第16話『あの天霧蒼龍さんが来るのでしょう?』
目の前に現れたモンスターと戦うべく魔術を展開した私であったが、そんな私の前に私より少し大きな影が二つ現れた。
「ヤマトの侍! 新倉颯! 参上!」
「同じく! 桐生宗一郎参上!」
ヘタをしたら私達よりもボロボロで、疲れ切っている二人であったが、その手には立派な刀が握られている。
そして、モンスターに警戒しながら私達の方を見て笑った。
「最高に格好いい場面じゃないか? 宗一郎!」
「あぁ。そうだな。今俺たちは侍……!」
「お主等! 誰の許可を得て霊刀山に来た!!」
しかし、少年たちの行動は、私の後ろに居た御方の怒りに火をつけ、激しいお説教が始まってしまった。
私は、楓ちゃんと二人からやや離れた場所に移動して、楓ちゃんと二人の動向を見守る。
「ひ、ひぇぇ」
「いや、あの! 俺達は巫女姫様の危機を知り」
「そんな言い訳が通ると思っているのか!? 子供だけで霊刀山に入る事は禁止。その決まり事を知らぬワケではあるまい!」
「は、はい~!」
「申し訳ございませんでしたー!」
お説教により、地面に座り込んで頭を下げている二人を見守りながら、私はすぐ隣にやってきた柔らかい何かが私の右手の下に潜り込むのを感じた。
あぁ、これはアレだ。
昔、家に居た小さな魔物が撫でて欲しい時にやる奴。
と、思い出しながら私はその柔らかい何かを撫でる。
それは私の感触が嬉しかったのか、体を震わせながら喜んでいた。
それから、楓ちゃんによるお説教はそれなりに長く続いたが、二人の保護者だという宗介さんと女性の方が現れる事で終わった。
まぁ、二人もしっかり反省しているみたいだし、あんまり怒るのも可愛そうではある。
冒険したい気持ちはよく分かるし!
「それで……巫女姫様」
「なんじゃ。和葉」
「いえ、あちらの方は」
「あぁ、まだ紹介していなかったか。ミラはな。セシル様と同じ聖女……っ!? ミラ!? お主! 何をやってるんじゃ!」
「え?」
「右手! 右手の先!」
はて? 何のことだろうかと右手の先を見ると、例のモンスターが私に撫でられながらプルプルと震えていた。
ちょっと可愛い。
「えと……?」
「ミラ……危険は無いのか?」
「いえ、ちょっと私にも分からないんですが……大人しいですね」
そう。そうなのだ。
先ほどまで暴れていた個体とは別の個体とは言え、撫でられるままに震えているし。
擦り寄ってくる姿は酷く懐いている様にも見える。
「うーん。どういう事なんでしょうか?」
「分からんな。ヤマトは刀を握れば化け物の様に強い者達ばかりじゃが、頭の足りない連中ばかりじゃ。説明できる者はおらんじゃろう」
「それは……まぁ、なるほど」
私は何となく瞬さんや宗介さん達を思い出し、苦笑いをしてしまった。
確かにヤマトに入ってからは常にどこかで誰かが争っていた様な気がする。
「えっと、そうですね。でも、これは私の勘なのですが、多分、この子は暴れないかと思います」
「うーむ」
「まぁ、ただの勘なので、詳細に調べるのはこれからという事になりますが……」
困ったなぁという気持ちのまま私は撫でている右手の先を見た。
そして一応、それらしくモンスターに話しかけてみる事にした。
「あの。あなた」
モンスターは私の言葉に反応してか、体を震わせる。
「これから暴れないで大人しくすることは出来ますか?」
私の問いにモンスターは体を震わせる。
それは肯定なのか、否定なのか。
分からないけれど、どうすれば良いか楓ちゃんに目線を送った。
「……はぁ。構わぬ」
「楓ちゃん!」
「一応今未来を視たが、ソレがヤマトを襲う事は無いみたいじゃな」
「それは良かったです!」
私はモンスターに抱き着いて、表面を撫でた。
モンスターはまるで大きな柔らかいクッションの様な体で柔らかく受け止めてくれるのだった。
