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第7話 不穏な影

 

 会場の扉を開く。

 ガヤガヤとした喧騒は一瞬静まり返り、開いた扉に視線が集まる。


「うっ……こういうの苦手なんだよなぁ」


「我慢しなさい」


 ヒリスに背中を指でつつかれ歩みを進める。

 俺はルーピンの隣を歩き、俺の右斜め後ろで控えるようにヒリスが歩く。

 ヒソヒソと半笑いで俺を見て話しているやつもいれば、礼儀正しく領主であるルーピンに頭を下げているやつもいる。


 頬を赤らめボーッとしている男共はヒリスに見蕩れているのだろう。

 まぁ、元々美形だったが、ここ数年で随分と綺麗になったもんだ。

 男共にとったらヒリスは憧れの的なんだろう。


「エド、私は冒険者ギルドのギルドマスターと話があるから」


「はい。俺は適当に時間潰してますね」


「あのなぁ、もっと周りとコミュニケーションを……」


「周りがコミュニケーションをとる気があればですけど」


「はぁ……お前はいつからそんな捻くれ者に……」


 俺をこんな捻くれ者にしたのはこの世界だから、文句なら世界に言ってくれ。

 ルーピンはぶつぶつと文句を言いながら、筋肉ハゲと青髪ダンディの元に行った。

 あの人達が冒険者ギルドのギルドマスターなのか。


「ヒリス、行こう……っていないし」


 俺の後ろにいたはずのヒリスはいつの間にか大勢の大人達に囲まれていた。


「まぁ、どこもヒリスを欲しがるだろうな」


 ヒリスは100年に1人の逸材とも言われるほど優秀だ。進路なんて選びたい放題だ。


 俺はパーティ会場のベランダに出て、風に当たる。

 夕焼けに照らされる街はいつも通りで、街行く人達には笑顔が溢れている。

 平和だ。

 ただ、ひとつ引っ掛かるのはギドーが連れてきたあの男……。


「何者なんだ……」


 そんなことを考え込んでいると俺の前に3人誰かがやってきた。


「おい!」


「?」


 見下したようにニヤニヤしながら声をかけてきたのはおそらく俺と同じ神託の儀式を受けに来た新成人3人だ。


「なにか用か?」


「スキル無しがここに何しに来たんだよ」


 あー、そういう感じ。まぁ、そうだろうな。人間ってそういう生き物だし。


「付き合いだよ。で、お前誰?」


「な、お前!公爵家のくせにこの俺様を知らないだと!?」


「世情には疎くてね」


「はっ!公爵家の末息子は無能ってのは事実らしいな!」


「「はっはっはっは!!!」」


 如何にも三下って感じだ。


「で、誰?」


「そのスッカラカンの頭でしっかり覚えて帰れよ!俺はカマンセ・ドグ!ドグ伯爵家の長男だ!」


 伯爵家かよ!

