第13話『そうだ、俺は……もう二度と、負けられない』(瞬視点)
(瞬視点)
斬っても、斬っても、立ち上がり頂上への道を塞ぐように襲い来る神刀とそれを操る影を見据えて、俺は小さく息を吐いた。
「……キリが無いな」
弱音を吐いている様な状況でも無いが、それでも自分の無力にため息が吐きたくなってくる。
例えば、そう。
天霧蒼龍の様な天斬りを放つことが出来れば、眼前の敵を全て吹き飛ばす事が出来るだろう。
例えば、レーニの様に多くの魔術を使う事が出来れば、空を飛び頂上へ行く事も出来たかもしれない。
ミラの様に、戦う以外の方法で戦いを終わらせることが出来たなら、傷つけるばかりではなく、命を奪うだけではない選択を見つける事が出来たのかもしれない。
だが、俺はこれしか持っていないのだ。
『如月』と『島風』
たた刃を振り、ただ誰かの命を奪う。
願いを壊す。
祈りを踏みにじる。
そう。暴力はどこまでいっても暴力だ。
誰かの心を救う事は出来ない。
ならば、俺は結局こうして戦う事しか出来ないのか?
他に何か無いのか。
俺が『島風』を握り続ける意味とは何だ。
分からない。
戦い、勝利する以外に俺に出来ることなんて何もない。
ならば、俺はどんな時も、誰が相手でも勝ち続けなければいけないはずなのだ。
「そうだ、俺は……もう二度と、負けられない」
「瞬!? 何をするつもりだ!」
「止めるな! オーロ! 俺は! 俺はもう! 誰にも負けるわけにはいかないんだ!!」
俺は『島風』に手を掛けて、あの男の様に……天霧蒼龍の様に全てを薙ぎ払う様な天斬りを放とうとした。
しかし。
「この! 落ち着け! 瞬!」
「っ!」
大剣を振り回し、周囲の神刀とその影を吹き飛ばしたオーロがその勢いのまま俺に突っ込んできた為、俺は天斬りを放つ事が出来ず、オーロにぶつかった衝撃で地面を激しく転がってしまうのだった。
「瞬!」
暴走……では無いだろうが、オーロの行動に周囲の神刀とその影も、時道も、驚き固まっていた。
何が起きているのか状況を見極めようとしている様だ。
そして、それは俺も同じだ。
「オーロ……っ!?」
「何を暴走してるんだ瞬! 冷静になれ!! 焦る気持ちは分かるがな。あの位置で攻撃を放てば、頂上に居るミラや、お前が大切にしたいと考えている巫女姫様も巻き込む所だっただろうが!」
『……巫女姫様?』
『どういう事だ』
「お前らもお前らだ! いつまで遊んでいるつもりだ! お前らは死してなおこの地に残り、後世の人間を鍛えようと考える程に、この国を、ヤマトを愛しているんだろう!」
『……!』
「だというのに、国を支える巫女姫様の危機に、それを救わんと走る者達の足を止める事が、今お前たちのやるべき事か!?」
『我らは……』
『……国を守る事が我らの意思』
「ならば道を開けろ! ここで争う事に意味はない!! 我らが願うのはヤマトの守護。そして巫女姫様の安全だ!」
オーロの言葉に、神刀とその影たちは動揺しながらも刀を鞘に納め、俺達から離れて道を作って行く。
頂上へと繋がる道を。
「瞬。大丈夫か?」
「……あぁ、問題ない」
「しかし、お前が転がる所など初めて見たぞ。あのオーロとかいう男、中々の者らしいな」
「強い戦士だ。心も、体もな」
「ほぅ。それは面白そうだ。異変を解決したら手合わせしたい物だな」
叫ぶオーロを見て、実に面白そうだと笑う時道に、俺は小さく息を吐きながら笑みを落とした。
「時道は変わらないな」
「そうか? これでもかなり強くなったんだぞ? 確かめてみたいだろう?」
「そういう意味じゃないんだが……まぁ、良い。摸擬戦なら事件が終わってからにしてくれ」
「っ! そうか! やる気になったか! そうだな!帰ってから存分に戦おうじゃないか!」
嬉しそうに、楽しそうに笑う時道を見て、今度は自分を落ち着かせる為に息を吐き、精神を集中させる。
