表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/19

第3話 神に祈る日

 

 〔コンッコンッ〕


 勉強も一段落したいいタイミングで部屋の扉を誰かがノックした。


「ちゃんと勉強してるのね、偉いわ」


「お邪魔してます、シルさん」


「いつもありがとね、エド。助かるわ。この子エドが教える時はやる気出すのよ」


「余計なこと言わないでよ!」


 このヒリスにそっくりな茶髪の女性は現当主リック・アルノシアの妻シルアナ・アルノシアだ。


「ん?礼服ですか?」


 シルアナはいつものラフな格好ではなく、礼服と言われる黒い服を着ている。


「ええ、今日は年に一度の"神礼の日"だからね。ヒリスが忘れてないか確認に来たの」


 そういや今日だったな。嫌な日だ。


 "神礼"とは簡単に言えば神が下界に降りてくる日の事だ。

 人間は自分が授かったスキル系統の神の神殿へ赴き、神と対話することを目的としている。

 何を話すかってのは様々だが、大体スキルの強化の仕方とかどう使えばいいかとかお悩み相談だな。


「ヒリス?」


「い、今から準備しようと思ってたの!」


 これは完全に忘れてたな。神に対してなんと不敬なやつだ。


「ごめんなさいね。エドはどうするの?」


「俺には会いに行く神はいないので、いつも通り時間潰しますよ」


「また一緒についてきてもいいのよ?」


「い、いや、やめときます……」


 実は過去に1度、ヒリスの神礼について行った事がある。

 人間から見た神礼ってのはどんなものか気になったからだ。

 だが、どこぞの最高神様が俺の顔見るなり『げっ』と言葉を吐き捨てそそくさと天界に帰ってしまったのだ。


「あの時のこと気にしてるなら……ゼリオス様はお茶目な方だから、気にしないでね……?」


「気にしてませんよ」


 おい、ゼリオス。最高神のくせに庇護すべき人間に気を遣わせてどうすんだよ。


「じゃあ、私達は行ってくるけど大丈夫?」


「はい、家にはロータスがいるはずなので」


「ごめんね、エド。またね」


「またな」


 手を振るシルアナとヒリスを見送り、俺は空を見上げる。


「まだ明るいな」


 傾いた日が街を照らしている。

 今日は神礼の日だから家に帰ってもコーデリアはいないだろうし、帰る理由もないな。

 ギドーとルーカスがいないのはありがたいが、家にいるとどうも息苦しくなる。


「使用人達にも馬鹿にされてるしなぁ」


 宛もなく歩みを進めていると、賑わいを見せる神殿が見えてきた。


「あれは……"武神アレウス"の神殿か」


 アレウスの権能は"身体強化"を基本としている。つまり、強化系統のスキルはほぼアレウスの系統と言ってもいい。

 ちなみに、世界で1番多いスキル系統は強化系統だとも言われている。


「そう言えば……。俺の神殿ってあるのかな」


 ふと疑問に思ったが、エドラスという神は生きていることになっている。つまり、神殿も残っているってことだ。


 3英雄がブイブイ言わしてた頃はあいつらの名声が高まるにつれ俺の知名度も一気に上がっていったんだが。


「聞いてみるか……」


 俺はルビウス邸に戻り、父ルーピンが仕事をしている部屋をノックした。

 ルーピンは仕事が忙しくて神礼には行けないらしい。


「父様、いらっしゃいますか?」


「おー、エドか。いるぞー」


 扉を開けるとゲッソリしたルーピンが書類にペンを走らせていた。

 なんでこんなにゲッソリしてんだよ。


「と、父様?」


「あー、これな。俺がリックと狩りばっか行ってたせいで溜まった書類だ。我ながら馬鹿だよなぁ。コーデリアにもドヤされたよ。ハハッ……」


「そ、そうですか……。でもリックさんにそんな様子は……」


「あいつな!あいつ裏切ってたんだよ……。俺と遊んでばっかだから、同じだと思ってたのに……。陰でちゃんと仕事してやがった……」


 それは自業自得じゃ……。

 確かに、リックは完璧人間って感じだから仕事に追われてるイメージはない。

 どっちかと言うとルーピンの方がやんちゃな印象だ。


「んで、どうしたんだ?エド。まさか、仕事手伝ってくれるのか!?」


「手伝いません」


「だよな……」


 前に仕事を手伝ってる所をコーデリアに見つかってから、ルーピンのついでに俺もこっぴどく怒られたんだ。とんだとばっちりだ。


「父様、俺と同じ名前の神様って今もいるんですよね?」


「ああ、いらっしゃる。"全能神エドラス"様。模倣の権能を司り、この世の理たるスキルの概念すら超越するお方だ」


「そう……ですか」


 この世の理を超越する……ね。言い得て妙だ。


「だが、実際エドラス様が最後に下界に降りられたのは約800年前だって言われてる。やっぱり、とんでもない権能を持っているから中々スキルを与えられないのかもなぁ」