 あんまり権力にかまけたくはないが、よく公爵家の人間にドヤ顔で伯爵家と名乗れるな。


「そりゃどうもカマンセ。今後とも良しなにー。それじゃ」


「まて!話は終わってないぞ!」


「なんだよ……」


 3人組はニヤリと笑い、カマンセは口を開く。


「お前、ヒリス嬢が可哀想だとは思わないのか?」


「は?ヒリス?何言ってんだお前」


 なにを言い出すかと思えば。

 何が言いたいんだ。


「可哀想?なんで」


「あぁ……なんとお労しい……。古臭い盟約のせいでヒリス嬢は毎日苦しんでいるというのに、この無能のせいで自由を奪われているというのに……」


「……」


 なるほど。そういう事か。

 こいつらはあれだな、ヒリスのファンか。

 たまにこういう奴いるんだよなぁ。

 ほんと面倒臭い。


「んで、どうしろって?」


「簡単な話だ。お前がヒリス嬢に専属護衛の任を解くと宣言すればいい」


「それで?そしたらどうなるんだ?」


「これでもわからないのか……。ヒリス嬢は晴れて自由の身!彼女も年頃の女性だ、友人との青春、恋愛の一つや二つしてみたいと思っていることだろう!」


「まぁ、そうかもしれないが、ヒリスがお前を見てくれるとは限らないぞ?」


「それでもいいのさ。彼女が幸せなら……。まぁ、彼女から枷を解き放った私を見てくれないわけが無いけどね」


「はぁ」


 めでたい頭なことだ。


「さぁ、どうする?」


「どうしよっかなぁ。勝手に任解いたら怒られるし」


「チッ……。古臭い盟約のせいで彼女が苦しんでいるのだぞ!?毎日無能の護衛なぞ彼女を侮辱している!お前が任を解かないと言うのなら私が貴様を成敗してやる!」


 何言ってんだか。

 周りの取り巻き共も「カマンセかっけぇ!」「やっちまえ!」とか言ってるし。止めるべきじゃないのかよ。


「はぁ……。"古臭い盟約"?"俺を成敗"?少しは考えて話したらどうだ?それはこの地の主、ルビウス家に対する宣戦布告と同じだが」


「うっ……!!貴様、権力を傘に着るとは……」


「別にそんなつもりはないが……」


 何言っても通じやしないか。


「まぁ、安心しろ。最初から今日の儀式が終わればヒリスの護衛の任は解こうと思っていた」


 俺の言葉にカマンセはポカンとしている。


「う、嘘ではあるまいな!」


「本当だ。ヒリスを自由にしてやるって意見には賛成だから。分かったらどっかいけ」


 カマンセはニヤニヤと笑いながら俺の前から消えた。

 気持ちわり。


「ねぇ、エド」


「んあ?いたのか」


「マナ感知でわかってた癖に」


 俺の背後にはいつの間にかヒリスが立っていた。確かに、分かってはいた。


「今のどういう事」


「どうもこうも、そのまんまの意味だ」


「私がエドの護衛を重荷だと思った事なんかない!!」


「わかってるさ。あいつらの言い分を鵜呑みにした訳じゃない」


「じゃあ、どうして?」


「お前、最近悩んでいただろ」


 ヒリスは図星なのかビクッと反応する。


「そ、それは……」


「やりたい事があるんだろ?俺は大丈夫だから、自分のことを優先しろ」


「でも!それじゃあ誰がエドを……」


 〔神託の儀式を始める!!子供達は神殿へ集合するように!!〕


 ヒリスの言葉は遮られ、ルーピンの言葉が会場全体に響く。


「ほら、行ってこい。俺は後ろで見てるから」


「うん……」


 ヒリスが数日前から悩んでいるのは知っていた。

 数日前にルビウス邸を訪ねてきた冒険者から色んな話を聞いていたみたいだし。

 冒険者か……。何よりも自由で、世界を旅し、未知を求める。

 夢に溢れた職業だ。


「冒険者か……」


 スキルの強さが物を言う職業。

 ヒリスにぴったりだな。

 常に死と隣り合わせだが、悪くない進路だろう。


 そんな事を考えながら、俺は神託の儀式が行われる神殿へと移動した。


 ◇


 神殿では着々と神託の儀式が進んでいる。


 神託の儀式は特別な行事だ。神殿の壇上にはそれぞれの系統の神が降臨している。

 子供達、そして保護者は膝を付き、頭を下げている。


 俺は膝もつかないし、頭も下げない。偉そうに神殿の壁にもたれて儀式を見守っている。

 俺が神に祈らない事は周知の事実だから、誰も俺のことは気にしないのだ。


『はぁ……』


「ゼリオス様?」


『なんでもない』


 俺の様子を見てゼリオスも呆れているようだ。


 "無能は神には祈らない"


 これは下界でも天界でも共通の認識だ。


『ヒリス・アルノシア。前へ』


「はい!」


 ゼリオス呼ばれてヒリスは返事をして壇に上がる。

 そして、雷の権能を司る最高神ゼリオス自らヒリスの前に立った。


『……ほう。その歳でこのスキル熟練度、ステータスも既に常人の域をゆうに超えているのう。ヒリスよ、お前には2つの選択肢がある。"新たな力を得る"か"スキルの覚醒を促す"かだ」


