第11話『俺の刃は人を傷つける為にあるのではない。大切な人を守る為にある』(瞬視点)
(瞬視点)
「しっかし、お前が負けるとはな」
「すまないな」
「謝る様な事じゃねぇよ。完璧になんでもこなせる奴なんて居ないからな」
しかし、と宗介は続ける。
霊刀山を管理する者が寝泊まりする小屋から霊刀山を見つめながら。
「アレはいったいどういう事なんだ?」
「俺にも分からん。俺とオーロが到着した時には既に、異常は起こっていた」
「そうか」
「でも宗介君。確かに霧は濃いけど。それだけよ? 何か異常が起きている訳じゃないわ」
「それはそうなんだろうけどな。ここに来た時から嫌な予感が消えないんだよ」
「……」
宗介の言葉に和葉は息を呑みながら、窓から霊刀山へと視線を向けた。
俺達が入った時から霊刀山は何も変わっていない。
道すら分からなくなる濃い霧に覆われているのだ。
「しかし、どういう状況なんだ。これは。何か分かるか? 瞬」
「いや、俺にも分からない。外の世界はそれなりに見て来たつもりだが、こんな状況は……いや、待てよ?」
俺は外の事を思い出しながら、俺以上に頭が良く情報も持っている人間へと視線を移した。
そう。オーロである。
「オーロ」
「何となく話を振られる気はしていたが、俺も完全な回答を持っているわけじゃないぞ」
「それでもだ。今は少しでも情報が欲しい」
時道はヤマトを率いる者としてオーロに頭を下げながら改めて同じ問いを投げかけた。
霊刀山に起こっている異常。その原因に心当たりはあるか、と。
オーロは時道の問いにふむと考えながら一つ一つ言葉を選ぶ様にして話を始めた。
「まず一つ、分かったことがある。それは霊刀山の魔力濃度が異常に濃いという事だ」
「魔力濃度?」
「そうだ。この世界にはあらゆる場所に魔力と呼ばれる物があるんだが、コイツが濃い場所ってのは何か異常な事が起こりやすい。今の霊刀山の様にな」
「魔力が濃くなった原因は何か分かるか?」
「それは正直難しいな。俺が知っている話だと、ドラゴンが暴れまわった場所は濃くなるとか、魔法使いが住んでいた場所は濃かったとか色々あるが……今回がどういうケースか、俺にも分からん」
「そうか」
オーロの言葉に時道はやや落ち込みながら頷き、そして腕を組みながら首を傾げた。
おそらくは、この事態を解決する方法を考えているのだろう。
しかし、簡単に答えを見つける事は出来なかったらしく、足を叩きながら分からんと勢いよく叫んだ。
「原因がよく分からんことは分かった。だが、出来る事はあるはずだ。そうだろう? 瞬」
「あぁ」
「あぁ、そうだろうとも! こうなれば霊刀山に入り、怪しげな物を片っ端から斬って事態の解決を……」
「っと! それに関してだが、例の瞬を倒した男が奇妙な事を言っていた」
「奇妙な事だと?」
「あぁ。霊刀山に妙な生き物が侵入して神刀が暴走しているとな」
「っ! という事は!!」
時道は、オーロの言葉に答えを見つけたらしく、笑みを浮かべながら頷いた。
そして、俺も、宗介も和葉も目的を見つけ、頷く。
「その妙な生き物をどうにかすれば異変は解決するという事だな」
「その可能性が高いな」
「ならば、まずはその妙な生き物を探すとしよう。宗介。和葉。お前たちは忍衆と共に、霊刀山を探索し、その妙な生き物を探してくれ」
「あぁ」
「分かったわ」
「俺と時道はどうするんだ?」
「決まっている」
時道は腰に差していた『神風』を握り、ニヤリと笑った。
「俺と瞬は天霧蒼龍を追う。奴は巫女姫様と聖女殿を狙っているのだろう? ならば急ぎ倒すべきだ」
「……時道、お前」
「なんだ。文句があるのか? 宗介。俺は『睦月』を持っているヤマトの代表代理だぞ」
「分かった分かった。お前に譲るよ」
強者の話を聞いて、我慢が出来なくなったのか、時道は自分に都合が良い様に部隊を分けると、横暴にも権力で押し通すのだった。
