第5話 レベル1
エドラスが意識を失った直後のこと。
「待て!ルーピン!」
先走るルーピンにリックが声をかける。
「わかってる。マナの反応が消えた」
「どういうことだ。あれだけの膨大なマナが急に消えるなんて……」
「そんなこといいから!早くエド探さないと!」
ヒリスは廃村をくまなく探し始める。
廃屋、畑、馬小屋、しかしどこにもエドラスの姿は無い。
「どこにいるのよ……」
「こっちだヒリス!」
ヒリスに声をかけたルーピンが立っていたのは古い神殿。入口の門にはエドラスと彫られていた。
「エドラス様の神殿……?」
「ああ、エドはここにいるはずだ」
荒れた庭を抜け3人は神殿へと足を踏み入れる。
とてつもなく膨大なマナはルーピンとリックの感知ではこの神殿から発されていたと思っていた。
しかし、神殿内は至って普通。
顔を顰める程のマナも、狂気に満ちたモンスターもいなかった。
そこにいたのは1人の少年だった。
「エド!!」
全能神エドラスを模した隻腕の石像。その前には気を失い横たわるエドラスの姿があった。
「エド!エド!……息はあるな」
ルーピンはほっと胸を撫で下ろす。
「おじ様……エドは……?」
「大丈夫、気を失っているだけだよ。でも……凄い熱だ」
エドラスを抱きかかえたルーピンはその体温の高さに驚く。
息も荒く、震えた体を見てルーピンは心配そうに頭を撫でた。
「早く帰ろう」
「そうだな。まずはエドの安全が最優先だ」
「良かった……」
3人はエドラスが無事であることに安堵し、帰路に着いたのだった。
◇
痛い。
苦しい。
体が引き裂かれそうだ。
ここは標高の高い山の山頂か?酸素が酷く薄く感じる。
身体中が熱い、まるで燃えているようだ。
だが、この地獄の苦しみの中に確かに感じる『権能の鼓動』。
そうか。所有者である俺が転生した今、"こいつ"もまた、生まれ変わるんだ。
暴れ狂うマナを抑え、地獄のような苦痛は次第に収まっていった。
【ルビウス邸】
「ん……ぁ……」
声が上手く出せないな。どれほど寝ていたんだろうか。
俺の手に何かが触れている感覚がある。
細くも芯のある指、日頃から剣を振っているのだろう、手のひらには所々にマメがある。ヒリスの手だ。
「ィ…リス……」
スースーと寝息が聞こえる。どうやら寝てるみたいだ。そういえば辺りは真っ暗だな。
「はぁ……」
マナをなんとか抑えることはできた。
だが、妙だ。
マナの総量が多くなっている。
転生の副産物だろうか、それとも権能を封じたことで何かしらの影響があったのか。
よく分からないが、総量が思ったよりも多かったせいで抑え込むのに思ったよりも時間がかかってしまった。
両親にも心配をかけてしまっただろう。
あと、アルノシアの人達にも。
「ん……?」
ヒリスが目を擦りながら顔を上げる。
「お……はよ…」
辛うじて声を出すことが出来た。ガラガラの声だが聞き取れただろうか。
ヒリスは俺の声を聞き、眠たげな目を俺に向けると、その目を大きく見開いた。
「エド!!いつ起きたの!?神殿で何してたのよ!!」
起きて早々の質問ラッシュ、ヒリスらしいというかなんというか、まぁ仕方ない。
だがその前に。
「水……」
喉が渇いて仕方ない。
ガラガラだと声も出しずらいし。
「え!?あ……うん、待ってて。おば様とおじ様も呼んでくるから」
ヒリスは慌てて部屋から出ていった。
「さて」
1人になれたな。
ゼリオスに権能を解放してもらったが、果たしてどうなっているのだろうか。
【ステータスオープン】
自分のステータスを確認だ。
名前:エドラス
体力:42 G
筋力:43 G
敏捷:65 F
器用:86 F+
マナ:387 S
スキル:該当なし
*パッシブスキル:マナ感知A 精神異常耐性A
(*パッシブスキルとは神から授かったスキルとは違い、誰でも会得可能な常時発動型の身体能力スキルのこと)