 正直、雷元素というぶっ壊れスキルを持っている以上ヒリスは新たな雷系統のスキルを得る必要が無い。

 だが、スキルの覚醒に関しては促すだけだから、すぐに覚醒する訳では無い。ゲームで言うとこの『レベルキャップ解放』みたいなもんだ。

 いつ覚醒するかは本人の努力と才能次第だ。


「スキルの覚醒を促していただきたいです」


『了解した』


 ゼリオスはヒリスの頭に手をかざすと、赤黒いマナが放出され、そのマナはゆっくりとヒリスへと吸収されていく。


「ん?」


 すると、ヒリスの纏う空気がガラッと変わった。

 ヒリスの溢れんばかりのマナは可視化できるほどに黄色く変色し、その身を纏っている。

 以前のヒリスとは一線を画す、圧倒的強者の風格。


 覚醒だ。


『はっはっはっ!!!覚醒を促して即覚醒とは!いやはや、恐れ入った!!』


 ゼリオスは大笑い、他の神も驚いているようだ。


『ふむ。即覚醒する者は久しいな。800年前のゲラード、レオナルド、ザドラ以来か?さすがは英雄の末裔じゃ』


 ゼリオスはそう言い、白髭を触りながらチラッとイタズラな視線を俺に向ける。

 お前はどうなんだ?って言いたいんだろう。

 余計なお世話だくそじじい。


『ヒリスよ。スキルは2回覚醒する。つまり、今回を含めばあと1回の覚醒を残しておる。雷元素が覚醒したことで、【雷王】というスキルに変化しているはずだ。努力を惜しまず【雷帝】へと昇格してみせよ』