ヤマトにおいて、力こそ全て。
前回の祭りで『睦月』を手に入れた時道は全てにおいて正しいのだ。
「という訳だ。早速行くとしよう。油断せずな。何せ霊刀山には瞬を倒した男が居るという事だからな」
「……楽しそうだな。時道」
「楽しい等という事はない! これはヤマトを守る為に仕方なくだな」
「はいはい。分かったから。もう黙れ。時道」
「何が分かったというんだ。宗介。俺は真面目にヤマトの事を考えて居るんだぞ」
「そこを嘘だとは思わねぇが、少しは自重もしろ。戦闘バカめ」
「より強者との戦いに挑んでこそ! ヤマトの侍として誇りある姿だと言える。そうだろう? 瞬」
「あぁ、そうだな」
俺は霊刀山の頂上付近を見上げながら、時道の問いに答えた。
巫女様。ミラ……。無事であれば良いが。
「どうだ。瞬もこう言ってるぞ」
「いや、どう考えても瞬の頭には巫女姫様とあのお嬢ちゃんの事しか無いだろ。お前の事なんか欠片も見てないぞ」
「何ィ!? 瞬! 俺を見ろ! 俺は以前よりも強くなった。そう! お前よりも強くなったんだぞ!」
「あぁ、そうだな」
「ほれ見ろ。聞いちゃいねぇ」
「くっ!! これも全て俺が弱いからか!! だが、だが俺は諦めん! 瞬、お前の好敵手は俺だ。瞬!!」
「……騒がしい奴だな」
「そうさせたのは宗介君でしょう? 駄目だよ。時道君で遊んじゃあ」
「へっ、こっちを大して面白くもない任務にしてんだ。これくらいは良いだろ」
「まったくもう」
俺は心細くて泣いているかもしれない巫女様とミラを想いながら島風を強く握りしめた。
そして小さく息を吐きながら精神を集中させる。
「……今度は、負けられない」
「瞬」
「なんだ。オーロ」
「そう気負うな。確かにお前のプライドもあるんだろうが、ミラたちが囚われている以上、お前も普段通り戦う事は難しいだろう。まずは二人を救出。その後にじっくり戦えば良い。今度はお前のプライドを取り戻しにな」
「……そうだな」
俺は俺に出来ない器用な戦い方が出来るオーロが傍に居る事に安心を覚え、オーロのいう通り、まずは二人を助ける事に意識を集中させる。
焦りは揺らぎを生む。
迷いは刀を鈍らせる。
必要なのは真っすぐな心だ。
そして、正しくあろうとする心。
母上がそう俺に願っていた通りに生きるのだ。
「俺の刃は人を傷つける為にあるのではない。大切な人を守る為にある」
忘れない様に、強く心に刻みつけて俺は霊刀山に向けて歩き始めた。
必要なのは強さではない。
大切な事は、心だ。
「ふっ、準備が出来た様だな。瞬」
「あぁ。待たせたな。時道」
「では行くとしよう。オーロも、問題無いか?」
「問題ない。が、道案内は任せたぞ」
「無論。例え先が見えずとも、ここは我らが生まれた時より駆けた遊び場。今更迷う物かよ」
時道は自然な動作で『睦月』を抜くと、いきなり全速で霊刀山の中に突入していった。
俺やオーロに付いてこれるかとでも言うように。
それに対する答えは決まっている。
「先に行くぞ。オーロ」
「あぁ、後ろは任せろ」
そして俺たちは霊刀山の中に入り、少し前にオーロと踏み込んだ時以上の神刀とその影に襲われながら、ただひたすらに頂上を目指すのだった。
目指す目標はただ一つ。巫女様とミラのみ!!
立ちふさがる障害は全て……壊して進む!!
「『如月』!!」
俺は腰に差した『如月』を抜いて、近くに居た影を両断し、その勢いで上に跳んだ。
空中に跳んだ俺を影たちが地上から刃を構えて狙うが……既に遅い。
『如月』を納刀した俺は、神速で『島風』を抜き、影を蹴散らしてゆく。
「美しい太刀筋だ。また強くなった。昨日よりも! だが!! それは俺も同じだ!! 『神風』!!」
俺が『島風』を振るう事で出来た隙を時道とオーロが埋める。
そして、俺達は風の様に山を駆けあがってゆくのだった。