ふむふむなるほど。
スキルの欄には何もなし。
権能はあくまで権能。スキルとは違う。
それになんとも脆弱なステータスだ。
俺と同世代の男の平均ステータスはE+~D、俺はFがいい所……。
だが、ずば抜けておかしくなってる欄があるな。
「まじかよ……」
マナが300越え!?Sランクじゃねぇか……。
「確か権能解放前はG-でほぼ無いみたいなもんだったのに」
それに、パッシブにマナ感知と精神異常耐性までついてる……、しかもランクA。
マナ感知はわかるが、精神異常耐性のAって中々会得できないパッシブのはずだが……。
「そうか……。あの地獄のような苦痛の中、正気を保ってたことがこんなとこで役立つなんてな」
なんだか嬉しいな。この12年間なんの変化も無かった俺のステータスに変化が訪れるなんて。
「何をブツブツ言ってるの?」
両親を呼んできたヒリスが困った顔で俺を見ていた。
自分のステータス画面は他人には見えない。他人のスキルを見るには【鑑定】のスキルを持った鑑定師に頼むしかない。
俺が産まれた時に名前の確認に来てたあのじいさんとかが鑑定師だな。
「ちょっとステータスを確認してただけだ」
「なんの変化もないのに?」
「それは……まぁ、そうだな」
自慢したいところだが黙っておこう。
俺が今ここで変化が起こった事を話してしまうと、神殿で起こったことを詳しく聞かれるだろう。
それは俺とて本意では無い。言い逃れする術はあるが、何よりめんどくさい。
ヒリスから渡された水を一気に飲み干す。
「エド!大丈夫!?どこかおかしいところは……」
「大丈夫ですよ母様。おかしいところはありません」
「本当に?治癒スキルを……」
「だ、大丈夫ですって」
心配性だなぁ。こんなとこで最上級治癒スキル使ったらいざと言う時どうするんだ。
まぁ、親としては心配なのだろう。
「エド、体はどうだ?」
ルーピンが俺の隣に座ってきた。
「異常はありませんよ。いたって健康です」
「そうか、ならいいが。何があったのか聞きたいところだが……1週間ぶりに目覚めたんだ。話はできそうか?」
「……1週間!?」
1週間も寝てたのか……。流石に寝すぎだ。やりたいこと試したいことが沢山あるのに。
「エドが寝てた1週間色んなことがあったわ」
ヒリスが疲れた様子でこの1週間あったことを話してくれた。
まず、膨大なマナの出現でマナ感知をできる者は大騒ぎ。
俺を救出した後、各駐屯所にいる騎士をかき集め膨大なマナの根源を探す臨時の隊を組んだそうだ。
当然、根源は見つかるはずもなく調査は終わった。
そして、謎の膨大なマナの出現の報告をする為にルーピンは国王に会いに行ったらしい。話を聞いた国王は「俺も調査に参加したい」と言い出し再度調査隊を組み、ルビウス領を隈無く調査したそうだ。
「それで、進展は?」
ルーピンとヒリスは両手を上げる。見ての通り、お手上げだ。
それもそうだろう。その根源は今あんたらの目の前にいるんだから。
「国王様は?」
「あの戦闘狂……んんっ……国王様はもうお帰りになられた。忙しい人だからな。エドにもお大事にと声をかけられていたぞ」
「そ、そうですか……」
確か現ルーカディア王国の国王は剣術の達人って話だっけか。
【水元素】スキルを持っている上に剣術の達人。リックやルーピン然り、英雄の末裔は皆強いんだな。
「一応危険だから廃村へ繋がる道と山は封鎖した。エドラス様には申し訳ないが、こればっかりは……」
「大変でしたね」
「他人事じゃないだろ。エド、神殿で一体何があったんだ?」
やっぱり聞かれるよな。
さて、どう答えるか。
「急に膨大なマナが出現して、いつの間にか気を失ってました。たぶん、大きすぎるマナにあてられたんだと思います」
「まぁ……そうだよな」
当然の反応だな。
