第9話 魔族:ディルナーデ
遡ること数分前。
エドラスがギドーと激戦を繰り広げている頃。
「ふぅ……モンスターの侵攻はだいぶ収まったか……」
ルーピンはモンスターの侵攻を抑え、一息ついていた。
「こちらも終わりました」
「お疲れ様、ヒリス」
「あの、おじ様……気になることが」
「うん、わかるよ。屋敷で大きなマナがぶつかり合ってるね」
「だ、大丈夫なのでしょうか……。エドが何か巻き込まれて……」
「大丈夫だ。ロータスもいるし」
「そう……ですか……」
ヒリスは心配そうな表情で踵を返す。
しかし、次の瞬間だった。
「ヒリス!!!!!」
「え……?」
いつの間にか、ヒリスの背後にはフードを深く被った青年が立っていた。
その手には剣が握られており、今にもヒリスを突き刺す寸前だった。
〔ドンッ……〕
「うっ……お、おじ様……?」
「がはっ……」
ルーピンはヒリスを庇い、凶刃をその身に受けた。
「ルビウスの方じゃなくてアルノシアの方が危険そうだったんだが、まぁいいか」
「ぐぁ……」
フードの青年はルーピンを蹴り飛ばす形で剣を引き抜いた。
「私達のマナ感知を掻い潜って……」
「なに……ものだ……」
フードの青年は意気揚々とローブを脱ぎ捨て、仰々しく一礼した。
「お初にお目にかかる。俺の名前はディルナーデ。魔族と呼ばれる者だ」
「魔族だと……!?」
紫色の瞳、漆黒の角、特徴は一致している。
「先代たちの無念を晴らすべく、表の世界へ乗り出してきたのだ」
「先代たちの無念……?」
「ああ、『魔神による世界の支配』だ」
盛大に言い放ったその言葉に偽りは無かった。
この男、ディルナーデは本気で魔神の復活を目論んでいると、その場にいるものは直感的に感じ取った。
「馬鹿なこと言わないで!!」
「おっと」
ヒリスはディルナーデに斬りかかる。
「そんなことさせるわけないでしょ」
「なら、止めてみろよ。最も、貴様1人で俺に勝てるかな?」
ディルナーデはニヤケ面でヒリスを挑発する。
「この……」
「ヒリス!冷静に……なりなさい……。今は……リックもいない……」
「だったらどうしろと!?ここで誰かが戦わないと、この街は滅びます!」
ヒリスの言うこともご最もだった。
今この場でディルナーデを倒せる可能性があるのはヒリスだけであるのも。
だが、ディルナーデの力は底が知れない。覚醒したばかりのヒリスでは不安要素が多すぎるのだ。
「回復スキルの人!!おじ様……ルーピン様を手当して!!重症よ!避難所に連れて行ってコーデリア様に!」
「は、はい!!」
呼ばれた1人の騎士はルーピンに応急処置を施し、抱える。
「無視か?」
指示を出すヒリスの背後にディルナーデが迫る。
「うるさいわね!!!」
「おっ」
全力でディルナーデを蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされたディルナーデは森の奥まで飛ばされた。
「民の避難は……済ませてある。存分に暴れろ……ヒリス」
「はい!!」
ヒリスは闘志を滾らせディルナーデの後を追った。
その背中を見送った後、ルーピンは気を失った。
◇
「木が鬱陶しいわね……」
ディルナーデの位置はマナ感知で把握できている。
ヒリスは安易に距離を詰めないよう慎重に立ち回っていた。
「仕方ないわね……。ごめんなさい。あとで植樹募金するから」
剣に雷を纏わせ大きく振るう。
拡張された雷の刃は当たり一帯の木々を真っ二つに切り裂き、見晴らしを良くした。
「覚悟しなさい!!」
ヒリスはディルナーデのマナを感知し、背後に回り斬りかかった。
しかし、ディルナーデの形をしたソレは斬った瞬間煙のように霧散し消えてしまう。
「これは……」
「分身だ」
「くっ……」
ヒリスの背後からディルナーデが現れ、刃物のように伸びた長い爪で斬りかかるが、すんでのところで受け止める。
「完全に背後とったと思ったんだけど。凄い反応速度だ」
(コイツ……マナを全く感知できない……)
「今のがあんたのスキルのようね」
「まあな」
「他にはどんなスキルを持ってるの?」