「はい」


 ヒリスの神託の儀式は無事終わったようだ。雷元素は雷王へと進化。覚醒のお陰でステータスにも恩恵が与えられているだろう。

 ヒリスは100年に1人の逸材どころか1000年に1人の逸材だった訳だ。


『それでは次の……』


「ル、ルーピン様!!!!」


 ゼリオスの進行を遮るように、神殿の正面玄関から1人の騎士が大声を上げて入ってきた。


「おい!今は神聖な儀式の……」


「緊急事態です!3km先の南西の森から大量のモンスターがザドラへと侵攻中!!」


 大量のモンスター?そりゃ一大事だが……。


「はぁ……何かと思えば……。ザドラの周囲には最上位の結界が張られているのは知っているだろう。神話級のドラゴンでも来ない限り破られはしない」


「そ、それが……」


 騎士は顔面を蒼白にさせ、叫んだ。


「結界が何者かによって解除されています!!」


「なんだと……」


 神殿内は一瞬静まり返り、そして、我に返ったように悲鳴が上がる。


「は、早く逃げないと!!」

「南西から来てるってことは、北東へ……」


 神殿は大パニックだ。

 騎士もそんな大声で知らせなくても良かったのに……。まぁ、テンパってたんだろうな。


「静まれ!!!!!」


 ルーピンの一言で場は静まり返る。


「ヒリス!」


「はい」


「お前達の力が必要だ。アルノシア家の戦力を貸してほしい」


「はい!」


 ルーピンの指示を聞き、ヒリスは急いでアルノシアの邸宅へと走っていった。

 そして、ルーピンは神殿内に集まる子供、大人達に向き直った。


「皆、よく聞け。現状は今聞いた通り、北西からモンスターが侵攻している。だが、慌てる必要は無い。ルビウスとアルノシアがいる限り、このザドラに危険はない」


 歓声が上がる。

 ルーピン自身も混乱しているだろうに、今できる最善の方法で現場を落ち着かせた。

 これが当主たる器か……。


「降臨頂いた神々よ……。このような事になってしまい申し訳ありません……」


『ルーピン、お前の責任ではあるまい。儂らも助太刀したいところじゃが……』


「わかっております。神々は下界では力を行使することはできません。我々で解決しますので、どうか……」


『ふむ。健闘を祈る』


 ゼリオスはジッと俺を見て、軽く頷いた。


 ゼリオスの言いたいことはなんとなくわかる。


「念の為、民はできる限り北東へ避難するように。緊急事態のため、北の廃村を避難所として解放する」


「「「はっ!!」」」


 ルーピンは一通り指示を出し終わり、俺の方を向いた。


「エド、お前もなるべく北東へ避難するんだ」


「俺も戦います」


 俺の言葉にルーピンは少し驚いたように笑った。


「ふっ……嬉しい言葉だが、今のお前では力不足だ。俺は前線に出るから、母さん達を頼んだぞ」


「……はい」


 そう言い残し、ルーピンは神殿から飛び出して行った。


「さて、どうするか……」


 モンスターと戦う経験なんて冒険者にでもならないとほとんど無いからなぁ。

 スキルのレベル上げの為にも一緒に戦いたいんだが……。

 母様を守れと言われた手前、その言葉を裏切る訳にはいかない。

 だがそもそもだ、なぜ結界が解除されていたんだ?

 あの結界をいじれるのは、一部の結界師だけだ。


 嫌な予感がする……。


「急がないと……」


 ◇


【ルビウス家邸宅:ギドーの部屋】


「ど、どういう事だ!!ディル!!」


 ギドーの怒声が部屋に響く。

 ディルと呼ばれたフードの青年は薄ら笑みを浮かべ、窓の外を見ている。


「モンスターの侵攻なんて計画にはないはずだ!!私が当主になるための計画だぞ!!」


 ギドーは手に持つグラスを投げつけ怒鳴り散らかす。


「はぁ……えっと?俺のスキルでルーピンを洗脳し、当主の座を明け渡すように仕向けるだったかな?」


「そうだ!俺の計画をめちゃくちゃにしやがって!」


「バカだバカだと思っていたが、ここまでとは……」


「なんだと……!?」


 ギドーはディルの胸ぐらを掴むが、ディルはその手を振り払い、勢いよくギドーを地面に叩きつけた。


「ぐっ……!!」


「あのな、お前も腐っても英雄の末裔だろ?俺の洗脳は強力だが、さすがに滅級冒険者に匹敵する化け物を洗脳できるほど強力じゃないんだ」


「な、ならなぜ俺の計画に乗った……!?」


「あー、それは暇だったのと……」


 ディルはニヤリと笑う。


「この街をぶっ壊し、我らの拠点とする為だ」


「我ら……?」


「おっと、これについてはまだ話してなかったっけ。そうだ、手付金がまだだったな」


 青年はギドーの右腕を掴み、禍々しいマナをに流し込んだ。


「ぎゃぁぁぁぁあ!!!……このマナ……ディル貴様……まさか……」


「はっ、今更後悔するなよ?お前は既に俺に加担している。俺の協力者……つまり、お前は世界から追われる身となる」


 その言葉にギドーはガタガタと歯を震わせ蹲る。


「もう受け入れるしかないんだよ、相棒」


「お、俺は……俺は……」


「そうだ、手付金はどうだ?お前が欲しがってたものだと思うが」


「?」


 ギドーはマナを流し込まれた右腕を見る。そこには蛇のような紋様が刻まれ、禍々しいマナが溢れている。

 そして、その紋様からは僅かな炎が溢れている。


「ははっ、お前に"これ"が無いから当主になれないんだろ?良かったな!」


「ほ、炎系統のスキル……?はっ……ははっ……。これで!!これでオレはぁ!!!」


 ギドーは狂ったように炎を放出し、自室をめちゃくちゃにする。

 目の焦点も合わず、完全に狂ってしまった。


「あーあ、正気失っちゃったか……ん?」


 ディルは窓の外を見る。そこには慌てて戻ってきたエドラスの姿があった。


「あー……ギドー、お客さんだ。あいつを殺してきてくれ」


「ハハハハハハ!!!オレはサイキョウだ!!」


 ギドーは勢いよく窓を突き破り、エドラスの前に降り立った。


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