俺みたいな軟弱な人間では圧倒的なマナの威圧に耐えることはできない。人によってはマナが暴走し、今回の俺みたいに高熱で倒れることもあるのだ。
「ですが……マナにあてられたのか、少し変化が」
部屋にいる人達は頭にはてなマークを浮かべ俺を見る。
「どうやら、マナ感知ができるようになったみたいです」
「「え!?」」
このくらいは話したっていいだろう。
全て隠すのは、なんか気が引けるし、全ては隠さず、一部の事実を話しておけば疑われにくくもなるはずだ。
「そ、そうなのか!?」
「はい、父様」
「だが、いきなりそんなことが……?」
まぁ、簡単には信じられないだろうな。
「……そうですね。扉の前に、ギドー兄さんとルーカス兄さんがいますね」
〔ギクッ!!〕
2人はさっきから扉の前をうろちょろしていた。マナ感知を使える人達は気付いていただろう。
「お、おぉ……。本当に使えているみたいだ……」
「膨大なマナを受けたことで何かしらの変化を受けたのか」
ルーピンとリックは顔を見合わせる。
「エド、そのマナ感知は使い方次第で色んなことができるスキルだ。中には少し先の未来を読む者もいるのだとか」
確かに、少し先の未来を読む人間はいたな。だがそれは"神域"と呼ばれる神の領域に踏み込んだ人間だけ。例えば、三英雄とか。
「スキルが無くとも、人間そのものにはそれだけの可能性がある。その力大切に磨き、育てなさい」
「はい、わかりました」
ルーピンは嬉しそうに俺の頭を撫でた。
何も無かった人間に唯一の力が発現したんだ。そりゃ嬉しくもなるか。
「それじゃ、ゆっくり休みなさい」
「また会いに来るわね!」
「お大事に」
ルーピン、リック、ヒリス、コーデリアの4人は俺の部屋から出て行った。
「……兄さん、なにしてるの」
扉の影でこちらを見ていた2人に声をかける。
「無能野郎がいい気になってんじゃねぇぞ」
「マナ感知が使えたってお前は弱いまんまだからな!」
そう言いながらギドーとルーカスは俺に殴りかかろうとしてくる。
こいつら……。俺が病み上がりだってのに容赦ねぇな。
俺に何かしらの能力が発現したのが気に食わないんだろうな。
だが……。
〔バチィッ!!!〕
「「ぐああっ!?」」
2人は見えない壁に阻まれ、勢いよく弾き飛ばされた。
残念ながら俺の周囲には物理結界が張ってあるのだ。
こうなることを危惧したコーデリアが結界師(結界系統のスキル持ち)に頼んで結界を張ってもらったんだとか。
さすがに動けない怪我人を襲うのはライン超えだからな。
「兄さん達見えないの?あ、そっか。マナ感知使えないもんね」
「ぐっ……てめぇ!!」
「や、やめようギドー兄さん。この結界は破れない」
いやぁ、天界でFPSをしてる時は煽って何が楽しいんだって思ってたが、こういう煽りは中々スッキリするもんだ。
「くそっ!結界から出たら覚えてろよ!」
素晴らしく三下らしいセリフを吐き捨て、慌てて部屋から出て行った。
そんな2人を鼻で笑い、俺は目を瞑る。
精神の奥に感じる確かな権能の鼓動。
封印が解かれた事で産声をあげたのだ。
今の模倣の権能はレベル1。どうやら権能にもスキルと同じように1~10までレベルがあるようだ。
本来、神の持つ権能にレベルなんて概念は無いのだが、これも俺が人間の身体で権能を宿すためのシステムなんだろう。
権能に集中すると頭の中に文字が浮かぶ。
【現在模倣可能なスキルを表示します】
・武具生成(所持者:ルーカス・ルビウス)
・身体強化:剛(所持者:ギドー・ルビウス)
・雷元素(所持者:ヒリス・アルノシア)
・炎帝剣(所持者:ルーピン・ルビウス)
・女神の癒し(所持者:コーデリア・ルビウス)
・神剣召喚(所持者:アルフィ・ルビウス)
「今模倣できるのはこの6つか」
模倣の条件は"その身に所持者のマナを一定以上受ける"ことだ。
ルーカスの武具生成、ギドーの防御に特化した身体強化:剛は日頃殴られているから知らず知らずに条件を満たしたのだろう。