ヒリスの突拍子のない質問にディルナーデは唖然とする。
「ははっ!!お前面白いなぁ!戦いの中でスキルを明らかにするとかじゃなくて、直接本人に聞くのか!」
「回りくどいのは苦手なのよ」
「そうか。じゃあ、君の力で明らかにしてみろよ」
鉤爪と雷を纏った剣が激しくぶつかり合う。
ヒリスは戦いのさなか、エドラスとの会話を思い出していた。
◆
「今日は魔族について勉強しよう」
エドラスは手に持つ本をヒリスの目の前に置いてそう言った。
「魔族?」
「ああ、人類の敵だ」
「そのくらい知ってるわよ。魔神を崇めてるイカれた種族でしょ」
ヒリスはそう言いながらため息をつく。
「でも、魔族って800年前に滅んだんじゃないの?」
「まぁな。でも、学んでおくに越したことはないだろ?」
「まぁ、そうね」
置かれた本に目を通すと、エドラスは順番に説明を始めた。
「魔族。魔神を崇め、人間を滅亡させ世界の支配を目論む人間の永遠の敵。あいつらの特徴についてはわかるか?」
「もちろん。漆黒の角に、紫色の瞳。紫色の瞳を持つ種族は魔族しかいないから」
「その通り。それに加えて禍々しいマナを生まれつき宿している。だがそのマナを感知するには特殊なマナ感知能力が必要だ」
すると、ヒリスはうずうずしながらエドラスに視線を向けた。
「魔族って、やっぱ強いの?」
「気になるのそこなんだな……。もちろんめちゃくちゃ強い。今のヒリスじゃ敵わないだろうな」
「えー、やってみないとわからないじゃない」
「それもそうだな」
エドラスはふっと柔らかく笑うと本のとあるページに指を差した。
「魔族の圧倒的強さの1番の要因はこれだ」
「【スキルの複数所持】?そんなことって有り得るの?」
「有り得るさ。魔族は人間とは身体の作りが違うし、そもそもあいつらが信仰しているのは魔神だ。といっても皆が皆スキルを複数持っている訳じゃないがな」
「魔神と神って何が違うの?」
ヒリスの失礼極まりない質問にエドラスは少しムッとする。
ヒリスも自分の発言に何かを察したのか気まずそうに目を逸らした。
「神を信仰してない俺でも今の発言はどうかと思うぞ」
「ご、ごめんなさい……」
エドラスはため息を吐きながら、神と魔神、そして、魔族について説明を始めた。
「神は各系統の権能に対し1柱ずつ存在するが、魔神は世界でたった1柱しかいない。つまり、魔神ってのは全ての権能を兼ね備えた悪意に満ちた神。神にとっても、人間にとっても最悪の存在だ」
なぜか少し気まずそうにするエドラスは目を逸らしながら話を続ける。
「魔族ってのはその魔神が生み出した生命体の事だ。ちなみに、一々魔族を生み出すのが面倒臭くなった魔神は"魔樹"っていう自動で魔族を産み落とす大樹を作ったらしいぞ」
「その樹はどうなったの?」
「三英雄が焼き払ったそうだ」
「へー」
ヒリスは本に目を通す。
そこには"魔族は絶滅した"と書いてあった。
「魔族が生き残ってる可能性ってあるの?」
「可能性はある。なりを潜めて、また支配する機会を伺っている可能性もあるな」
「もし、生き残ってたら戦うのは私よね」
「まぁな。ただ、今のヒリスじゃ階級持ちで1番下の男爵級にすら勝てないだろう」
「男爵級?」
「魔族に付けられた階級の事だ。主に強さによって階級付けされる。下から男爵級、子爵級、伯爵級、侯爵級、公爵級」
「一番下にすら勝てないって流石に言い過ぎじゃない?」
「いや、妥当だ。1番下の男爵家で3つのスキルをその次の子爵級は4つ、そうやって階級に応じて1つずつ増えていくんだ。それにスキルだけじゃなくて、ステータスも並外れている。とてもじゃないが、今の俺たちでは……」
「なら特訓あるのみね!!」
「は、はは……そうだな……」
◆
エドラスとの会話を思い出したヒリスは現状を確認する。
(ディルナーデのスキルはさっきの分身と……たぶん、気配やマナを消す類のスキルもあるはず……最低でも2つのスキル。どうやらちゃんと階級持ちの魔族のようね)
エドラスの説明を思い出す。
『男爵は3つ、子爵は4つ、伯爵は5つ、侯爵は6つ、公爵は7つのスキルを保持しいている』
