ!?」
勢いよく『睦月』を振り下ろそうとしていた時道の腕を掴み、そのまま動きが止まってしまった時道の横っ腹を蹴り上げて時道を遠くへ追いやる。
「だが、今だ!」
しかし時道への攻撃で大きく体勢を崩した天霧蒼龍に俺は全力で『如月』を押し込んでゆくのだった。
『良い勘をしてるな! まぁ俺の子孫だからな。その程度の事は出来るか!』
俺は『如月』で天霧蒼龍の体を斬るべく横に薙ぎ払ったが、その瞬間『如月』に掛かっていた圧力が消え、何も斬った感触が無いまま空中をただ斬る。
天霧蒼龍はと言えば、『如月』の衝撃を受け流しながら遠くへ飛び、何の問題もないとばかりに神刀を構えて笑うのだった。
それから、俺と時道と天霧蒼龍の戦いは激しさを増してゆき、その規模も時間と共に大きくなっていった。
天霧蒼龍が本気で振るう一撃は俺の天斬りと同じくらいの威力があり、かわさなければ間違いなく敗北してしまうだろう。
『どうした!? その程度か! 少し本気で振るってやれば何も出来ないのか!? 情けない! 少しは俺様を楽しませろ!』
「くっ!」
「まずいな。瞬。奴の攻撃で被害がどんどん広がっている」
「しかし、この状態では……!」
俺は、地面を、空を、周囲の者達を吹き飛ばしながら、放たれ続ける一撃をかわし、受け流しながら時道と言葉を交わす。
しかし、いくら話をした所で、状況を打破する事は難しいのが現状だった。
これが天霧家の初代。
力を求めた者の極致か。
「……瞬。そろそろ耐えるのも限界だ。俺達が無事でも、周りが持たない」
「あぁ」
「一か八かの賭けだ。俺は『神風』を抜くぞ」
「良いのか? 『神風』ではあの一撃を耐え続けるのは難しい」
「どの道、このままでは勝てないだろう? 奴が消耗している様にも見えないからな」
「……そうだな」
俺は時道の言葉に頷くと、『如月』を構えなおして、意識を集中させた。
「長く続ければそれだけ不利になるのなら……やるか!」
「瞬……! ならば俺が先に行く。トドメは任せた」
「承知した!」
『フン。何か仕掛けてくるつもりだな? 面白い! 掛かってこい!』
「十二刀衆が一人! 神藤時道! 参る!!」
時道は『神風』を抜くと両手で握りながら、走る。
強く握られた手から、あの技を放つつもりだという事は分かった。
「……行くぞ。『島風』」
俺の意識に『島風』が同調したのを感じながら、俺は鞘に納めたままの『島風』を握りしめながら駆ける。
目の前では既に時道が天霧蒼龍に向かって『神凪』を叩きこもうとしている所だった。
「神凪は! あらゆる障害を切り裂き、全てを破壊する技だ!!」
『っ、なるほど、言うだけの事はあるな。だが……ぬるいぜ』
「なっ!?」
既に天霧蒼龍に向かって振り下ろし始めている時道に対し、あまりにも遅く持っていた刀を鞘に納めた天霧蒼龍は直後、神速で刃を抜いた。
居合。
技術としては同じ物を使っている。
だが、その速さも威力も俺の放つ物とはまるで違う。
まるで空間が歪んだ様な感覚の後、全てを破壊する様な衝撃が天霧蒼龍から放たれた。
『天斬り』
その一撃は、時道の神凪を押し返し、遥か上空の雲を吹き飛ばして、空に雷を走らせながら、天を斬った。
その技の名の通り、あまりにも強力な一撃で、空にあった蒼が二つに分かれている様に見える。
「ぐっ、がっ!?」
『天斬りは攻防一体の技だ。どの様な技だろうと、その技ごと俺様は全てを斬る』
「だが……!」
『む!?』
「大技を放てば、そこに隙が出来る!!」
吹き飛ばされてゆく時道の下を潜り抜け、俺は疾風の様に駆けて、放った。
「天斬り!!」
威力も、速さも勝てていない。
だが、時道が作ってくれた隙は、その差を埋める大きな物であり、天霧蒼龍も、その手に持った神刀も、俺の天斬りで砕かれるのだった。
『チッ。やはり『島風』でなければ速度が足りんな』
「……!」
俺は限界を超えた速度で振るった『島風』が砕けてゆくのを感じながら、地面に仰向けで倒れる天霧蒼龍を見つめる。
「……瞬、どうだ? やったか?」
「あぁ。間違いなくな」
他の神刀と同じく、死者が媒介としている刀を砕けば、その命は地上から離れる。
霊刀山と結びついていた頃の天霧蒼龍なら倒す事は難しかったが、神刀を持って霊刀山から出て来た以上、その刀を砕けば終わる。
全てはミラの予測していた通りだった。
俺はボロボロの時道に肩を貸しながら、倒れている天霧蒼龍へと向かった。
『まぁまぁだったな。ガキ共』
「……天霧蒼龍」
『名を聞かせろ』
「神藤時道……!」
「天霧、瞬」
『時道に、瞬か。覚えたぜ。ガキにしてはそれなりだった。ってな』
淡く光を放ちながら消えてゆく天霧蒼龍を見ながら、俺は小さく息を吐く。
ギリギリの戦いだった。
周囲の破壊された景色と、倒れる侍たちを見ればよく分かる。
『ま、今回の遊びはこれで終わりだ。繋がりも消えちまったしな』
「俺達としては、今回と言わず、永遠に消えてて欲しいんだがな」
『ハッ、それはどうだろうな。世界はお前らが思ってるほど容易くはない。また俺様の様な奴が現れる事もあるだろう』
「……天霧蒼龍」
『なんだ。天霧瞬』
「お前は何故、ヤマトを狙った」
『ハッ。バカかお前。んなモン理由は一つに決まってんだろうが』
消えかかっている体で天霧蒼龍は笑う。
『強ぇ奴とやりたかった。それだけだ』
「……そうか」
『あー。そうだ、消える前に一つ。お前たちに助言をしてやる』
「助言だと?」
『そうだ。次やる時は本気でやりたいからな。少しは強くなれ』
不遜に、自信満々にそう言い放つ天霧蒼龍に呆れてしまうが、まぁヤマトの侍などこんなモノかと納得する。
『まず、時道。お前は、一撃にもっと気合入れろ。俺が見せた天斬りみたいにな』
「……あ、あぁ」
『そして瞬! てめぇは速さが足りない。『島風』の速度はそんなモンじゃない。分かってんだろ?』
「あぁ」
『なら良い。じゃあ、ガキ共。次に会う時を楽しみにしてるぜ!』
そして、天霧蒼龍は笑いながらこの世から再び去っていった。
非情に迷惑ながら、確かな何かをこの地に遺して。