 うっ……頭が痛くなりそうな話だ。

 口が裂けても『ただサボってただけ』なんて言えない。


「エド、例え中々下界に降りてこられない神だったとしても、神と同じ名前を持って産まれたことは誇ってもいい事なんだぞ」


「名前だけ誇っても意味ありませんよ。世の中スキルが全てです」


 エドラスという名前を持っていても、豊富な知識があったとしても、結局はスキルだ。


「1度エドラス様の神殿に行ってみたらどうだ?」


「俺の……じゃないや、エドラス様の神殿?あるんですか?」


「当たり前だろ!この家から更に北に行った廃村の中心だ」


「は、廃村……?」


「まぁ、その……なんだ、800年間降りてきてないから……な?」


 なるほどな。一応神殿として残してはいるけど手入れはしてないし、移転もしてないってことね。

 仕方ないか、サボってた罰みたいなもんだ。


「わかりました。行ってみます」


「エド、お前は俺よりも頭は良いし、誰よりも優しい。スキルがなくたって自慢の息子だ」


「ありがとうございます」


 無償の愛ってのはむず痒いものだ。

 俺は無能として産まれてきたのに、なんでこんなにも両親は愛してくれるのだろうか、アルノシア家の人達は優しくしてくれるのだろうか。

 いつか、この恩に報いたい。


 そんな事を考えながら、俺は北にある廃村を目指し出発した。


 ◇


 ルビウス邸の真裏にある森を抜けた先に目的の廃村はある。

 昔、山に鳥を狩りに行った時に連れて行って貰ったことがあるから大体の道はわかる。


 だが……。


「ぜぇ……ぜぇ……んだよこの山道……ぜぇ……山だから当たり前か。ちくしょう……」


 前に行った時は確かルーピンにおんぶされてたんだよな。体力がないから。


「体力の無さは……今も変わらずか……ぜぇ……ぜぇ……あ、やっと見えた……」


 山が突然拓け、ポツンと廃村が姿を現す。

 やっと着いた……。


「確か、キーナ村だっけ……」


 ここには何度か来たことがある。人間になってからではなく俺がまだ神だった頃の話だ。


「初めて俺が下界に降りた場所……。まぁ、あれが最初で最後だったけど」


 思うところは色々あるが、とりあえずは俺の神殿に向かわないと。


 荒れ果てた村を歩く。

 いつから廃村になったのだろうか。かつて人が住んでいたという痕跡はあるが……。


「ここか」


 日は落ちかけ、夕焼けに照らされた神殿は古くも神々しく、廃村にあるとは思えないほどしっかり残っていた。


 やっぱり……。

 神が死んだらその神殿は光の粒子となって消える。

 だが、死んだはずの俺の神殿は綺麗に残っている。

 まさか……神エドラスは死んでいないのか?


「父様の話だと、俺が生まれて再び管理するようにしたんだよな」


 神殿の門には【エドラス】の文字が彫られている。

 内装は至ってシンプルな神殿だ。

 正面の壇上には祭壇があり、祭壇の最奥には"全能神エドラス"を模した石像が置かれている。


「お世辞にも綺麗とは言えないな」


 ステンドグラスは割れてるし、埃まみれだ。石像の片腕折れてるし……。

 管理してるって言ってもこっちにお金を回せるほどの余裕はないのか。


「ここがもし、まだ【エドラスの神殿】として機能してるなら、天界の誰かしらと連絡が取れるかもしれない」


 神殿は言わば"下界"と"天界"を繋ぐ通信設備のようなものだ。

 神は神殿を使って下界に降りたり、祈りを捧げた人間と対話をする。


 俺は片膝をつき、祈りの姿勢をとる。


「はぁ……。まさか自分に祈る日が来るなんてな」


 ボヤきながらも意識を集中させる。

 すると、俺の意識はいつの間にか真っ白の空間へと連れていかれた。


 ◆


【???】


「ここに来るのも久々だな」


 見渡す限りの白。

 なんとも殺風景な空間だ。


 ここの場所の名前は【異界】。

 神が天界と下界の狭間に空間を作り、人間の精神だけを異界へと運ぶ。そうして、対話が可能となるのだ。

 普通であれば、この空間に来てすぐ目の前に神がいるはずなんだが……。


「おい!!いるんだろ!!」


 異界に俺の声が響く。

 それでもシーンとしている。

 異界には人間の力では入ることはできない。つまり、誰かがここに俺を呼んだという事だ。

 なにを勿体ぶってるんだか。


 すると、目の前の空間に歪みが生じ始めた。

 渦上に広がる空間の歪みはやがて2m程の大きさとなり、その歪みからは長く白い髭を生やした、壮年の男が現れた。


 懐かしい顔だ。


「全く……。こんな不敬な人間もいるものじゃな」


 現れたのは、この【天界】に住まう"最高神ゼリオス"だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