「敵を前に考え事か?」
「くっ……」
迫る爪を剣で受け止め、後退する。
「俺に集中することだ。お前程度だと、直ぐに死ぬぞ?」
「笑わせないで」
「お?」
ヒリスの纏う雷に勢いが増す。
「さっき雷王に覚醒したばかりで慣れないの」
「言い訳か?」
「安心して、もう慣れてきた」
ディルナーデの視界からヒリスが消える。
「なっ……」
「目で追えないの?」
「くっ」
背後に回り込んだヒリスはディルナーデの背中に切り傷を負わせる。
しかし、浅い。大したダメージにはなっていないようだ。
「やるな……」
「ふん」
互いに視線を交わす。
ディルナーデの纏う禍々しいマナは増幅し、更に闇を深くする。
「チッ……まだこんなに」
「さぁ、これからだ」
ヒリスとディルナーデの激しい戦いが始まる。
目にも止まらぬ速さで互いにぶつかり合い、その場には衝撃波が生じ、辺りの木々はなぎ倒されていく。
「はっはっは!!!いいね!いいね!!」
「うるっさいわね……」
ディルナーデはまるで遊びのようにヒリスの剣技を受け流し、反撃する。
ヒリスも負けじと力で押し、間髪入れずに斬撃を食らわせていく。
しかし、人間と魔族、その差がこの戦いで顕著に現れてしまう。
「はぁ……はぁ……」
「もうバテたのか?これだから下等種族は」
(どうなってるの……?こいつのマナは無限なの?いや、それよりも……)
「気付いたか?」
傷ついていくヒリスに対して、ディルナーデはかすり傷ひとつ無い。間違いなくヒリスの攻撃は命中していたはずなのに。
ディルナーデはニヤリと笑う。
「【自己治癒】俺のスキルの1つさ」
「男爵級……」
合計3つのスキルの保持。圧倒的なマナの総量。戦闘経験の差。これら紛れもない現実が、この戦いの結末を予想させてしまう。
「まだやるのか?」
「まだよ」
ヒリスは剣を構え、集中する。
「ハァアア!!!」
猛々しい稲妻はヒリスを包み込み、その熱量は市街地にまで届く。
「凄い圧だ。だが、もう後がない。諸刃の剣だな」
「それでも、戦うのよ」
「無駄な努力だというのに、何故そこまでムキになる?」
ヒリスは家族、騎士達、そしてエドラスの顔を思い出して笑った。
「守るべきものがあるからよ!!!」
ヒリスとディルナーデは再度激しくぶつかりあった。
◇
思わず顔を顰めてしまいそうな圧倒的な熱量も、口を覆いたくなるような不快なマナも消えていた。
「がはっ……」
「ふっ……はっはっはっ!!君はよく頑張ったよ。俺にここまで深手を負わせられたんだ。あと2~3年ここに来るのが遅かったら、ワンチャンスあったかもな」
ヒリスの頭を掴んでいたディルナーデはそのまま、前方へ投げた。
「ま……だ……」
「いや、終わりだ」
ディルナーデの手のひらには、禍々しくも力強いマナが集約されていった。その力はますます膨張し、巨大な漆黒のマナの球体を生み出した。
「【ブラスター】俺の4つめのスキル。自身のマナを具現化させ、殺傷力を持たせるスキルだ」
「そん……な……」
ディルナーデの階級は最低でも子爵級だったのだ。
絶望的な状況。
焦土と化したこの場所にはもう誰もいない。
助けは来ない。
「……安心しろ。この土地の民は1人残らず殺す。忌まわしきルビウスが治める土地だからな」
巨大なマナの球体はディルナーデの手を離れ、ヒリスに迫る。
(ちゃんと……逃げれたかしら……)
死を目前にして思うのは、1人の幼馴染の安否。
(エドはもっと強くなるわ……。そんな気がする。もっと強くなったらきっと……仇を取ってくれるはず……)
彼と過ごした日々がフラッシュバックし、気付けば涙がポロリと溢れていた。
(これでいい……。だって私は……エドの専属護衛なんだから……)
覚悟を決め瞳をギュッと閉じる。
しかし、球体は直撃しない。
薄ら瞼を開くと、雷をバリアのように展開した見慣れた男が立っていた。
「らしくないな。泣くなんて」
「え……?エド……?」
「あとは任せろ」
「エド……」
幼馴染が見せた不安そうな笑顔に、ヒリスは思わず涙が溢れた。