それから、私たちはひとまずヤマトに戻ろうとモンスターと共にフソウの街を目指して移動を始める
宗介さんと和葉さんには申し訳ないが、霊刀山の頂上に居るであろう瞬さん達への伝言をお願いした。
「しっかし、ミラを連れてくると問題が綺麗に解決するという未来が見えたが……まさかこういう形で解決するとは思わなかったの」
「そうですねぇ」
「これも聖女の特性か。まさか魔物にまで好かれるとは」
「いや、本当に、私もこれが聖女だからなのか分からないですが」
「他にも理由があるというのか?」
「まぁ、そうですね。実は私の家は代々魔物に好かれる傾向がありまして……おそらく遠いご先祖様の影響かと思うのですが」
「なるほどの。ではその辺りの真相は分からないか」
「そうですねぇ」
私と楓ちゃんはかなりの速さで進んでゆくモンスターに座りながら話を続けた。
「こやつの事に関しては調べる時間はそれなりにある」
「はい」
「じゃが、問題はまだ終わっておらん。ミラも気づいておるんじゃろ?」
「えぇ。そうですね」
私は振り返り、既に遠く離れている霊刀山に目を向けながら思考を回転させる。
「楓ちゃんと霊刀山に行った時、楓ちゃんは言っていましたね。『明日の朝。霊刀山に眠る神刀の一部が暴走し、担い手を求めて暴れ始める』と」
「よく覚えておったの。色々とあって忘れていたかと思ったわ」
「まぁ、記憶力には少し自信があるんです」
「そうか。まぁ、そういう訳でな。これから神刀がフソウに攻めてくるでな。それを止めねばならん」
「はい」
「わらわ達が霊刀山に行った事で落ち着いた者達もいたが、フソウに来るの者達は減っておらん。それに……」
「あの天霧蒼龍さんが来るのでしょう?」
「本当に、お主は頭が良いのぅ」
楓ちゃんの言葉に小さく笑いながら、私は右手を握りしめた。
そして、楓ちゃんを見据える。
「一つお願いがあります」
「うむ」
「レーニさんに協力をお願いしたいです。彼らを止めるのであれば、強力な魔術師の存在が必要です」
私の提案に、楓ちゃんはニヤリと笑って言葉を落とす。
「なるほどな。何故未来を変える為にミラが必要であったのかよく分かったわ。こやつの件に関しても、天霧蒼龍の件に関しても……ミラの頭脳が必要であったからか」
「そ、それほど大した事はありませんが」
「いやいや。わらわはお主と時間を過ごし、確信した。お主の頭脳と、わらわの未来視。そして、愛すべき同胞たちの力があれば、何者が相手であろうと敵ではない、とな」
「あ、はは」
何だか凄い過大評価されていると! と思いながら困った様に笑い、楓ちゃんに言葉を返す。
「ではお主の戦い。期待させてもらうぞ。ミラ」
「ま、まぁ。全力で頑張ります」
「うむ」
それから、私たちはなるべく急いでフソウへ戻り、夜明けの先に襲い来る神刀の群れに備えるのだった。
そして、夜も遅い時間になり、瞬さん達が戻り、続いて雷蔵さんも帰還した。
天霧蒼龍さんを見失ったという報告と共に。
「申し訳ございません」
「そう気を落とすな。暗闇の中では逃げる者が有利。仕方なかろう」
「……しかし」
「まぁ、ここまでの事態は全て想定通りじゃ。雷蔵。お主はよくやっておるよ」
「ありがたいお言葉です」
「うむ。ではこれより作戦会議を開始する。皆、準備は良いか?」
楓ちゃんの言葉を合図として、篝火と呼ばれる照明に照らされた野外の広場で、私たちはこれから始まる戦いの為に話し合いを始めるのだった。
そう。多くの者が巻き込まれ、大きな被害が出る可能性のある厄災からヤマトの国を守る為の戦いだ。
「では作戦の説明は聖女ミラより行う。ミラ。頼んだぞ」
「は、はい! 皆さん! はじめまして。ミラです。では今から作戦会議を始めたいと思います」