障害も消えて、頂上へ行くために……。
と、だが、その前に一つだけ確認したい事があり、頂上へ向けて歩み出しながら時道に問うた。
「……時道」
「なんだ? 瞬。どうした? 俺の強さが気になるか?」
「いや、それはそこまで」
「……そうか」
目に見えて落ち込む時道を流しながら、俺は改めて口を開いた。
「お前は、何故巫女様が奪われてそれほど落ち着いている」
「雷蔵が居るんだ。無事に決まっているだろう」
「……」
「なんだ」
「いや、それほど雷蔵を信用していたのだな。と思って、驚いていた」
時道は俺の問いに笑いながら、頂上を見据え加速しながら言葉を返す。
「それはそうだろう。雷蔵は忍衆の統領だぞ。何も無く敗北する訳が無い。敗北するならするで、こちらに連絡の一つくらいは寄越すさ」
「……確かにな」
俺は時道の言葉に頷きながら改めて頂上を見据えた。
そして、足を速めながら上を目指し、遂に俺たちは頂上に到達する事が出来たのだった。
「っ! 瞬!!」
「瞬さん!」
大きく広がった霊刀山の頂上では、おそらくは怪我一つしていない巫女様とミラがおり、そのすぐ後ろには雷蔵が立っていた。
時道の予想通り、しっかりと仕事をしていたという事だろう。
しかし、悠長に話をしている状況でも無いようだ。
「あの水の塊はなんだ……?」
「時道! 瞬!」
「宗介に、和葉か! コイツが例の山に入り込んだ奴か!?」
「そうだ! だが、気を付けろ。コイツは何をされてもすぐに再生しちまう!」
「再生だと……?」
時道の疑う様な声と共に、俺もその水の塊の様な物体を見るが、その詳細は分からない。
水を包む膜の様な物があるのなら、それを切り裂けば良いだけの様に思えるが……。
『随分と呑気になった物だな。ヤマトの侍も』
「なんだと!?」
「お前は!!」
宗介と巫女様の間に立っていた影の様な男、天霧蒼龍は俺達を見下す様な笑みを浮かべると、水の塊の懐へ高速で移動し、握っていた木の枝を振るった。
言うまでもなく、確認するまでもなく、アレは天斬りだ。
一度俺を吹き飛ばした技であるが、こうして外から見るとその技の完成度に思わず目を見開いてしまう。
僅かな間に相手の懐へ飛び込む速さも、その抜刀速度も尋常ではない。
しかも神刀を使わずにこの速さだ。
『島風』を握っていたらどうなるか、等という事は考えるまでも無いだろう。
そして、天霧蒼龍の放った天斬りは、確かに水の塊の様に見える生き物を捉え、その体を砕くような一撃を放った。
しかし空に舞い上がった水の破片は空で再び一つになり、何事も無かったかの様に巨大な水の塊に戻って天霧蒼龍の元へ落ちてくるのだった。
『と、まぁ。こんな所だ。分かったか? お前たち。理解など実際に見せる方が遥かに早いのだ』
「これは……」
天霧蒼龍の一撃を受けても平気に動き回っている生き物を見て、俺も時道も、オーロも言葉を無くしてしまった。
強いとか、弱いとかそういう次元ではない。
この生き物を排除する為にどうすれば良いのか、その案が浮かばない程には衝撃的な再生能力だった。
『さて、どうしたものかね。俺様としても、こんな奴に荒らされちゃあ困るんだ。ここは俺様の国だしな』
「何がお前の国じゃ!」
『へっ、力のない小娘は黙ってな! 何を言おうが、最後には力が物を言うんだ。無力なガキに出来る事なんてねぇんだよ!!』
「あります!!」
『ん?』
「楓ちゃんに出来る事はあります! いえ、楓ちゃんにしか出来ない事が!!」
天霧蒼龍の言葉を受けて、怯えたように一歩引いた巫女様を守る様に前に出たミラが叫ぶ。
確かな確信を瞳に宿しながら。
『どういう意味だ』
「私、分かったんです。このモンスターを倒す方法が!」
ハッキリと、そう宣言したミラに視線が集まる中、ミラはいつもの様に笑いながら人差し指を立てるのだった。