ヒリスの雷元素はいつも一緒にいるからマナの影響を受けたのか。
両親のスキルは言わずもがな、俺にベッタリなお陰だ。
しかしアルフィのスキルも模倣対象に入ってるとは思わなかったな……。
アル姉には昔よく稽古を付けてもらっていたし、両親よりもベッタリだったこともあるぐらいだ。その影響だろうか。
「んー、スキルランクなら最上位の神剣召喚、雷元素と女神の癒しだけど……ぐっ……痛てて……」
3つ選ぼうとするととてつもない頭痛に襲われる。恐らく、今俺に模倣できる数は1つだけだ。
「まぁ、これだよな」
【権能を行使します】
鏡に映る俺の瞳が銀色へと変化している。神の証である銀色の瞳……。権能を行使する場所をしっかり考えないとな。
模倣が完了したのか俺の瞳はいつもの赤色に戻っていた。
【ステータス】
名前:エドラス
体力:42 G
筋力:43 G
敏捷:65 F
器用:86 F+
マナ:351 S
スキル:雷元素Lv.1
パッシブスキル:マナ感知A 精神異常耐性A
【女神の癒し】と迷ったが、【雷元素】の力の中に"緑雷"っていう持続型の回復技があるから、回復に特化したスキルよりこっちの方が良いという判断だ。
「雷元素か……。ゼリオスの力だよな」
人差し指に意識を集中させる。
すると、バチッとスタンガンほどの雷が出現する。
「まぁ、スキルの扱い方は権能使う時と似たようなもんだな」
雷の権能なら天界でも結構使ってたし、扱い方はほぼ完璧だ。
この調子なら、スキルのレベルもすぐ上がるだろう。
ルーカスとギドーの目を盗みながら練習するのは骨が折れそうだ。
「それよりも今日から体がしっかり成長するんだよな。なら、やることは一つだ」
俺は運動着に着替え、木剣を持つ。
意気揚々と部屋の外に出ると、扉の前には専属執事のロータスが立っていた。
「ロ、ロータス……?」
(マナ感知に反応しなかった……!?)
「ふふっ、驚いた顔ですね。どうやら、エド様のマナ感知はまだ未熟なようで」
未熟だ……?ふざけるな!俺のマナ感知はAランクだぞ……?
Aランクでも感知できないほどの、完璧なマナの隠蔽……。マナを感知できるようになったからこそ分かる、ロータスは只者じゃない。
「そ、そうだね……。まだ未熟なようだ」
「悲観する事はありませんよ。マナ感知が既にSランクの当主様やリック様、ヒリスお嬢様なら気付いて当然ですが、エド様はまだ目覚めたばかりですから」
まさか専属の執事に煽られるとは……。
「その木剣は?」
「え?あ、っと……」
なるほど、無理はしないってロータスにも言ってしまったっけ。
もう剣術はしないって言ってしまった手前、ロータスは少し怒っているのか。
「エド様。1週間眠っていたのですよ?いきなり剣術の訓練は良くありません」
「わかった、大人しく寝て……え?」
「いきなり激しい訓練ではなく、軽いウォーキング、慣れたらランニング変えることをおすすめします」
大人しく寝てろって訳じゃないのか。
「わ、わかった」
「日常的に運動をすることは好ましいことです。マナ感知を扱えるようになったエド様なら、余計なトラブルを回避することも可能でしょう」
なるほど。ロータスは俺が兄弟にボコボコにされるのが心配だったのか。
今の俺なら2人が来る前に察知して逃げることができる。
まだ、あの2人には敵わないから。
「いつか、エド様に剣の才が花開く事を願っております」
「ありがとう、ロータス。行ってくる」
「剣は置いていってください」
「は、はーい……」
木剣を部屋に置き、俺はトレーニングを開始した。
身体能力が成長する喜びを噛み締め、トレーニングしすぎた次の日、俺が筋肉痛になったのは言うまでもない事だ。
模倣の権能を解放し、己の力を伸ばすためトレーニングの日々が始まる。
そして、3年の月日が経った。